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蓮にパーカーを返すことが出来ないまま時が過ぎていってしまった。
洗濯をしてキレイにアイロンをかけたパーカーを毎日持っているものの、結局今日まで彼と会える日はー度もなかった。
「はぁ……」
会えるわけないか……。
あの日会えたのだって偶然だったんだから。
私は撮影が終わり、スタジオを出る。
今日もまた持って帰ることになるのかな。
そんなことを考えていた時、廊下の前で立ち止まった。
三上さんが蓮と話している。
なんでここに蓮が……っ。
咄嗟に壁を盾に隠れ、引くことも出ることも出来ぬまま聞き耳を立てる。
「なかなか会えなくてお礼が遅くなっちゃったね。この間は花ちゃんを助けてくれてありがとう、おかげ様で助かったよ」
「別に、俺は当たり前のことをしただけです」
私も何か言わなければ……そう思うけれど足が動かない。
「それじゃあ」
短く会話をした蓮はその場を去って行ってしまった。
今日話さなくちゃ、もう次はないかもしれない。
とっさにそんな考えが頭をよぎる。
私は楽屋の中に三上さんが入っていくのを確認すると、後につづいて自分も入った。
「お疲れ様、花ちゃん」
「お、お疲れ様です」
急いでカバンを置いてある場所に行くと、蓮が貸してくれたパーカーを取り出す。
返さなきゃ、彼だってきっとこれがなければ困るはず。
パーカーの入った袋を持って、そのまま楽屋を出ようとした時。
「花ちゃん、どこに行くの?」
三上さんにそう尋ねられた。
「えっと、それは……」
もしかして勘づいてる?
「彼に渡すものかい?だったら僕が渡しておくよ」
──ドクン。
分かってる。
今会ってしまったら全てが無駄になってしまう。
好きだった気持ちを押し殺して別れを告げた。
それは、蓮にも三上さんにも迷惑をかけないためだ。
彼に気持ちがあるまま、会ってはいけない。
そんなのは分かっているのに……。
「私が自分で……渡したいです……」
感情が止められない。
だって本当は好きなのに、大好きなのに。
どうして嫌いなんて、嘘つかなくちゃいけないの。
すると、三上さんは真剣な表情で私を見つめる。
「キミはあの時、蓮と別れて後悔していないと言った。その道を選んだのなら、今僕は行かせるべきじゃない」
ドアの前にはばむ、三上さん。
ぎゅっと蓮のパーカーが入った袋を握り締めながら必死に涙をこらえる。
自分で決めたんだ。
そうやって蓮を遠ざけて、彼に会わない道を選んだ。
後悔はないかと聞いた三上さんにも、無いと私は答えた。
そうやって無かったことにする決意をしたのは、自分なのに……。
「う、う……」
本当は後悔ばっかり。
蓮に会いたくてしようがない。
私はそのパーカーを抱きしめながら、その場にうずくまった。
「……っ、う、ごめんなさい」
「花ちゃん」
泣き崩れる私に三上さんは手を差し伸ぺる。
「僕の言ったこと、ちゃんと覚えてる?」
三上さんの言葉に思わず顔をあげれば、微笑んで言った。
「僕は誰よりも西野花の味方でいたい」
「……っ」
「そう言ったよね?」
三上さんは優しく微笑むと、改めて言葉にした。
「もうー度聞くよ、花ちゃん。本当に後悔してない?」
後悔してないか。
三上さんにそう聞かれた時、私はしていないと答えた。
三上さんは私の味方でいると言ってくれたのに、仕事とか関係無しに、私が伝えるその言葉を応援すると言ってくれたのに。
私は本当のことを言わなかった。
「ごめ、なさ……」
じわりとにじむ涙は目から溢れて止まることを知らない。
三上さんはいつだって私を責めることはなかった。
常に私の味方でいてくれて、私の気持ちを優先してくれた。
甘えてもいいんだろうか。
私の本当の気持ちを口にしてしまっていいんだろうか。
いいのなら、私はもう嘘をつきたくない。
「……後悔、して、ます……」
私は涙をめいいっぱいためながら言った。
「蓮と、話したい、です」
ボロボロに泣いて、ようやく口にしたこの気持ち。
「分かったよ」
すると三上さんはふわっと笑ってから携帯を取り出した。
「もしもし、東堂か?蓮くんは今どこにいる?……分かった。至急、2階の清掃室に来てほしいと伝えてくれ。話は後だ。お前は休憩スペースに来い」
すると、彼は電話を切った。
「2階にある清掃室は午後14時を過ぎれば誰も使わない。加えてそこに行く道は人通りもほとんどない。きっとゆっくり話せると思うよ」
「み、かみさん……」
「しっかり答えを出して来なさい。お仕事とか、環境とか気にした答えじゃなくて、花ちゃんの心の答えを」
「はい……」
私は三上さんにお礼を言って楽屋を出ると、すぐに清掃室に向かった。
一応帽子を被って出たけれど、三上さんの言っていたとおり、人は誰もいなかった。
そして、清掃室のドアを開ける。
私はその中で蓮のことを待っていた。
本当に来るのか分からない。
不安がいっぱいで手をぎゅっと握りしめて待つ。
すると、ドアは開いた。
「誰?」
蓮がそう言いながら中に入ってくる。
薄暗くてよく見えないのか、中まで入ってくると私と目が合った。
すると蓮は目を細めた。
「……なんでお前がいんの?」
蓮は知らないんだ。私が呼んだこと。
「私が蓮のこと呼んだの……」
「帰る」
その言葉を聞いた瞬間、蓮は背中を向ける。
「待って!蓮……っ!」
私は彼を呼ぴ止めた。
背を向けて歩き出そうとする蓮の手を掴む。
きっと今言わないと、言えない。
伝える機会がなくなっちゃう。
蓮はその場に立ち止まった。
「あの……っ、この間はありがとう。これ、返さなきゃって、思ったから」
私がパーカーを差し出すと、ぴくりと蓮の背中が動いた。
「いらねぇよ、捨てろって言っただろ」
「でも捨てられなくて」
その言葉を言った瞬間、蓮がゆっくりと振り返った。
「……ん、でだよ」
「……っ」
「なんで来るんだよ……」
どうして、そんなに苦しそうな顔するの?
「だってお礼が言いたくて……」
「礼なんていらねぇんだよ!」
強い口調で言った蓮。
でもその顔は苦しそうなままだった。
ぐっと唇をかみしめる。
「ごめん、迷惑だったよね……」
幸せだった思い出が、こんなにも悲しい思い出に変わってしまうなら最初から付き合わなきゃ良かったのかな。
こうなることが分かっていたら、私は好きだなんて言わなかったのに。
彼を見るたび、心が苦しくなる。
「もうこれで最後にするから……」
私は持っていたパーカーを彼に差し出した。
「これ貸してくれてありがとう。話しかけてごめんね」
彼に手渡すと私は彼の横を通りすぎ、背中を向けた。
遅すぎたのかもしれない。
これでもう、本当にさよならだ。
じわり、と視界がにじんでいく。
流れ出る涙はけっきょくいつになっても枯れ果ててくれなかった。
ごめん、蓮。
たくさん振り回してごめん。
私はドアに手をかけた。
その時、蓮は小さくつぶやく。
「花」
久しぶりに聞いたその言葉。
私はピクっと身体を揺らし、思わず立ち止まってしまった。
なんでまた、名前を……?
「泣いてんの?」
優しい声。
私の顔を見ていないのに蓮はそうやって声をかける。
いつもそうだった。
蓮は何も言わなくても私のことに気づいて声をかけてくれる。
「泣いてないよ」
私は平気なフリをしてそう答えた。
これ以上この場所にいたらダメだ。
蓮のいいところをたくさん見つけては思い出してしまう。
清掃室を出ようと再びドアノブを握った瞬間、蓮が私の腕をとっさに掴んだ。
「……っ、な、に」
蓮に触れられると、ドキドキと心が音を立てる。
普通の関係に戻らなくちゃダメなのに……。
頭でわかっているけど、振り払うことが出来ない。
すると、蓮は掴んだ手をそのまま思いっきり引き寄せた。
「きゃっ!」
その瞬間、彼に顔を見られてしまった。
「やっぱり泣いてる」
私の顔をそっと持ち上げて、彼は離さないとばかりに両手で私の顔を覆う。
「違う……」
「違くねーよ」
そう言うと、蓮は私の瞳から流れる涙を指で拭った。
「なんでお前が泣くんだよ」
「だって……」
すると蓮は小さな声で言った。
「俺さ、自分の中で賭けしてたんだ」
「賭け?」
「そう。花のことがどうしても忘れられなかった。だから、そのパーカーを花が捨ててくれたら綺麗サッパリお前のことを忘れようって自分の中で決めてた」
え……。
「なのに、お前が持ってくるから。持ってこられたら、忘れられねえじゃねーか」
今までー度も聞いたことのない弱々しい声。
手が震えていて、蓮も私との恋でたくさん傷ついたんだって分かった。
忘れようとしたって忘れられない。
彼のこと思うたびに好きだと実感してしまう。
もう誤魔化すことも限界だった。
好きに決まっている。だけど、仕事のことを考えればその気持ちを突き通すわけに行かない。
それは私のためにも、彼のためにも。
だからありったけの嘘をかきあつめて彼にぶつけた。
受話器の向こうで彼が傷ついていたことは分かっていたのに。
そんな自分が嫌仕方なかった。
「私だって、お礼を言うために来たんじゃない……」
もう限界なんだ。
「パーカーを口実に、蓮に会えるって思っちゃったの」
どんなに冷たい目をされても、ヒドイ女だって思われても蓮の顔が見たかった。
蓮に会いたいと思ってしまった。
口では好きじゃないなんて言い聞かせても、私の心はいつも蓮のことばかり。
「ごめん」
最後までこの気持ちを隠し通すことが出来なかった。
「本当にごめん……」
私の頭にすっと手が伸びて来て優しく頭を撫でる。
「花」
ようやく目と目がしっかり合った。
そして小さく微笑むと、彼は言った。
「俺はお前が好きだ……どんなことがあってもそれは変わらない」
「れ、ん……っ」
視界がにじむ。
「いくら気持ちを誤魔化したって、考えないようにしたって。こうして顔を見れば全部気持ちが戻ってくる。ずっと気持ちに嘘をつき続けるなんて無理だ」
「私も……そうだった」
私の本当の気持ちはもう、決まってる。
「私は、蓮のことが好き」
大好きな気持ちを隱すなんてできっこなかった。
蓮は少し強めに私を抱きしめる。
力にまかせて伝わる鼓動が、離れたくないと言っているかのようだった。
ああ、好きだ。
もう絶対離れたくない。
「好きだよ、花」
蓮は私の顔をあげさせると、キスを落とした。
「……んっ」
そっと、優しく、包み込むように。
「もう絶対、お前のこと泣かせないから」
「うん……」
ずっと蓮の側にいる。
何があっても。
私は蓮と共に歩んでいきたいから。
女優として、そして西野花として、すべての顔を守るための、覚悟を決めた。