テラーノベル
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夜だった。
城の外では風が鳴っている。
崩れた塔の隙間を抜ける冷たい音が、
まるで遠くの獣の唸り声みたいに響いていた。
台所の火だけが、小さく揺れている。
「……」
Pizza guyは椅子に座ったまま、自分の腕を見ていた。
薄く残る牙痕。
もう何度か血を与えている。
最初は生き延びるためだった。
ノスフェラトゥが倒れれば、この城も終わる。
自分も死ぬ。
ただ、それだけの関係。
……だったはずだ。
「……」
向かい側。
ノスフェラトゥは黙って座っている。
普段と変わらない無表情。
だが、今日は違った。
呼吸が浅い。
指先が微かに震えている。
空腹。
限界が近い。
「……吸えよ」
Pizza guyが言う。
「……」
ノスフェラトゥはすぐには動かなかった。
「……今日はやめておけ」
低い声。
「お前の体調が戻りきっていない」
「平気だって」
「嘘だ」
即答。
「立ち上がる時、ふらついていた」
「見てたのかよ」
「見ている」
当然のように返される。
「……」
少しだけ、笑う。
その空気が妙に普通で。
だから余計に、胸の奥がざわつく。
「……」
Pizza guyは、自分の腕を見下ろす。
いつもならここを差し出す。
噛み跡が残りにくい場所。
痛みも少ない。
“ただの補給”として扱える場所。
でも。
「……」
ふと、思い出す。
エリオット。
血。
叫び声。
恐怖。
「……」
なのに。
今、自分はここにいる。
逃げていない。
あいつの前で。
「……」
おかしいだろ、と自分でも思う。
普通なら憎む。
普通なら怖がる。
なのに――
「……」
腕を下ろす。
ノスフェラトゥの視線がわずかに動く。
「……Pizza guy」
警戒する声。
その時点で、もう気づいている。
何をするつもりか。
「……腕じゃなくてさ」
ゆっくり言う。
「首じゃ駄目なのか」
空気が、止まった。
「……」
ノスフェラトゥが動かない。
赤い瞳だけが、じっとこちらを見る。
「……何を言っている」
声が低い。
いつもより。
「だって、お前」
Pizzaguyは肩をすくめる。
「本当はそっちの方が楽なんだろ」
「……」
否定しない。
首。
そこは吸血鬼にとって特別な場所だ。
血流。
脈。
体温。
腕とは比べ物にならない。
より深く、“人間”を感じる場所。
だからこそ危険。
理性が飛びやすい。
「……やめろ」
ノスフェラトゥが言う。
「今日じゃなくてもいい」
「お前、限界なんだろ」
「……」
「だったら効率いい方がいい」
軽く言う。
でも。
その声は少し震えていた。
「……」
怖くないわけじゃない。
首筋は急所だ。
そこを差し出すというのは、
“食われてもいい”に近い。
人間の本能が警鐘を鳴らしている。
逃げろ、と。
でも。
「……」
Pizza guyはゆっくり、自分の髪をかき上げる。
首筋が露わになる。
皮膚の下で、脈が動く。
「……ほら」
喉が鳴る音がした。
ノスフェラトゥの。
「……」
その瞬間、空気が変わる。
捕食者の気配。
赤い瞳が細くなる。
「……後悔するぞ」
低い声。
押し殺している。
必死に。
「するかもな」
Pizza guyは笑う。
「でも……」
視線を向ける。
まっすぐ。
「お前が、俺を食わないように我慢してるの、知ってる」
「……」
ノスフェラトゥの指先が止まる。
「だから、少しくらい信じる」
沈黙。
長い。
苦しいほど。
「……」
やがて。
ノスフェラトゥが、ゆっくり立ち上がる。
近づく。
一歩ずつ。
逃げるなら、まだ間に合う距離。
「……」
でもPizza guyは動かない。
動けない。
鼓動が速い。
喉が熱い。
「……っ」
冷たい指が、首に触れる。
背筋が震える。
「……今ならやめられる」
最後の確認みたいに、ノスフェラトゥが言う。
「……」
少しだけ迷って。
それでも。
Pizza guyは、目を閉じた。
「……吸えよ」
その瞬間。
「……っ」
牙が沈む。
鋭い痛み。
首の奥まで刺さる感覚。
「う……っ……!」
思わず声が漏れる。
腕とは違う。
近すぎる。
熱が直接流れ込んでくるみたいだった。
「……」
ノスフェラトゥの呼吸が乱れる。
喉が鳴る。
飢え。
それと――別の何か。
「……く……」
Pizza guyの指が、無意識にノスフェラトゥの服を掴む。
痛い。
なのに。
痛みがすぐに痺れへ変わる。
頭がぼうっとする。
首筋から全身へ、
何か甘い熱が広がっていく。
「……っ」
これが危険だと分かる。
本能で。
でも。
離れたくない、とも思ってしまう。
「……」
ノスフェラトゥは吸いながら、ずっと耐えていた。
もっと深く牙を立てたい。
全部飲み干したい。
喉の奥で本能が叫んでいる。
なのに。
「……」
腕の中の人間が、
自分を信じて目を閉じている。
その事実が。
牙を止める。
「……っ」
名残を断ち切るみたいに、ゆっくり牙を抜く。
血が一筋、首を伝う。
「……」
ノスフェラトゥは、それを親指で拭う。
その指先が、少し震えていた。
「……なんで止まった」
ぼんやりした声で、Pizza guyが聞く。
「……」
ノスフェラトゥは答えない。
答えられない。
“止めなければ、本当に食べ尽くしていた”
それを、自分が一番理解していたから。
「……」
しばらくして。
ノスフェラトゥは、かすれた声で言う。
「……お前は、愚かだ」
「……はは」
Pizzaguyは力なく笑う。
「知ってる」
その笑い声を聞いて。
ノスフェラトゥは初めて理解した。
もう、自分は。
この人間を、“餌”として見られなくなっていると。
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