テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「っふ、るやさぁ…」くらぁ、と風見は目の前が水中のようになったのを感じ、ピアノの前から倒れそうになる。ガン!と鍵盤に倒れたせいで、不協和音が鳴った。あぁ、頭がなんだか……おかしな…
頭を押さえて、風見はカメラを見上げた。
「っも…漏れ……」
「見たくないな」がこん、とエレベーターを動かしてやると、風見はふらふら、と立ち上がる。
ばぁん、というすごい音がして降谷はエレベーターの画面に切り替えた。
「風見刑事ーー!」「大丈夫だよ」降谷は倒れた風見を覗き混んできた刑事に言った。
「…寝てるだけだから」
っていうか…と刑事は降谷を見た。
ほとんど気絶なんだよーーこんなの…
「降谷さん…」
「なんだ?」
公安刑事はなぜかぎくっとして、「しょ、食事の準備をします…」たじ、と後ろ足を引いて出ていく。
「おい」ドアを出た瞬間他の刑事らが囲む。「か、風見刑事ーー」「あぁ、気絶したよ」「当たり前だろ」
もう4日も、食事と排泄以外、寝る間もなくあの曲を弾かされてるんだから…!
背中がぞわ、として刑事らは早足で歩き出す。
「あぁ…頭が俺なら狂っちまう…」
「俺はクラシックなんぞ聞かんが、あれはもう元々相当な腕前なんだろ?」
「ああ」刑事らはぶんぶんと頷く。「俺んちは娘なんだがなーーピアノを習ってる…その曲の話をしたらなあ……」
怒られてよぉ……と囁く刑事にはあ、とため息をつく。
そうか。娘のほうが怖いのか、お前は。
「ピアノの先生でも弾きこなすのに一生かかるって言ってたのにーーわたしにできるわけない、ってよぉ…」
「で、でも風見刑事の中学生のときのやつ」みたろーーとぶつからないようさらに早足で行く刑事らに、「ん?」佐藤は振り返った。「随分お急ぎだわね。公安部さんたちは…」
高木はただ首をかしげた。「またなにかあったんですかね…」
「…死んじまうぞ!風見刑事ーー」ひとりが強く囁く。後ろを少し振り向いたあと。
所轄に聞かれないよう。
ひとりの男の背中が浮かび、刑事らは真っ青になった。
ああ、やりかねないやりかねないーー!
「頭取の反応を見ればいいんだろ!ただそれだけで!」と怒鳴る刑事。「な、なのになんで…」「っふ…」言うな。という目で全員がその刑事を見た。
「ふ…降谷さんに……何かあるんだよ」
考えが。という全員は、ただ震えた。
だってそうじゃないなら……と。
「み…風見……」
目を開いた瞬間に全部の記憶を取り戻し、足元で誰かわかって飛び起きる。
「っふーー」
すみません!と口走っていた。どん、と後ろにエレベーターの壁が当たり、後ずさっていたのに気づく。無意識だった。
ぎゅるぎゅる鳴る腹に、たまらずそれももぎ取る勢いで掴む。
降谷は食事のおぼん越しに見下ろしていたが、ニコ。と笑う。
本当に恐ろしくなった。
「すみませ…ん」
「なんで謝るんだい?」すっ、としゃがむ降谷にまた背筋が凍る。かちゃ、と皿からスープをよそり、す、と口元にやられる。
「は…」ぐっ!と突っ込まれて飲み込めるわけもない。「んぐっ」ぶっ、と吐いてしまう。ゲホゲホ手をついていると、また目の前にスプーンがあって、風見はすーっと血圧がさがるのを感じる。
ああ。怖くてぶっ倒れそうだーー…
降谷は「ほら」とまたにっこりする。「ああっ…」あむ。とスプーンを口にする。感じてきたコンソメの味に、ぐ、と口元を拭った。
「すみませ、ん…」
「だから…なんで謝るんだ?」
「っ」風見はぎゅうと目を閉じて素直に言う。「怖いから…です……」蚊の鳴くような声で。
降谷は笑いだした。あははは、あははははーー……
カメラからそのようすを見る捜査員たちは、震えているだけだった。
「まさかほんと、に」「よせっ」「そんなわけないだろっ!」
す、と降谷はスープの皿を持って、風見に股がる。
カメラには、手足をばたばたさせる風見しか見えず、刑事らは皆顔をそむけた。
「ぐっーーんんん!がーー」ぶっ、と飲み込めない分が口から吹き出す。それでも、降谷は流し込むのをやめない。
「便利な世の中になったよな」と降谷。
皿を放り投げる。がちゃん、と割れて破片が飛んできた。
「スミスのスマホの、電子マネーの記録」
はっ、と風見を息を飲む。「ああ、そうか…やはり」
ぶわ、としゃがみこまれ、風見はもう動けない。
「警視庁までの地下鉄のルート……だが変だな?僕はその日……いなかったんだ」ここに。降谷はエレベーターを指す。
「ーーっ!」
がっ、と顔を掴まれて、囁かれる。いっそ怒鳴りあげてほしかった。
スミスは何しに来たーー?そしてなぜ、俺に、報告しない……?
「は…あ」
「電話はその件かな?」また降谷はにこっ、とする。
「そ、れは……」「言えないかーー」
「わあっーー」捜査員は立ち上がった。
もうーーここにいたくない……!
ばたん!と仰向けになる風見の天井に、見下ろす降谷がトン、と顔の横に手を置く。
「何度言えばわかるんだ…?お前は」ふ、と頸動脈に手を当てられる。
段々と指がめりこんでくる……。
「織田颯真……完璧に弾き方を真似る必要があるんだよ……」
「ふぁーー」なんて声なんだと風見は自分で思うが、もう【声】がでない。
降谷は髪がかかるほどそばで囁く。
「…認知できないな、ん?婚外子だーーでもなぁ……男ってやつはーー」
妻は裏切っても、子供は裏切れないんだよなぁ…
こんなときスミスが浮かぶ。足をばたばたさせて、張り裂けそうな声で喘ぎ泣く彼女が。
ぶわ!とまた反対の耳から聞こえる。
「認知できないなら、父親はどうする?あ?」
あぁ、そうか。風見は意識が遠ざかりそうになる。
力が入らないのは、許したからだと。
「探すよなぁ……愛する息子ーー…どこにいるんだい?ぼうや……」にやぁ、としたのがわかる。
この人が……自分を殺すと。
あの少年もーー
「颯真の居場所はわからない。表向き、頭取にはな。母親が認知を求めないと。理由はわかる……だがな、こちらはわからせる必要があるんだよ……日本銀行から大量の裏金が動いてる。行き先はおそらく…抱き締められない息子宛だ……それを……本当に頭取が行っているか、確かめる必要があるんだよ……大変なスキャンダルだなぁ、ん?マイナンバーで国民の金の動きは……向こうは把握してるのになぁ?」
だから風見……
「死んでくれ」
「がっ!」首を掴まれて、そのまま壁に引き上げられる。たまらず降谷の手を掴んだら、放り投げられてまた床の感触がした。
「ーーあっ!」ネクタイを引かれてまた起こされて、目眩がした。
「…女みたいな声だすなよ……気色悪いから…」
「す、みませ……」げほっ、と乾いた咳が出た。
「颯真」降谷の顔を見る余裕は風見にはない。ピアノしか見えない。
「……3小節目はもっと……鍵盤の下を指が動かなくちゃだめじゃないか……」
「す、みませんっ…」ごほっと咳をすれば唾が流れて喉が鳴った。
ばたん!と風見は仰向けになる。降谷が手をそのまま文字通り離した。
「…3章節目からだ」
「はい……」
「颯真!!」
びく、と風見は椅子によじのぼる肩を縮ませた。
ああ、あの女と同じ声だ……
「やれ!!!!眠るな食うな喋るな、ただーーーー」
弾けえっーーーー…!!!!
ピアノを始めたのは……風見は思い出す。表彰台の隣で、金色のトロフィーを持つ、満面の笑みで客席で満足げに手を振る、織田颯真にーー。
「ふ…」風見はにや、と笑った。降谷はすぐ反応する。「…集中しろ、風見」
ただ、ほしかったからだ。だから寝る間もなく練習した。譜面をすべて覚えるほど。
だからわかる。3章節目といわれても…
近隣からは苦情もきた。夜中にピアノを弾くなとーー
だが許された。なぜかってーー
美しかったから。だと思う。
1番に……なりたかったんだよ。俺は。
ただ、欲しかった。自分の……自分だけの……称号が欲しくて……
「もう1度…」
「はい」
「風見!!ふざけてるのかーー」
「はいーー……!」
くっ、と唇を噛んだ。
なんで……
スミスの真っ白い背中が見える。す、と下着の下がった紐を肩まで引き上げ、肩越しに振り向いた。
「はあっーー」頭を後ろに掴まれて、風見は素直にされるがまま天井を向いた。
「風見…あと3日しかない……」囁かれた側だけ、氷が撫でられたようだ。
きみを殺させないでくれ
す、と鍵盤に置く指に降谷がそっ、と手を重ねる。
「…会えるからな」
はっ!と反応してしまった。不覚としかいえない。ガン!と鍵盤に頭を投げられ、はっ、はっ、と息するしかない。
「…お父さんに……」
風見はにや、と笑った。あぁ、そうか…
そっち、に決まってる。「はい…」
そうじゃなくちゃ……。おかしいもんな……風見刑事。
風見は自分に言い聞かす。ふわ、と鍵盤に手を置き直した。
ひとり、腰を抜かした捜査官の音がする。
カメラの向こうは雷が落ちた後のような、空気の強ばりがした。ピアノの音が始まって、それは恐ろしいほど、美しかった。
沖矢昴……スミスは家主があの日から帰らないリビングにひとり、足を組んで座っていた。
すば、る…s、u、b、aーー
目の前にアルファベットが見える。つ、と人差し指で動かす。立ち上がり、両手で動かす……「お、き……」
ふっ、と文字が消えた。アナグラムではなさそうだな、と。
ふっ、と笑みが零れる。
人間が徒党を組むうえで、平等はない。
生きるか死ぬかだけ。
平等など……「選べない」なら力を持つしかないのだ。
「嬉しいな」
また殺す機会があるのか。
「眠いな」ははは、と横で笑う降谷に、スミスは顔を向ける。
「何がおかしいーー」わたしも眠い。思い切りイってしまったら、女だって眠い。
降谷は顔を向ける。「嬉しくてさ」「はあ?」にこっ、とする。初めて見た。
「それが日常で…あることが……だよ」
日常……スミスはふ、と冷蔵庫の中から目をあげた。ミルクがない。
ばたん!と閉めてから、じ、と昔の光景を見た。
「美味しいね、スミス」泥の中からスミスははっと顔をあげる。
「…30日間も水も飲めなかったもんね」
かわいそうに。とエドワード・グリーンはばん!とスミスを押し倒す。
なにも飲まず食わずだった胃に砂利が入って、がっ、とスミスは吐き出した。
「ご、めんなさ……」
「レディーー!」ん!とロイが口を塞がれて目だけ動かす。
いやよ、そんなふうにみないでロイ。
「みんななにも食べてないよ?飲んでないし……だめじゃないか…」
まるで、まるでわたし……
「死んじゃうみたい……」
あぁ、殺させない。もう……
口から吐きだされたロイの血の味は、忘れない。
誰も……自分ですら……その為になら、とあの男が浮かぶ。
「その為には……」
私は……兵器に…………。
そこまで言いかけて、時計を見た。
「あれ。また休み?」梓は憤慨しているようだ。「まったく!男ってそういうとこあるわよね!」
「待たせるって意味ですか?」スミスはにや、と笑う。梓は赤くなってそっぽを向いた。
「前から思ってたけど」と梓。「名前さんて、なんか声の出し方不思議よね」
「英語はねぇーー」
カウンターにコナンの頭があり、スミスはふっと下がった。
足音をどうした、このガキ……
「腹式呼吸なんだ。日本語と空気の出る量が喋るとき違うんだよ。お腹から音を出すから……」コナンは声を低くする。
「人を威圧しやすいんだ……」
ガチャ、と冷蔵庫を明け、スミスはミルクを注いでぐっと傾ける。「それ店の」「コナンくん」スミスはコナンを見下ろした。
「今日はなにか…あるのかしら」
「うん」とコナンは笑う。「安室さんは?もうしばらく見てないけど」
なにかあったの?
そんなの……とスミスはコナンを見下ろす。
「悪いの」
「具合が?」きょとんとするコナンがわざとらしくて、奥歯がむずつく。
「いいえ。具合じゃない」
スミスは髪を揺らして背を向け、冷蔵庫からジュースを出した。
「たぶん、機嫌が」と。
「は?」2人の男の声が揃う。「なにを言って……」だから、とスミスは書類をめくって指差した。
「日本銀行頭取は、女が趣味じゃないってば。わたしの出る幕はなしね」
「だ、だがよく来るラウンジは」
「ストリップクラブでしょ?」スミスに見られ、風見は目をそらした。
いい加減慣れろ。と言いたくなる降谷。
だいたいはセックスか金が絡んでるんだよ、お偉いさんたちはな。
「っていうか、あなた」ふわ、と髪が揺れた。「気づいてたくせに」「え」と風見。「ええーー!」と降谷に近寄る。というか詰め寄る。
やめろ、と言いたげに降谷は手をだした。来るな。
証拠はないから、これもようすを見るしかない。
ちら、とスミスが肩をめくり、下着の紐をどかすとーー跡がついていた。
もう夜だ。多少のむくみは人間には必ずある。
頭取の隠し撮りには、休日、ベランダにいる写真が何枚もあった。ゆるゆるのTシャツからめくれる肩には、スミスと同じ跡がついていた。何枚というかーー全部。
女はーーとスミスを見た。こいつは素っ裸だから参考にはならない。
女は寝る前に下着はしない。全員とは、言わないが。それを知らないのは、女とあまり寝ないやつだ。
「僕は表立って捜査できないんでね」
「降谷さん!都合のいいときだけ逃げるつもりでっーー」
「いいじゃないか」降谷は肩をすかす。
「逃げるのは本能なんだから」
「せいぜいがんばってね風見刑事。突っ込まれるのって、意外と怖いってわかるから」
ざぁっ、と潮が引くように青くなる風見。「ぜっーー!たいにっ……」
いやです!!風見がわなわな震えるので、降谷は考える。「僕も君の喘ぎ声は勘弁したいな」と。
「でも、だとしたらな。振りを完璧にするしかないぞ風見」
「カンパネラですか…」
「楽器には癖がでるわ」抱き方と同じ。とスミスは風見を見上げる。
「完璧に真似るのは、大変ね。風見、あなたにも多少癖が…」
「いや。と降谷」それは心配ない…。と降谷はぐ、とスミスの奥を見据える。
スミスは眉をひそめた。
「でも、ゲイならね」と言う声に風見が苦い顔をしてみせた。
「それを見極めるのは簡単よね?」さら、と髪を後ろにながし、降谷を見る。
「あ?」と言う降谷は風見とスミスを交互に、至極嫌そうに見た。「なん…」「あぁ、たしかにそうですよね」
僕は、女性が踊るのしか見ません。と。
気づいた降谷はひく、と唇を動かす。
「いやだ」
ばん!と風見がガラステーブルに手をおいたので、スミスは避けてミルクの入ったコップを取り上げた。
「別に僕じゃなくたっているだろ、そのラウンジの…」
「ストリップクラブです」と風見が言い直し、スミスはくっくっと笑った。
こいつら……覚えてろ……
「ラウンジに男性のダンサーがいるだろ…」
「あなたもいい機会よ、ゼロ?」
はっ、とスミスを見た。コップに口をつけたまこちらを見つめる。
「水面下(underwater)はね、タフで、女は女以上に女にじゃなくちゃ…男以上に働けないの…それくらい、遺伝子的に私たち女は優れるわ。だから」
男は女にならないと、無理なのよ。と。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
1,804