テラーノベル
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──放課後。
まだ誰も完全には帰らない。
帰宅部の生徒たちは机の上に頬杖をついてだらだらと残り、部活へ行く気もない数人が、教室の隅に集まっていた。
「また、あれやる?」
「昨日の、ちょっと盛り上がったよね」
「今度は──もうちょい“ちゃんと”やんない?」
教室の空気が、ぬるくざわめいた。
ドアの鍵は誰かが内側からかけた。
教師の足音は遠い。誰も見に来ない。
遥は何も言わず、すでに“そうなる”ことを知っていた。
机の角に追い詰められる。
目を合わせれば煽っていると思われる。
俯けば「その顔、誘ってんの?」と笑われる。
逃げ道はどこにもなかった。
「おまえさ、また掃除してたんだって?」
「しかも──日下部の席」
「やば……なんか忠犬感ある。そういう趣味?」
女子の声だった。
教室の後ろ、開いたロッカーの前で、数人が笑っている。
「“同情”ってさ、罪だよね」
「こいつさ、守ってもらえると思ってたんでしょ? そういう目してたよ、あのとき」
「だから壊されるの。勝手に期待して、勝手に惨めになってさ。ウケる」
笑い声。
蓮司が、そのなかをゆっくり歩いてくる。
壁にもたれ、軽くあくびをしていた。
「盛り上がってんなあ」
「──けどまあ、こいつのそういうとこ、好きだけどね。勝手に落ちてく感じ。見てて飽きない」
遥をひとつ見下ろして、目を細める。
「今日も顔がいい。……さすが、“壊れ慣れてる”ね」
「昨日よりマシかと思ったけど、やっぱムリだった? “信じた罰”って、こんな感じ?」
遥は震えを押し殺すように、拳を握っていた。
それでも声は出せなかった。
口の中が乾いて、喉が焼けるようだった。
「日下部、今日もいないんだよねぇ」
蓮司が、遥の前にしゃがむ。
顔が近い。目線をずらす余裕すらない。
「てか──あいつ、ほんとに“遥のこと”気にしてた?」
「俺にはそうは見えなかったなぁ。……ほら、あのときもさ。離れたじゃん」
「近づいてきたの、最初だけ。あとは、おまえが一人で勝手に燃えてただけ」
遥の目がわずかに揺れる。
「“大丈夫だよ”って顔、してたよ。おまえのこと」
「でも、言葉にしてはくれなかったね」
「──そりゃそうか。好きとか、守るとか、簡単に言えたら“傷”になんないもんな」
蓮司は笑った。飄々と、無責任に。
「なのにさ。おまえ、ちゃんと反応するの、えらいよ」
「……痛いのも、恥ずかしいのも、全部“正解”にしてくれるから」
その瞬間。
誰かが後ろから遥の肩を強く押した。
つんのめった拍子に、机の上に手をつく。
その背中に──何かがぶつかる。
粉のようなもの。
振り向くと、掃除用のチョークの粉が、シャツにまぶされていた。
「白、似合うじゃん」
「なんか……花嫁っぽい?」
大きな笑い声。
遥はうつむいたまま、何もできなかった。
──たぶん、これで終わらない。
わかっている。
でも、誰も止めない。
教師も来ない。
家に帰っても、もっと別の罰がある。
「じゃ、次──どうする?」
「おまえが決めてよ、蓮司」
そう言って、誰かが笑った。
蓮司は肩をすくめ、窓の外を一瞥する。
「うーん。飽きるの、早くない? もっとこう……追い詰め方ってあるでしょ」
「せっかく“その顔”出てきたんだから、もったいない」
そして、遥の肩に触れた。
優しさでも、慰めでもない。
ただ、“触ることで壊れる”のを待っている指先だった。
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