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パイプオルガンの音色が鳴り響くなか、私は右手に聖女の錫杖を持ち、一歩歩くごとにリンと鈴のついた杖を鳴らし、ヴァージンロードを進む。
通常の結婚式なら父親にエスコートしてもらうものだが、聖女は神の御使いとされているので、その慣習は適用されない。
私の前には白いドレスに身を包んだ貴族の息女たちが歩き、花びらを撒いていた。
この日のために用意されたウエディングドレスはとても豪華で、精緻なレースがふんだんにあしらわれている上、刺繍もびっしりと入り、さらにダイヤモンドや真珠も縫い付けられている。
首から手首までは百合や葉をあしらったレースに包まれ、襟元から真珠のボタンがみぞおちの辺りまで続いている。
シルクのドレスは胸元がハートカットになっていて、スカートの前はシンプルなデザインだ。
シンプルだけれど生地には白い絹糸で花の刺繍がびっしりと施され、花の中央には真珠、アクセントとなる所にダイヤモンドが縫い付けられてずっしりと重い。
後ろはトレーンを長く引きずり、腰の真ん中から左右にドレープを描いている。その中央にはフリルのついたレースが覗いてトレーンに繋がっていた。
耳の上には百合の花がついた髪飾りをつけ、ヴェールにも百合の刺繍が施されている。
左手に持つキャスケードブーケも白百合を基調としたもので、白い薔薇やかすみ草、葉物によって美しく流れ落ちる形になるよう整えられていた。
私が身に纏っているドレスは、針子たちの間で〝白百合のドレス〟と呼ばれているそうだ。
清らかな聖女が着るウエディングドレスだから、作り手たちも一際強い思い入れがあったのだろう。
それを思うと、この結婚に関わるすべての人を裏切っている事が申し訳なくて堪らない。
(でも、アルフォンス様と結婚できるなら)
もしも本当にレティが花嫁になったなら、私は生きる気力を失っていたかもしれない。
なぜ彼女が考えを変えたかは分からないけれど、私はこの状況に心から感謝していた。
祭壇の前では黒と青を基調にした軍服に身を包んだ、アルフォンス様が花嫁を待っている。
軍の最高権力者でもあるアルフォンス様は、黒い軍服の上に略章や大綬をつけ、その上にコートを着ている。
さらに君主が式典の時に身につける、雪豹の毛皮がついたマントを半身に羽織っていた。
彼の体に寸分の狂いもなくあつらえられた軍服は、鍛えられた体型を美しく際立たせている。
前髪を横に流して撫でつけた彼はいつもとは違う雰囲気があり、見るだけで胸がときめいた。
やがて私が祭壇の前に着くと、司祭さまが開式を宣言し、みんなが起立したあとパイプオルガンの音色に合わせて聖歌を歌った。
それに合わせて修道士たちが銀の振り香炉を支える紐を引き、香炉はビュン……と風を切る音を立てて巨大な空間に乳香の煙を振りまいた。
聖歌が終わって着席したあと、司祭さまが祈りのアカペラを始め、私とアルフォンス様はそれに続いて高音と低音を歌い始める。
歌声はくゆる煙のように大聖堂の高い天井に立ち上り、メリスマやフェイク、フォールなどの歌唱法を使った難しい旋律が美しく響いていく。
聖王国を発祥の地とするミカティア神教は、全知全能の神ミカティアを信仰する宗教だ。
私たちはミカティアに対し、これから夫婦になる男女の誓いを歌っている。
神の僕たる司祭さまが先導して旋律を辿り、私たちはそれを追うように花婿と花嫁のパートを歌っていく。
第一節を歌い終わったあとは、聖歌隊が歌唱に加わりさらなる祈りが折り重なっていく。
厳粛ながら清涼感のある乳香の匂いが周囲に立ちこめ、その奥にある微かな甘みを感じながら、私は陶酔で頭の奥をジンと痺れさせて祈りの旋律を辿っていった。
全部で三節まである歌を歌い終わったあと、司祭さまがカーン……、と鐘を鳴らし、聖水の入った純金の水盆に、聖なる木ティリシアの葉を浸す。
そして司祭さまは私たちの前で葉を振り、パッパッと聖水を振りかけた。
私は聖女の杖の先端を差しだし、アルフォンス様は宝剣の切っ先を出して交差させる。
司祭さまがその上に聖布で巻いた手をのせて祈りの言葉を唱えたあと、私たちの前にリングピローが運ばれ、指輪の交換をした。
そのあと誓いのキスとなり、私はアルフォンス様に向かって軽く膝を折り、頭を下げた。
すると静かにヴェールが上げられ、花嫁の素顔が晒される。
私はアルフォンス様のアクアマリンのような目を見て、ドキドキと胸を高鳴らせた。
計画を伝えているから、彼は花嫁がフェリシテだと分かっているはずだ。
(今、彼は何を思っているのかしら)
そう思いながら目を閉じて上を向くと、彼が頬に触れ、優しくキスをしてきた。
唇を押しつけ合っている間、鐘がゆっくりと七回鳴る。
これはミカティア神を守る、七人の守護神の数だ。
守護神たちにも認められた私たちは、唇を離し祭壇に向き直る。
司祭さまは聖典を私たちの前に差しだすと、アルフォンス様に皇帝として帝国に尽くすかと問いかけ、彼がそれに応じて宣誓する。
同様に私も皇妃となる宣誓すると、司祭さまは二人をエーヴェルヴァイン帝国の皇帝、皇妃とすると宣言し、彼に宝冠を授けた。
そのあとは再び起立した参列者と聖歌を歌い、閉式の宣言が終わったあとに退堂した。
私たちは花で飾られた馬車で帝都内をパレードしたあと、列国の王侯貴族を招いた晩餐会の席についた。
私たちは雛壇で食事をしつつ、挨拶する人たちに対応する。
楽師たちが演奏する美しい音色が流れるなか、人々は楽しく談笑して食事を楽しんだ。
食事がすべて提供されたあとは、ボールルームに行ってダンスを踊る者もいれば、遊戯室に向かってゲームに興じる男性たちもいる。
女性たちは庭園に面したサンルームに向かい、魔術の灯りで幻想的に照らされたそこを眺めながら、お茶やお酒、可愛いお菓子を摘まんでお喋りをした。
この宴は一週間続く事になっていて、賓客は好きな時に寝起きし、常に用意されているご馳走や美酒を楽しみ、皇帝の結婚を祝う事になっている。
その期間、私たちは他国の方々と交流を深めるけれど、まず初日の夜にはしなければならない事がある。
――そう、初夜だ。
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