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「……若井、きもちわるい……」
その言葉が、若井の頭の中で何度も、
鋭いガラスの破片のように突き刺さる。
「元貴……嘘だろ、そんな……。
俺は、お前のために全部……」
若井は膝をつき、力なく垂れた自分の手を見つめた。
これまで元貴の体を拭き、食事を与え、髪を整えてきたその手が、
今はひどく汚れたものに見えていた。
「……若井、もういいよ。君の役目は終わったんだ」
涼ちゃんが、元貴を抱き寄せたまま立ち上がる。
元貴は涼ちゃんのシャツの裾をぎゅっと掴み、若井から視線を逸らしている。
その姿は、まるで新しい飼い主に怯えて縋り付く小動物のようだった。
「……涼ちゃん、元貴をどうするつもりだ」
「どうもしないよ。
ただ、君と一緒にいると、元貴の心は本当に壊れてしまう。……ねえ、元貴。
僕と一緒に、もっと『静かな場所』へ行こうか?」
涼ちゃんが元貴の耳元で囁くと、元貴は小さく頷いた。
若井には一度も見せなかった、絶望の中にある微かな信頼。それが若井の心を、木っ端微塵に打ち砕く。
「……若井。この部屋の鍵、置いていくね。……あ、もう必要ないか。
君、明日にはここを追い出されるだろうし」
涼ちゃんは、若井が元貴のために貯めていた僅かな貯金と、残りの薬が入った袋を無造作にポケットに入れた。
「待て、涼ちゃん! 置いていけ、元貴を……!!」
若井が這いずりながら元貴の足首を掴もうとする。しかし、涼ちゃんはその手を冷酷に踏みつけた。
「……触るなよ。元貴が、汚れるだろ」
涼ちゃんの瞳には、これまで見せていた「観察者」としての余裕はなく、獲物を手に入れた「捕食者」の冷たさが宿っていた。
雨の降る夜、涼ちゃんは元貴を抱きかかえ、一度も振り返ることなく部屋を出て行った。
残されたのは、甘ったるいお香の匂いと、床に散らばった元貴の抜け殻のような服。
そして、完全に心を失った若井だけだった。
数日後:涼ちゃんのマンション
若井の汚れたアパートとは対照的な、無機質で清潔な高層マンションの一室。
元貴は、真っ白なソファの上で、以前よりもずっと高い度数の薬を飲まされ、夢と現実の境目を漂っていた。
「……涼ちゃん。……ここは、だれもこない……?」
「そうだよ、元貴。若井も、雨の音も、君を傷つけるものは何もない。
……ただ、僕だけがいればいいんだ」
涼ちゃんは、元貴の腕に新しく刻まれた「印」を愛おしそうに撫でる。
若井のような「献身」ではない。
涼ちゃんが求めているのは、元貴という存在を、自分だけの美学の中に閉じ込め、完成させることだった。
163
け 〜 ち ゃ ん .
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元貴の瞳からは、あの時一瞬戻ったはずの「鋭さ」が再び消えていた。
涼ちゃんに与えられる「新しい毒」は、若井のそれよりもずっと甘く、そして逃げ場のないほど深かった。
コメント
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涼ちゃんも若井に負けないくらい愛が深い…