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記憶が欠けているのを気に病んで、私は一週間も家に引き篭もっていた。

友達にも連絡していないし、両親とも食事の時くらいしか顔を合わせていない。


――気持ち悪い。

迷宮のある場所からひとつ、区を跨いだところで発見されたのも気に入らない。

迷宮の出入口が、一つだけではない可能性が高い。それも、誰も知らない出入口だ。


「はぁ……どうしてこんな、ややこしいことに巻き込まれるのよ」

それに、私も覚醒者になったとか言われたけど、あんな訳の分からない力なんて無いし。もしもあんな力が使えて、宙に浮いたり大口径の拳銃の弾を防いだり出来るなら、嬉しいというか安心出来るというか、支えになるのに。


今のところ、何も変わらない。魔法が強くなったかもと思ったけど、訓練場に向かう気力はない。どうせ、魔法を撃つ前に攻撃されたら……あんなことになって何もできないのだし。


――もう、迷宮に行きたくない。協会からも抜けたい。

普通の女の子として、普通に暮らしたい。

だけど、一度でも魔法士として登録されたら、逃げられない。

戦力外になるか、死ぬまで迷宮に潜ることを強いられる。

それが国の決めたことだから。

反逆罪、とまではいかないけど、逆らえばどうせ生きてはいけない。


「ほんと……さいあく」

この堂々巡りの思考が、ずっと続いている。

それに、やっぱりPTSDなのかもしれない。

物音が怖い。

テレビの中の人でも、アーミー柄の男の人を見ると、身がすくんでしまう。

お父さんであっても、突然後ろに立っていたりすると叫びそうになる。


「はぁ……。カウンセリングとか、意味あるのかな」

行きたくない。そもそも、外に出たくない。

誰にも、会いたくない。


「優香? ご飯よ。今日のお昼も、素麺でいいの?」

ドアの向こうから、お母さんが呼んだ。

「うん」


「他のものもあるから、なるべく食べなさい」

私の返事が聞こえたのかどうか分からないけど、お母さんはそう言い残して、階段を降りて行った。


「ほんとは、何も食べたくないのに」

口が動くなら、死んでも何かを食べろ。と、教官は言っていた。

実際、訓練で何度吐いても、食事の時間になると詰め込まされた。喉を通らなくても、水と一緒に流し込め、と。

その訓練のお陰か、体は、口に入れさえすれば飲み込んでくれる。


体調まで崩さずに済んでいるのは、あのキツイ訓練あってのことだ。お母さんの心配事を、ひとつ減らすことが出来ている。

何も食べなければきっと、すでにカウンセリングに連れていかれただろう。


――動きたくないけど、一階に降りなきゃ。

無理矢理体を起こして、ベッドから這うように降りた。

一度足を床につけてしまえば、それも訓練の賜物で、勝手に立ってくれる。

あとは、せめて着替えればいいのだけど……よれよれのトレーナー姿のままで部屋を出た。




「もう。優香ったら帰ってきてからずっとそれじゃないの。それ脱ぎなさい。洗濯するから。他にもトレーナーあったでしょう?」

どうやら、楽な家着以外は着ないというのは、すでに織り込み済みらしい。


「うん……じゃ、今脱ぐ」

「あなたねぇ。いくらお母さんしか居ないからって。ちょっと、ブラも付けてないじゃない。誰か来たらどうするのよ」


「パンツははいてるから……」

「はぁ。そのままオッサンになるわよ?」


――こっちは無理して起きてきて、嫌々脱いでいるのに。

そう思ったら、知らないうちにほっぺを膨らませていたらしい。

「ま~たその顔する! 口とがらせてほっぺぷくーって、小学生か!」

もはや面倒になって、顔を背けた。


でも、脱いだままパンツ一枚の姿では、どうにも情けないことに気が付いてしまった。

少し広めのリビングの中で、きちんとセットされたテーブルとイスと、白い壁に掛かった大きなテレビが、私に小言を言っているような気がした。

なんとも君は場違いな格好だぜ、と。


「そのかっこで突っ立ってる気? いいわよ? お母さんも服出してあげないから。いつでも準備してあげると思ったら、大間違いだからね」

さすがに恥ずかしくなって、俯いた。すると、いつも掃除されて綺麗なフローリングが、よれよれの靴下を嫌がっているように感じた。


こんなにそそらないパンツ姿のだらしないくつした女は、君くらいだろうな。

――ほっといてよ。


「やっぱりきがえる……。なにか、服出してよ」

「ふふっ。甘えんぼなのは誰に似たんだか」

――自分で選ぶ元気が、ないだけだし。




お母さんに出してもらったカップ付きのキャミ、七分袖の長T(ティー)とフレアスカートは、すぐにでも出掛けられる格好だった。


「せっかく、ぱっちり二重おめめの美人さんに産んであげたんだから、服も毎日着替えなさいよ。鼻筋が通っているのはお父さん似かしら。でもやっぱり、顔の小ささはお母さんのお陰よね。ほら、ちゃんとすれば可愛いのに。もったいないわねぇ……はぁ」

真後ろでため息をつかれるのは、気分がよくない。しかも、私を褒めるフリをしてすぐ自分アゲする。


子どもの頃のように髪をポニーに結われながら、だけど、いいように言われている。髪を伸ばすのを解禁されてから、ようやくある程度の長さまで揃ってきた。お母さんの長い黒髪に憧れて伸ばしていたのに、訓練入隊でショートにさせられた恨みは深い。


そのお母さんはいつもきちんとしていて、一緒に歩けば姉妹でしょと言われることもあるくらい、若く見えるし美人だ。近所でも一番綺麗だと思う。だから、身だしなみのお小言に対しては言い返せない……。


まぁ、こうして面倒見がいいし、優しいし、お母さんが居れば私は構わないのだけど。

そんなことを思いながら、素麺を小さな丸い塊にして麺つゆに浸して、もさもさと食べているとニュース速報が入った。


壁掛けの大きなテレビモニターに、『連続殺人事件 八人目の被害者』とテロップが出ている。

大阪府東部の二区から四区にかけて、広い範囲で同様の手口――。


それ以上の情報が出ないけれど、うちから近いといえば近い。うちは東部三区の隣、中部三区だ。犯人が地元の人間とかなら、こっちまでは来ないかもしれないけど。まさか隣の区一帯で、こんなに恐ろしい事件が起きているなんて。

八人も殺すなんて、普通じゃない。


「物騒ねぇ。あなたは引き篭もってるからいいけど、あんまり外に出ちゃだめよ?」

「……出ないけど。コンビニくらいは、行くかも」


迷宮は殺伐としているけど、地上も大概だなと思った。

でも、こんな大事件は、そうは起きない。

私の十七年という人生の中でも、初めて聞く気がする。

だから気になってしまって、ネットで情報を探してみると……結構な話が出て来た。


『どの死体も、首をねじ切られているらしい』

『殺された人の側には、女性か子どもが居たというのがほとんど。トラウマ間違いなし』

『被害者は男が多いが、女も居る。これは普通の快楽殺人とは違う気がする』

『これだけ目撃者が居るはずなのに、犯人像がまだ出ていないのは異常』

『なんか、犯人は女の子だって話を聞いたぜ。被害者の側に居たって人からの情報らしい』


検索ですぐに出た情報でこれだから、結局は何も分からないままだった。

――まともな情報なんて、出るわけがないか。

警察は、情報非公開ということらしい。

被害者の共通点も、まだ分からないという。推察しきれない殺人というのは、厄介極まりないだろうなと思った。


「お母さんもネットで調べたんだけどさ。女の子が犯人なんだって。でも、こんなこと女の子が出来るのかなぁ?」

「またお母さんはそんなの真に受けて。適当なカキコミなんだからアテにしちゃダメだってば」


そう言うと、「優香はすぐ、そういう冷たい言い方する」と、むくれてしまった。

ほっぺを膨らせるクセは、この母が先なのを本人だけが理解していない。

「久しぶりに、コンビニ行ってくる。何か買うものある?」

「それならもう少し先のスーパーまで行って、たまごと牛乳買ってきてくれない?」

「え~。……いいけど」


外に出るのは何日ぶりか。

お母さんは、私の調子が変なのを分かった上で、普通にしてくれている。

……買い物くらい、平気だよね。

ちょっと男の人が怖くなったくらいだし、それに、私は魔法士で、ぜんぜん強いんだから。



**



「き、杞憂だったわ。普通に買い物出来たし、道を聞いて来たお爺さんとは話せたし」

タッチでピッ、の通帳残高で驚いて「えっ?」とか声出しちゃったことと、お爺さんから少しだけ後退りしてしまったことは、《《ややもすれば変だった》》かもしれないけど。


残高は……何の手当てか知らないけど、協会から百万円も入金があったから。まだボーナスの時期じゃないし、『特別手当』しか書かれてないし、よく分からないけど。怖い思いをして可哀想ですね手当、とか?


ともかく、無事にミッションクリアして、家に帰りついた。

そう思いかけた時だった――。

「え?」

家の様子がおかしい。玄関ドアが開けっぱなしで、しかも留め具が外れて歪んでいる。


「――お母さん! お母さん!」

強盗か。それ以外に考えられない乱暴な、壊れ方。

靴は履いたままの方がいい。戦闘になる可能性が高い。

私は今度こそ、敵に先手を取られないように魔力の集中を始めた。


――何人居るだろう。お母さんはどこ? 一階からクリアするべき?

クリアリングがもどかしい。どんどん先に進みたいのに。


――階段クリア。一階通路、クリア。近くのトイレもクリア。

リビングか、それとも奥の、お母さんたちの寝室か。

いつでも炎を撃てるように、準備は整っている。


――リビング、ビンゴ!

「お母さん!」


最初に目に入ったのは、お母さんだった。

「ゆ、ゆうか……お、おちついて」

男が四人、リビングを占領するように……倒れている?


お母さんは、大窓の側でカーテンを必死で掴みながら、ヘタレ込んでいる。目立った傷はなさそうだけど、どこか殴られているかもしれない。

リビングはかなり荒れている。テーブルもイスもひっくり返ってしっちゃかめっちゃかで、庭に出る大窓も割られている。イスの二つは、庭に転がって……キッチンカウンターも滅茶苦茶だ。

その中に、男が四人、やっぱり倒れている。気を失っているらしい。


「お母さん?」

「この子がね……たすけて、くれたの」

震える手で指差す方を見ると――。


「……ユカ」

白い龍は居ないけれど、ユカが少し宙に浮きながら、庭に居た。

その手の数十センチ先には、男が首を絞められているような苦しみ方をしながら、浮いている。


「あら。お姉ちゃんのおうちだったのね。悪い人たちが、この人を襲おうとしてたの。だからね、ちょうど殺そうとしているところだったのよ。悪い人は、シマツしないとね」

どういう力か分からないけれど、言うなれば超能力のテレキネシスが当てはまりそうだ。


「優香、この子がね、助けてくれたの……」

声が上ずって、震えている。

本当に怖い思いをしたに違いない。


「ああ……うん。分かってるよ、お母さん。でも、ユカ。人殺しは、罪になるのよ。殺しちゃだめ。それ、死なないように降ろしなさい」

口調が、無意識的に訓練時のように、強いものになる。


「え? どうして? この人、生かしておいたらまたするよ? こういうハンザイする人ってね、何度も繰り返すんだって。お姉様が教えてくれたの。だから、殺すしかないのよって」

「お姉様? ……そう。そうね、そうかもしれない。でも、勝手に裁いてはいけないの。いいから降ろすの」


ユカは、得体が知れない。

その得体の知れなさが、迷宮で見た時よりもさらに強くなっている。力を使っているからだろうか。白い龍が居ない方が、空恐ろしく感じる。

あの時は龍が力を使っていて、この子は何もしてなかったのかもしれない。


「お姉ちゃん……。う~ん。わタし、頭が悪いから、よく分からないわ。お姉ちゃんの言ってることが、分からないの。だから、やっぱり殺すことにする」

「待って!」


勝手に殺してもらっては困る。いや……強盗だから、殺しても無罪かもしれないけど。でも私はどうなる? 一般協会員とは言っても、軍の下位組織だ。しかも魔法士ともなれば、殺さずに鎮圧しなくてはいけないのかもしれない。


「殺してはだめ。ややこしいことになるかもだから。お願い」

「はぁ。お姉ちゃんの言うことは難しい。でも、わタしはこの悪い人間たちを見ると、イライラするの。それって、殺すべきだからだと思う」

話が通じない。

この子は基本的に、こっちの概念が通じなさ過ぎる。


「それよりもユカ。ねえ、もしかしてだけど。ここ最近、人を殺して回ってるのはユカなの?」

話を逸らそうとして、嫌なことが私の中で、繋がってしまった。

あの連続殺人のニュースと、この、得体の知れないユカが。


「そうだけど。だって、魂の悲痛な叫びが聞こえたら、しょうがないでしょう? 生きている時の魂の叫びって、とても不快なの。だから止めに来るんだけど、そしたら絶対に悪い人間が側に居る。不快を生み出すモノは、殺していいの。知らないの?」

――ビンゴだ。

嫌なことほど当たってしまうのは、なんでなのよ。


「……私の時は、私を食べに来たんじゃないの?」

「そうなの。それがね、わタし、絶望に染まった魂は食べたいのに、生きている時の魂の、絶望して苦しむ叫び声を聞くのが嫌なの。本当に不快なの。でも、困っちゃった。おなかが減っているのに。また死ぬ前に来ちゃった」

――とにかくヤバい。

これは、もしも犯罪者に殺されるのを待つようになったら、最悪の結果しか生まれない。


「……そのお陰で、私もお母さんも、助かった。感謝しているわ」

「おなかが減ったままなのに? ……ふぅん。お姉ちゃん、わタしが、死ぬのを待つようになるのが、困るんだ」

「え」

――心を読まれた?


「うんうん。お姉ちゃんの気持ち、分かるよ。でも、そっかぁ。待てばいいのか。でもね、おなかが減るよりも不快だから、やっぱり先に、悪人を殺すと思う。良かったね、お姉ちゃん」

――いいんだか悪いんだか。

でも、これじゃやっぱり、対処のしようがない。


「だけど、少なくともこの家で、血が噴き出るようなことをしないで」

こちらが譲歩するしかない。とりあえず、この家が汚れなくて、お母さんに酷い光景を見せないということを、優先したい。


「そんなに言うなら、これ、お姉ちゃんにあげる。狩りの練習をしたいのね?」

「何言ってるの」

また、分からないことを。


「覚醒したのに、まだ力を使ってないからでしょう? わタしが使い方を教えてあげる。お姉ちゃんは……火を使うのが、得意なのね」

そう言ってユカは、その手の先に居る男を見た。

私には、その男に、何か魔力を通したように思えた。


「こうやって、脳だけを焼けば血は出ないの。あ、でも、焼き過ぎちゃったら、血が耳から出て来ちゃうの。気を付けて」

男は呻くこともせず、だらんとぶら下がっている状態になってしまった。全身の力が抜けて――落とされた。

落とされたそれは、人だという感覚がしなくなっていた。人の形をした、生々しいモノ。


「ここで殺さないでってば!」

「わぁ、こわい。怒らないでよ、お姉ちゃん。どうして怒るの? わタし、悪人を殺したし、殺し方のお手本も見せたのに」

「駄目なんだってば……」


私も、なぜ悪人をころしてはいけないのか、この子が聞いている真意の方の、その回答を持っていない。

人権がどうとか、そういう価値基準も、もしかするとこの子と似ているかもしれない。明らかな悪い人に対して、私も怒りしかない。しかも、大切なお母さんを、手に掛けようとしていた極悪人だ。


「わかった。じゃあ、目立たないようにするね。お姉ちゃんが怒ると、わタしは悲しいもの。でも、不快な時は、がまん出来ないから。こっそり、殺すことにする。それ以上は、お姉ちゃんの言うことをきけない。ごめんね?」

――謝った?


「なんで、謝ったの」

「どうしてって、わタし、同じ覚醒者で、わタしのお姉ちゃんになったんだから、大切にしたい。だから。でも、言うことをきけないからよ」


「……そ、そうなんだ」

「それじゃあ、その悪人たちも、こっそりシマツしてくる。もらっていくね」

そう言うとユカは、指先をクイっと動かした。

すると倒れていた男たちが、ふわりと浮いてユカの足元に移動する。


「シロ。引き込んで」

――シロ、居たんだ。

庭の地面の中に、男たちが全員、吸い込まれていって、消えた。


「それじゃ、また迷宮でね。お姉ちゃん」

「……うん」

私の返事を聞いてから、ユカは笑顔を残して消えた。あの子の笑顔を、初めて見た気がする。


「きえ……た?」

まだ震えたままのお母さんが、絞り出すような声で言った。

「お母さん――。お母さん、無事だった? 怪我はない?」

駆け寄って、しゃがみ込んでそっと、お母さんを抱きしめた。


「遅くなってごめん。買い物なんて、行かなきゃよかった」

「ゆうか……。ううん。お母さん、宅配だって聞いて……うっかり、開けちゃったのよ。お母さんが悪いの」

「お母さんは悪くない! あいつらが絶対に悪いんだから。お母さん……もう大丈夫だからね」

「うん……こわかった……」




その後は、警察を呼んで、とてもじゃないけど、家に居ることなんて出来なかった。

この日の母の調書はなんとか勘弁してもらって、お母さんにはホテルに泊まってもらった。駆けつけたお父さんと一緒に。


私は……さすがに、事の顛末をそのまま、警察に伝えた。細かなことは、分からないと言って濁しながら。でもこれで、ユカの立場は悪くなってしまっただろう。

と言っても、自在に消えることまで出来るなら、捕まるようなこともないだろうし、あの子の住まいは迷宮にありそうだし、問題ないのかもしれないけれど。


ただ、最後にユカから、「また迷宮でね」と言われたのが胸の奥で引っ掛かっている。

――まるで、呼び込まれたみたいな、呪詛になってしまいそうで。

魔宮の広がる世界より

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