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面白いです!!!!、れ!!!
──しばらくして。
森を抜け、小さな村へと戻った透は違和感に足を止めた。
変わらないはずの風景。
だが──そこに、ノアの姿だけがなかった。
彼女の家らしき小屋も見当たらない。湖畔のほとりも、宿の軒下も、誰もいない。
村の老人に尋ねても、返ってきたのはあまりにも素っ気ない言葉だった。
「ノア? ……知らんな。そんな子、見たことも聞いたこともないよ」
別の村人も、同じように首を傾げる。
「旅の途中で見た夢とかじゃないのか?」
「そんな名前の子、最初からいなかったと思うけどなぁ」
(嘘だろ……。確かにいた……湖で会って、話して、頼まれたんだ。精霊石も受け取った……)
焦燥と困惑の渦の中、透は森の外れ──あの湖のほとりへと足を運ぶ。
木漏れ日が水面にきらめく静かな場所。だがそこにノアはいない。
代わりに、湖面が風に揺れるたび、小さな光がふわりと浮かび上がった。
ひとつ、またひとつ……様々な形をした精霊たちが、透を囲む。
その姿は火の玉のようでもあり、蝶のようでもあり、小さな妖精のようでもある。
そして、ひとりが語りかけてきた。
その声は、高く透き通った少女のようだった。
「人の子よ。汝の記憶にある少女は、すでにこの時に在らず」
別の声が重なる。今度は低く、老いた賢者のように。
「だが、痕跡は残っておる。彼女が託した“願い”と、お主に授けられた《門》は繋がっておる」
そしてまた別の精霊がくすくすと笑いながら言った。
「変なのよね。あの子だけ誰も覚えてないの。なのにあなたは知ってる。あなた“だけ”が」
透は口を閉じ、ぎゅっと石を握った。ノアから託された、精霊石。
確かに存在する。それだけは幻じゃない。
「……どうすればいい?」
問いかけると、精霊たちは一斉にふわりと舞い上がり──
ひとつの方角を指し示した。
──東。
「この森の東に“アヴィア”という大都市があるわ」
「ヒト、魔族、獣人、竜人、いろんな奴がごった煮になってる場所さ」
「その地には《境界》がある。お前の背の《門》、目覚めの時が近いぞ……」
最後にひときわ小さな精霊が、耳元で囁いた。
「けれど気をつけて。あなたの力は“誰にも知られてはいけない”。その存在を決して──」
──ヒュウゥ……
風が吹き抜けた。
気づけば、精霊たちはもうどこにもいない。
透は静かに息を吐き、湖に背を向けた。
「……よし」
彼の眼差しは、すでに東の森の向こう──アヴィアへと向いていた。
ノアが消えた理由も、彼女の願いの意味も。
そして──自分の中にある《厄災の使徒》と《扉》の正体も。
すべてを知るために、行かなければならない。
まだ誰も知らぬ“力”を背負って。
森を出て三日目、ようやく大都市が見えてきた。
アヴィア──
王国でも屈指の規模を誇る商業都市は、今日も喧騒に満ちていた。
街路に立ち並ぶ露店、香辛料と油の匂い、各種族が入り混じる言葉の奔流。
初めて見る文明に、透は目を奪われながら歩いていた。
(やっぱりすげえな……こっちの世界)
だが、その足が不意に止まる。
──視線を感じた。
人混みの奥。屋根の陰。
一瞬だけ、目が合ったような気がした。
(まさか……いや、でも……)
確信はない。けれど、あの“感覚”だけは忘れようがなかった。
“森”で出会った、あの女。息が止まりそうなほどの圧と、理解不能なほど静かな恐怖。
そして。
「……奇遇だな」
振り返った先──屋台の裏に、彼女はいた。
相変わらず、黒衣。
その姿は一見して目立つのに、なぜか街の誰も彼女を見ていないかのようだった。
(……なんで、こんなところに……)
「また会うとは思わなかった」
女は、変わらぬ冷たい声で言った。まるで天気の話でもするかのように、当たり前のように。
「……え、お前は……あの時の……」
「森では名乗らなかったな。今も別に名乗る気はないが…」
透が言葉を探している間にも、彼女は視線だけで全身を見透かしてくる。
──ぞわり。
本能が警鐘を鳴らす。
身体の奥に棲む“何か”が、「逃げろ」と囁いた。
「……愚かなる者よ。汝は未だ、気づかぬか……」 「魂の座を揺るがす刃の主……その者より、目を逸らせ……!」
(精霊……やっぱり、こいつ……ヤバい)
彼女──名も知らぬその女は、どこか退屈そうに視線を逸らした。
「お前、アヴィアには何をしに来た」
「え? あー…ある人の願いを叶えに来たのと、ついでに冒険者登録的なものをしようと…」
「そうか……くだらないことに命を賭けるものだな」
「……」
女はそれ以上何も言わず、群衆に紛れるように背を向け──そして、
「また会う。次は偶然じゃないかもしれない」
──そう言って、消えた。
その場に残された透は、背中に流れる冷たい汗を感じながら、しばらくその場から動けなかった。
(なんなんだ……あの女……)
(見た目は人間にしか見えない。でも……この感覚だけは確かだ)
(……俺はさっきまで“死”の一歩手前にいた)
それから宿を取り、数日が経った
「……このままじゃ、何もできない」
薄暗い宿屋の天井を見上げながら、透はそう呟いた。
数日前の再会──森で出会った“彼女”。名も知らぬあの女が見せた、あの圧倒的な存在感。
(……名前も知らない、素性もわからない。でもあの女は、間違いなく“別格”だった)
身体が勝手に理解していた。
「戦っても勝てない」──いや、「戦うことすら許されない」。
(……なのに…なんだっけ?俺の中にいる厄災の使徒を封印するついでに救えって…笑っちゃうよな)
腕を組み、ベッドの上で寝返りを打つ。
「……俺の魔法。《ネクサスゲート》。ただの“移動魔法”じゃない」
扉──開けば、別の場所へ移動できる。
ピンクの髪を持つ少女に与えられた透だけの固有魔法。
けれど。
「……空間をつなげる、ってことは……“仕掛け”にも使えるんじゃ……?」
意識は研ぎ澄まされていく。
扉は視認できるものの誰にも認識されない“存在”。開閉は透の意思による。
(攻撃じゃなくて……トラップだ。例えば相手の攻撃の動線上に扉を開けば──)
(剣が空を切る。拳が別空間に抜ける。……あるいは、逆に相手をどこかへ転送する…)
「……使いようによっちゃ、戦える」
しかし、ひとつの問題があった。
「……使うには、魔力の制御が必要すぎる」
現状、透は無意識に発動していた。精霊たちの助力があってこそだった。
宿の灯りの中、窓の外には月が浮かんでいた。
透はゆっくりと息を吐く。
「……でも、やるしかないんだよな」
手を見つめる。その手は、まだ何も握っていない。
(……俺に力はない。でも、“道”はある)
(だったら、開けてみせるさ。次に会ったとき──あの女にも、誰かのためにも)
アヴィアの街角、透は歩きながら雑多な人々の声に耳を傾けていた。
露店の呼び声、商人たちの交渉、子供たちの笑い声——その中に、ひとつだけ異彩を放つ話し声が混じっている。
「あんた、アリーナ見に行く?」
「えぇー、どうしよ。行きたいけど、混むよね~」
「魔王様や天王様も来るらしいよ?」
「え!?マジで!?それって…すごすぎ!」
「しかも賭塊王様と異淵王様も来るんだってさ」
「うそ!?やばい!絶対行こうよ!」
「明日だよね!?楽しみ~!」
透は立ち止まり、少し離れた場所で話す数人の若者の会話をじっと聞いていた。
(魔王と天王……この都市に来るのか)
あの恐怖の塊のような─彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
…あいつは何者なんだ…?もしかしたら見に来るかもしれない…
それは期待と、不安が入り混じった感情だった。
透は背筋を伸ばし、意を決して歩き出す。
(……明日、アリーナに行ってみるか…?もしかしたら戦闘の手本を見れるかもしれない)
──夜が明けた。
透は人混みをかき分けながら、なんとか特別観客席の入り口へと辿り着いた。
胸の高鳴りを抑えつつ、彼は招かれたわけでもないのに、その席へ向かう。
「次のご紹介は――魔王、天王、賭塊王、そして異淵王です!」
場内アナウンスが響くと、特別席からはひときわ大きな歓声が上がった。
名前が呼ばれるたびに、透は視線をそちらに向ける。
やがて、「魔王」の文字が記された席の前で、透は息をのんだ。
そこに座っていたのは──あの冷たくも威圧的な女だった。
彼女は静かに座り、周囲の熱気など気にする様子もなく、まるで別世界にいるかのように冷静だった。
透の目は離れなかった。
(あの女、魔王…だったのか…?)
どうやらあの女は「ステラ・アジャンスタ」と言うらしい
視線を巡らせると、隣には金髪のどこか能天気な雰囲気を漂わせる天王の姿もあった。名札のようなものには「ハロック・スファリン」と書かれていた。
透は唾を飲み込む。
アリーナの熱狂の中で、透の中の何かが動き始めていた。
──数時間が経っただろうか。
アリーナの熱狂は、いつしか静寂へと変わっていた。
炎を操る者。風を刃とする者。念を拳に宿す者。
選手たちの戦いはどれも美しく、そして熾烈だった。
剣術、魔術、武術、奇術——すべてが観客の魂を揺さぶる。
(……すげぇ……)
透は素直にそう思っていた。
命を賭けて技を磨き、ここに立つ者たちの姿に、彼は初めてこの世界の“現実”を肌で感じていた。
アリーナの照明が落ち、閉会を告げる音楽が流れる。
そのときだった。
……視線を感じる。
透はふと顔を上げた。
遥か前方。特別席。
およそ1,500メートルは離れているはずのその場所。
だというのに──
目が合った
(……っ!?)
視線の先にはあの女。
ステラ・アジャンスタ。
悠然と座り、表情ひとつ変えぬまま、確かに透を見ていた。
その双眸は深い静寂を湛え、底が見えない。意志と力と、断絶を感じさせる。
(なんで……わかったんだ……?)
その夜。
透は誰かに肩を叩かれた。振り向けば、豪奢な制服を着た案内人が立っている。
「あなたを特別室へお招きしたいとのことです」
戸惑いながらも、逆らえない空気に押されて足を進めた。
案内された部屋は絢爛たる装飾と静寂の漂う、まるで王族の控え室のような空間だった。
扉が閉まり、視線を感じて顔を上げる。
そこにいたのは——
金髪碧眼の貴族然とした男。賭塊王ハレビア・クージュル。
椅子に足を組んで座る、妙に気だるげな異淵王クリスティア・フォード。
壁にもたれるように立つ……なんだかバカそうな天王ハロック・スファリン。
そして──
真正面。部屋の最奥。静かに腕を組んでいたのは、魔王ステラ・アジャンスタ。
透の心臓が跳ね上がる。
(まさか……扉のことが……?)
誰にも知られてはならないはずだった。
あの空間。あの固有魔法、“ネクサスゲート”。
なのに、彼らは、彼女らは。
何かを感じ取っている。
それぞれが透に視線を注いでいた。
「……お前、名前は?」
静かに、だが絶対的な威圧感をまといながら
ステラが問う。
透は喉が乾くのを感じながらなんとか声を絞り出した。
「……殻崎、透だ」
「……トオル?」
ステラが静かに繰り返した。
ほんのわずか、眉が動いたように見えた。だがすぐに無表情に戻る。
(やっぱり……この名前、違和感あるのか)
透が胸の内で息を飲んだ次の瞬間──
「……キミ、この世界の人間じゃないんだろう?」
低く、だが確信に満ちた声が部屋に響いた。
視線を向けると、椅子に斜めに座っていた男——賭塊王、ハレビア・クージュルが笑っていた。
「そうだね〜、これに300ゴールドを賭けよう」
彼はどこか軽薄な笑みを浮かべつつ、じっと透を見据えている。目は笑っていなかった。
「……僕の賭けはだいたい当たるんだ。ほら、君の呼吸の乱れ。手の汗。心臓の鼓動。何より、ここに入ったときの『場の違和感』。ねえ、ステラ」
その名を呼ばれても魔王は動じなかった。ただ静かに視線を透から外さずにいる。
透は喉の奥に熱を感じた。
(……バレてる? いや、でも、扉のことまでは──)
「お前、何を隠してる?」
ステラが問う。
声は冷たいわけではなかった。ただ、真実を必要としている者の声だった。
(言うべきか……? それとも……)
だが、何より怖かったのは“誰一人として「驚いていない」こと”だった。
異世界から来たかもしれない、と言われても、まるでそれが想定内であるかのような反応。
(……この世界には、“外”の存在を知っている者たちがいるのか……?)
透は、ここで下手にごまかすのが最悪の手だと悟っていた。
だが、“扉”のことだけは知られてはならない。
あれは……この世界の常識ではない。存在してはいけない異物だ。たとえそれが、固有魔法といえども。
透はゆっくりと口を開いた。
「俺は……普通じゃないかもしれない、けど……」
そのとき、クリスティア・フォード——異淵王が初めて言葉を発した。
「言葉の選び方が随分と慎重だな?……続けろ」
その一言に、ハロックが大きくうなずく。
「トオルってさ〜、名前も喋り方もやっぱ変わってんだよね。でも嫌いじゃない!むしろ好感度高め!」
「そうか」
とだけ呟いたのは、ステラだった。
そして、彼女の言葉はこう続いた。
「……お前には“監視”をつける。たとえ人間であれ、今は何か隠していると思っているからには放っておくわけにはいかない」
そう言って、彼女は立ち上がった。
その瞳は、またしても透の核心を穿つように見つめていた。
アヴィアの王宮、その一室。ステラは幹部を数名呼び寄せる魔法を発動していた。
天井が高く、壁に施された黄金と翡翠の装飾は、見ているだけで疲れるほど豪奢だった。その中央に透は座らされていた。いや、正確には「囲まれていた」。
目の前には、魔王ステラ・アジャンスタ。
その横に、天王ハロック・スファリン。そして異淵王クリスティア・フォード、賭塊王ハレビア・クージュル。どれも規格外の名と雰囲気を持つ面々。そしてその背後──壁際の影から、四人の人影が現れる。
透は、咄嗟に立ち上がりそうになった。だが、動くことすら躊躇われた。
1人目。
「……は?サムライ……?」
黒い外套。刃が露わになった長刀を背負っている。無精髭、ボサボサの黒髪、目つきは鋭い。だが何より、喋らない。こちらに視線を向けるでもなく、ただ静かに壁にもたれていた。警戒すべきはその気配だった。何かのスイッチが入れば斬られる──そんな錯覚すら覚える。
「……魔王様からの命令だ、監視させてもらう」
低い声が落ちる。沈黙に沈んでいた部屋の空気がピンと張った。
名前は〈刀葬とうそうのルザリオ〉と紹介された。元は魔王に殺されかけて忠誠を誓ったとかなんとか。人間か魔族か、判断がつかない。
(剣士っていうより、処刑人みたいな雰囲気だな……)
2人。
「ひゃっ……あ、あのっ……あ、えっと……!」
声が震えていた。入り口の奥に、誰かの後ろに隠れるようにして、小さな女の子がいた。白いフリルのついた黒ワンピースに、古びたウサギの人形を抱えている。顔を上げようとしないが、透が視線を向けるとびくっと肩を跳ねさせた。
「こ、ここ、こ、この人は……たぶん、その、わ、わるい人……じゃない……だとっ……思います……」
しばらく誰も反応できなかった。
名前は〈夢呪のエンリカ〉。天才的な幻術使いだそうだ。周囲の者曰く「人形の方が本体じゃないか」とすら言われるほど、人との接触を嫌う。
(こいつ、絶対この中で一番ヤバいタイプのやつだろ……)
3人目。
「…なるほど、随分冷静を貫きますね」
堂々と歩いてきた女性がいた。艶やかな赤紫のドレスに、ハットとマント、片手にはカードの束をひらひらさせ、もう一方の手には紫水晶の杖を持っている。妖艶とも、詐欺師とも、どちらにも見える。
透をまっすぐ見つめ、目を細めた。
「今の空気の読み方、少し面白かったですよ」
名前は〈幻戯のメルセデリア〉。魔王直属の戦略補佐であり、情報と交渉を一手に担う存在らしい。
(どう考えても信用しちゃいけないヤツだ。ていうかこの服装、怪盗かよ…)
4人目。
「ねぇ、あんた、拳って好き?」
その声は唐突だった。
振り向くと、褐色の肌に真紅の長髪、鋼のように鍛えられた腕を持つ女性がいた。無駄のない動きで歩み寄り、透の目の前に立った。その笑みはどこか挑発的だ。
「アリーナ、見てたよ。あんた見るとこがいいね……ただ見てただけじゃない……ちゃんと選手の戦い方、分析してた。ねぇ、拳、好き?」
その拳を見たとき、透はこれで殴られたら死ぬなと本気で思った。
〈剛壊のバルマレア〉。物理系幹部筆頭。肉体派の頂点。
「そ、それなりに……」と透が答えると、彼女はにやりと笑った。
「いいセンス。今度、殴り合おうよ?」
(やめてくれ、頼むから…)
四人の幹部。誰もが異質で、誰もが濃すぎた。
透は喉を鳴らす。彼らがここにいる意味。ステラの命令だ。つまり──
「紹介は以上だ。彼らは私の“最も信頼できる幹部”のうちの一部だ」
そう言ったのは、魔王ステラ・アジャンスタだった。
全員が一瞬で静かになり、空気が凍る。
「透、お前に興味がある……ただそれだけだ。情報は今はまだ問わない」
ステラの視線が鋭く走る。だが、その奥にあるものを、透は読み取れない。
(こいつ、本当に人類と共存してる魔王か……?)
理解しようとしても、できる気がしない。ただ、本能だけが言っていた。
──ここから逃げるな。この女の「興味」は、そう簡単に向けられるものじゃない。
透は覚悟を決めた。
彼らに危険人物として首を落とされるのか、アヴィアの裏に渦巻く「世界の深部」に触れることになるのか