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4. 欲深い願い

 

 雪が体に積もるほどの時間、クラピカの肩を借りていたクロロは、顔を上げて目尻に残った涙を指先で拭った。

 「あー、泣いた。じゃあ帰ろうか」と体についた雪を払いながら、助手席へさっさと乗り込もうとしているクロロに、クラピカは納得が行かない気分だったが、もうそろそろ本当に凍えてしまいそうだったので、乱暴に自分についた雪を払ってから運転席に乗り込んだ。

 エンジンをかけ、暖房の温度を高めに調整しながら、恨み言を言う。


 「慰めが欲しいなら、私よりも適任がいるだろうに。どうせ除念師を探しているのだろうし、ジャッジメントチェーンが外れたら、存分に団員に甘えてくるがいい」


 「それ本気で言ってる?団員にこそ、こんな姿見せられない。お前だって、部下の前で泣いたりしないだろう?」


 「……団員以外の、友人とかいないのか。誰でもいいから」


 「いないわけじゃないが、俺が幻影旅団の団長だってことを知ってる奴は…、ほぼいないな。

 事情知ってる相手じゃないと、丸ごと受け止めてくれる感じがしなくて、全く慰めにならないし」


 クロロは不満そうに、口を軽くへの字にした。


 「あと誰でも良くはないから。俺にだって選ぶ権利はください」


 その子どもみたいな表情を見て、クラピカは猛烈に腹が立ち、荒れた気持ちの赴くままにハンドルを切った。粗雑な運転でも、体にかかるGを和らげる車の性能の良さに感心するだけの結果となったが。


 「他にも何かあるだろう。酒とか、物とか」


 「酒は酔わない体質なんだ。飲みすぎれば気持ち悪くなって終わり。酩酊しない酒って意味ないよな。あとは物……?」


 クロロは宙に視線を彷徨わせた。 

 自分は世間でいうところの快楽に軒並み興味がない。

 ドラッグは何が面白いのかちっともわからない。脳の快楽物質を出すように作られているのだ。摂取すれば、快楽を感じるのは当たり前。そんな「腕をつねれば痛くなる」みたいな当たり前の物理現象を自分の体内で再現して何が面白いのか。

 ギャンブルも薬と同じ。当たり外れだけで脳内物質を出すなんて興ざめする。確率で当たったり外れたりすんだろう。で、だからなんなんだ。

 性行為は、昔、自分が罠として張ったネットサイトでアングラな動画を見すぎたせいで、嗜虐心と支配欲を満たすために一方的に人を加害する行為に見えて、冷める。愛してるだとか恋してるだとか、搾取するためのグルーミングにしか聞こえない。

 あとは……とクロロは考えを巡らせる。

 戦闘のスリルはわからないでもない。

 戦略を考えるのも嫌いではない。

 が、ウボォーギンのように求める程でもないし、所詮は目的のための手段。

 快楽殺人者や快楽戦闘者の悦ぶポイントは熟知しているが、そのポイントを刺激している時の自分はというと、顧客へサービスを提供するサーバーのような気分である。逆にサーブされたいとは、全く思わない。殺人は目的を達成するための作業の一工程に過ぎない。

 やりたいことはない。

 欲しいものもない。


 クロロは沈黙してしまった。どうやら何も思いつかないらしい。

 レンジローバーのエンジン音と、雪を踏みしめながら道路を走る音だけが、車内に低く響く。

 クラピカは運転をしながら、自分はどうだろうと思いを馳せた。好きなこと、やりたいこと、見たいものがいっぱいあったはずなのに、その前にやるべきことが多すぎて、自分が何を好きだったのか、このまま忘れてしまいそうだ。

 アップダウンを繰り返す山道を抜け、少しマシな舗装が施された道路に入った辺りで、クロロがぽつりと呟いた。


 「しいていえば、読書かな」


 華やかな見た目と、史上最凶の盗賊という生業に反して、意外な趣味だなとクラピカが思ったとき、クロロは不穏なことを言いはじめた。


 「読書ってドラッグよりも危険なのに、一般的には無害を装ってて面白いよな。

 一度読んでしまえば、もう二度と以前の自分には戻れない。描かれる快楽のバリエーションは無限。実際にやったら即座に粛清されるような悪逆非道も、紙面の中であれば無法地帯。しかも書き手の能力次第で自由自在だ。世の倒錯者は、その異常性癖を本の中に留めておけばいいのにな。ある程度の欲求は発散できて満足感を得られるだろうし、世の中も平和だ。

 本の中にさえあれば、その闇もエンターテイメントとして消費できるが、実際にそれを具現化したいという欲求も助長させる。最低限ゾーニングはしてしかるべきだが、さりとて思考は自由であるべきだから過度な規制もすべきでない。

 この繊細で慎重な取り扱い方が必要なあたり、完全に社会的危険物だよな。本なのに。

 そういえば、本は洗脳の手段でもある。ベストセラーになれば、大勢の人を操作できる。だから、宗教は必ず本を書いて広めようとするし、発禁本があったり、権力者が規制したり、焚書されたりするのだろうけど、ーーー、」

 

 クロロは唐突に話をやめた。

 考えていたことを、そのままうっかり長尺でしゃべってしまった。ニッチすぎるこんな話の何が面白いというのか。少なくともドライブ中に他人に聞かせるものではない。さぞつまらない思いをさせただろうなとクロロが思っていると、隣からふっ、とクラピカが笑った気配がした。

 

 「物騒な読書だな」


 クラピカは前を向いたまま口の端をわずかに上げていた。ほのかに上がった口角と、優しげに下がった目尻を見ていたクロロは、しばらくして、ぽつりと自分の心の慰めを追加した。

 

 「……あと、コーヒーブレイク」

 

 読書(いささか禍々しいが)とコーヒーブレイクが心の慰めとは。最初に抱いたクロロのイメージとはずいぶん違うとクラピカは思った。もっと欲深く、強さを傲慢に振りかざして欲しいものを無理矢理奪っていくような人物だと思っていた。

 今日の昼間、クロロが観葉植物のように、店の片隅で本を読んでいた姿を、クラピカは思い出す。この男の気質は思ったよりずっと内向的なのかもしれない。さっきみたいな長文を、いつも一人で考えて、でも誰にも言わず、胸の内にしまっているのかもしれない。


 「盗賊のくせに、欲がない」


 クラピカの率直な感想に、クロロは物憂げに首を振る。


 「いや、今までで一番、欲深い願いだよ。

 あまりの欲深さに、自分で自分にびっくりしている」


 そう言うと、クロロは自己嫌悪を煮詰めたような長い溜息をついたあと、背もたれに頭を預け、眉間に深い皺を刻んで目を閉じた。

 それきり、車内には沈黙が降りる。

 分かりやすく落ち込んでいるクロロに、クラピカはそれ以上何も聞かなかった。

 読書とコーヒーブレイクを求めることの、何がそんなに欲深いのか。全然理解はできないが、本気で苦悩している様子が、隣からひしひしと伝わってきて、声をかけるのが躊躇われた。

 沈黙が続くうちに、レンジローバーは、ヨークシンシティの狭い裏路地に入り、隠れるようにあった駐車スペースに停まった。

 

 「……落ち込んでいるところ申し訳ないが、着いた。さきほどのコーヒーショップはこの路地を出て、北西の方へ200mほど先だ。生活圏だからすぐ分かるだろう。

 あと、この駐車場はノストラード=ファミリーの私有地だから、他のマフィアと鉢合わせることはあまりないが、カタギの通る道でもない。

 お前と遭遇して、うっかり喧嘩を売るマフィアがいたらと思うと、そのマフィアの安否が心配になるから、あまり長居はするな」


 「……了解」


 クロロは、一応、従順な返事をした。

 いつもすごい上から、物申してくるよな。

 素でこの性格なんだろうけど。

 「普段は、ものすごくいけ好かない」とノストラードの構成員に言わしめたクラピカの性格を実感しながら、車から降りようとしたクロロは、扉に伸ばしかけた手を止めた。


 「ああ、そうだ。言うの忘れるところだった。

 セントエドモンド病院。あれ、俺のターゲットだから。近々、潰す」


 勢いよく、クロロの方を見たクラピカは、車を出ようとする彼を手を伸ばして制した。


 「なんだと?!待て、やめろ。あの病院は事情が複雑だ。」


 「知ってる。だから今、伝えた」

 

 「手を引け。あそこは私が潰す」


 「……抗争はしないのに、潰す気なのか」

 

 クロロは、腕を組んでクラピカへ体を向ける。

 「困ったな。」と言ったクロロは、言うほど困ってなさそうで、むしろ楽しげだった。


 「俺のターゲットとお前のターゲットは、たぶん被りやすい。人体をやり取りするような汚物が行き着く先は、同じ下水場ってとこか。でも利害が一致してるんだから、どっちが潰したっていいだろう?」


 「そういう問題ではない。

 あの病院の悪行は、私が表の世界の手法で、全てを明るみに出して正攻法に潰す。

 州に病院の診療報酬体系の法整備を再検討させるところまでが、私の目的だからだ。そのためには世論の支持が必要だし、議員や市民団体を不法行為に巻き込めない。

 お前の目的がなんなのか知らないが、公表できないようなことが起こるのは避けたい」


 「ふぅん。石の裏にへばりついている汚い菌や虫を、石をひっくり返して、太陽熱に晒して殺菌したい。で、「これは汚い!」って触れ込みながら、その石の裏を世間に見せて回りたいと。でも石を持つその手が、石の裏より汚れてて、「そっちを先に洗えよ」と言われないようにしたいってとこか」


 クラピカは軽く首を傾げ、不思議そうな表情をした。

 

 「わかりやすい例えだが、今、私相手に例える必要あったか?」


 「…………」


 例えないと伝わらないことが多かった。

 ウボォーさんとか。

 改めて、クロロは自分の癖を一つ自覚する。計画をそのまま話すだけでなく、なるべく分かりやすく例えたり、詩的な表現に言い換えたりする。この癖、ウボォーギンのせいか。

 

 「とにかく、手を引け。お前みたいな不確定要素で、余計な仕事を増やしてくれるな。

 狙いはなんだ?病院の所有する財宝か何かか?ものによっては、私が代わりに手に入れて、引き渡そう」


 「……目的はそれじゃない」


 病院のことをクラピカに話したのは、ほんの親切心、注意喚起のつもりだった。

 ノストラードのシマの中で動くので、鉢合わせて面倒なことになるよりはいいかと思ったのだが、クラピカに予想以上に食いつかれてしまった。

 「こっちはこっちで勝手にやるから」と、振り払って、このまま立ち去りたい気分だが、よっぽど邪魔されたくない様子だ。そんなことをしたら、胸ぐらを掴まれ、高級そうな革張りのシートに引き戻されそうな勢いさえ感じる。

 どうしようか思案しているうちに、ふいに、車の左後方から人の気配がした。

 クロロとクラピカが、同時に振り返る。

 その一瞬の隙に、クロロは車から降りて助手席の扉を閉めた。だが、閉められた扉はすぐに運転席から身を乗り出したクラピカにの手によって開けられた。


 「待て、まだ話が終わっていない」


 「あとで連絡する」


 そのままクロロは、裏路地の駐車場を駆け抜けて行ってしまった。


 あとで連絡?どうやって?

 不思議に思いながらクラピカは車を降り、コートを羽織りながら、駐車場に近づいてきた人物の方を向いた。

 不意に現れた気配はセンリツのものだった。

 早い段階から彼女だとわかったクラピカは、警戒はしていなかった。


 「貴方と誰かが病院の話をしているのが聞こえたから、フォローしようと思って来たの。でもあの声の人ってまさかって思い出してーー」


 クラピカは車を電子キーで施錠し、そのまま絶句してしまったセンリツを促して一緒に駐車場を出た。

 最初は潜伏していたが、声の主が誰だか思い出して、驚いてしまい、思わず気配を漏らしてしまったということか。普段は気配が感じられないほど遠くから様子を伺うのに、会話の内容を聞こうとして近づいたのだろう。

 

 「事務所で話そう。今のところ、あいつに関しては危険はない。病院の件では、やっかいなことにならないといいのだが……」


 憂鬱そうにするクラピカの心音はいつも通りで、センリツは少しほっとした。

 だけど、走り去った方の心音は、かなり深刻だった。音符と拍子が複雑骨折をおこし、何をどう処理していいかわからない混迷の最中。

 美しい旋律と悲しい旋律とそれに相反するような厳格な旋律がせめぎ合って、縺れあい、壊滅的な不協和音をおこしていた。

 そしてクロロの心音をそうさせたのが、目の前のクラピカであることも、その心音が赤裸々に奏でていた。

 以前に聞いた、クロロの冷たく凪いだ残酷な音を、一体何をどうすれば、あんな風にできるのだと、信じられない気持ちで、センリツはクラピカを見上げた。



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