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「やあ」
古びたアパートのドアの隙間から、光と声が洩れた。ミンは差し出された細い手首と握手している。戸が大きく開くと、部屋から発する逆光線の中に痩せた人が浮かんだ。うわさのツヨシさんだね、と耳元でマチコが言った。
中に入ると、左側にダイニングキッチンが一つ。右手は、ベッドとソファと小さなテーブル、テレビが置いてあるリビングが一つ。一人暮らしには充分な広さが、四人もいると手狭い。テーブルを囲んでミンは床に、ツヨシはベッドに、マチコはソファに座った。ソファは大人三人が並んで座れる大きさだが、電話帳が崩れて乗っているため、健太はツヨシに近い側の肘掛に座った。
「非常に唐突ですけど」
と、健太は挨拶そこそこに切り出した「ここにしばらく泊めてもらうわけにはいかないですか?」
きっとツヨシも驚いた顔をするのだろう。これまでの人も皆そうだった。分かってる。分かっていても、今の健太にはそれ以上に切実な言葉は他になかった。
「いいですよ」
ツヨシはいとも簡単に言いのけた。
「今、いいっていいました?」
「ええ、確かに」
「本当に、いいんですか」
「本当に、いいですよ」
マチコが「よかったじゃない」のと差し出す細い手を健太は両手で上下に揺すった。
「なら、引っ越してきてもいいですか?」
「このとおり狭い部屋だし、ベットも一個しかないですけど」
「俺、どこでも寝れます。このソファと、これを枕に使わせてもらえば」
健太は、マチコと自分の間に転がる電話帳を一冊持ち上げた。
「ここは四百ドルなので、家賃は二百ドルづつでどうですか」
ツヨシは、家賃が折半ならこっちも助かります、と付け加えた。