テラーノベル
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※注意
本作は 死ネタ及び、架空の病気の描写が含まれます。
苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
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その日は、いつもと変わらない一日の終わりだった。エンドラRTAの時間を縮める為、マインクラフトに没頭するおんりーの部屋。
閉ざされた空間で、唯一の光源であるPCモニターの青白い光が彼の横顔を無機質に照らしている。
カチカチと、マウスをクリックする音だけが規則正しく響く。
数時間に及ぶ挑戦。集中力が限界に達し、彼はふう、と深く息を吐いて背もたれに体を預けた。
「……流石に、目が疲れたかな」
ズキズキとする微かな痛み。酷使した眼球が潤いを求め、自然と目尻から一筋の涙が溢れ出した。
彼は涙を拭おうと指を伸ばしたが──。
コン、と。
乾いた、硬質な音がデスクの上で跳ねた。
「……え?」
視線を落とした先。キーボードの横で転がっているのは、月明かりを閉じ込めたような、透明で美しい”石”だった。
「は? ……これ、何?」
おんりーは、その小さな結晶を指でつまみ上げた。冷たくて、硬い。
自分の瞳から今、この宝石が零れ落ちたのだ。ありえない。そんな事、あるはずがない。
嫌な汗が背中を伝う。彼は震える手でマウスを握り直し、検索に今起こった現象を打ち込んだ。
画面に並ぶ、おどろおどろしい症例の数々。
『涙石病(るいせきびょう)』
それは、涙や血といった体液が結晶化する、世界でも数例しか報告のない極めて稀な奇病だった。
記事を読み進めるほどに、おんりーの顔から血の気が引いていく。
結晶化した体液は「宝石」として高値で取引されるため、常に誘拐や非人道的な実験の標的となるリスクを孕む。
その寿命は極めて短い。現在、有効な治療法は見つかっていない。
「……寿命、が短い……?」
心臓が早鐘を打つ。
これは、死の宣告だ。呪いのような運命。
「(……誰にも、知られたくない)」
真っ先に浮かんだのは、守らなければならない平穏だった。
いつも応援してくれる視聴者のみんな。
離れて暮らす家族。
そして───。
ドズルさん、ぼんさん、おらふくん、MEN。
いつも通りに笑い合い、マイクラの企画に熱を出し、くだらないことで弄り合う。あの暖かな日常が、砂の城のように脆く崩れ去る光景が脳裏をよぎる。
もし、自分が長く生きられないと知ったら。
もし、自分が”狙われる対象”だと知ったら。
彼らはきっと、自分のために泣き、自分を守るために戦ってしまうだろう。
「(そんなの、嫌だ。……俺は、最後まで皆と穏やかに過ごしたいんだ)」
おんりーはデスクに置かれた結晶をぎゅっと握りしめた。
鋭い角が掌に食い込むが不思議と痛みは感じない。
ただ、心だけが冷たい石に変わっていくような感覚に陥っていた。
誰にも言わない。
この宝石が自分の命を削り出した破片だとしても。
「(最後の瞬間まで、俺は「おんりー」として笑っていたいから。)」
決意した翌日から世界は一変した。
この病の最も厄介な点は感情の揺れに反応することだ。心が動けば涙が滲む。そして、雫は容赦なく硬質な宝石へと姿を変えて、乾いた音を立てて床に転がる。
そのたびに、おんりーは冷や汗を流しながら拾い集めて隠さなければならなかった。
「(……隠し通すのは、思っていたよりずっと難しいな)」
幸いなことにドズル社の活動の多くはリモートでの撮影だ。自宅という閉鎖空間であれば、どれだけ目から宝石が溢れようとバレることはない。
だが、問題はメンバーがリアルで集まる動画などの撮影が増えていることだった。
「(視聴者のみんなには、顔出しをしていないから誤魔化せる。……でも、メンバーには)」
ドズルさん、ぼんさん、おらふくん、MEN。
鋭い洞察力を持つ仲間たちの目が、すぐ隣にある。至近距離で過ごす時間の中で、もし一粒でも零れ落ちれば全てが終わる。
おんりーは鏡の前に立ち、自らの姿を確認し始めた。
まず、目元を覆うような太めのフレームの眼鏡。
そして、顔の半分を白く覆い隠すマスク。
「……これなら、多少の異変は隠せるはず」
自分に言い聞かせるように呟く。
幸い、嘘をつく必要はほとんどなかった。
元々視力は良くないから眼鏡は不自然ではないし、この時期は酷い花粉症に悩まされているのも事実だ。
「目が赤いね」と言われれば、「花粉のせい」だと言える。
「顔色が悪いよ」と言われれば、「鼻詰まりで寝不足なんだ」と返せる。
「(………嘘は、吐いてない。)」
鏡の中の自分は酷く無機質で、まるで標本にされた蝶のようだった。
大好きだったはずのメンバーと集まっての撮影が、今はバレてはいけないという極限の緊張に支配されている。
それでも。
おんりーは深く息を吸い、マスクの位置を直した。
撮影が終わった後のスタジオは静寂に包まれていた。
ドズルさんやぼんさん、MENが「お疲れ!」と賑やかに片付けを終えて帰っていく中、一人だけ、おんりーの隣から動かない影があった。
おらふくんだ。
彼はいつもの無邪気な笑顔を少しだけ抑え、じっとマスク越しのおんりーを見つめていた。
「……おらふくん、行かなくてよかったの? みんなもう行っちゃったよ」
おんりーは眼鏡の奥で重たくなった瞼を瞬かせながら問いかけた。
本当は一刻も早く一人になりたかった。感情が昂ると目元が熱くなる。結晶が生成され始めると、痛みは無いものの独特の異物感が眼球を圧迫するのだ。
「……おんりー、最近元気ないやろ? ずっと気になっててん」
おらふくんの声は驚くほど穏やかで、すとんと心に染み入るような響きを持っていた。
誤魔化さなきゃいけない。反射的にそう思ったが、連日に及ぶ緊張で、おんりーの精神は限界に近かった。
「……最近、寝不足で。……怖い夢を、見るの」
咄嗟に出たのは半分以上が本音の言葉だった。
「夢? どんな夢なん?」
おらふくんが少しだけ距離を詰める。その体温を感じて、おんりーの胸がキュッと締め付けられた。
「……僕が、キラキラ光る粒になって……消えちゃう夢」
おんりーは自傷気味に口角を上げた。マスクに隠れて見えないはずなのに、その歪な笑みは声に滲み出てしまう。
自分が宝石を排出し続け、最後には身体の芯まで石に変わって砕け散るような未来。それを予知夢のように毎晩見ているのだ。
「おんりー……。僕に、話してくれない?」
おらふくんの手が、おんりーの肩にそっと触れた。
その瞳は濁りのない真っ直ぐな光を宿している。いつもはおちゃらけている彼が、今は一人の友として、全力でおんりーを心配しているのが伝わってきた。
「(……言えない。言ったら、おらふくんを苦しめることになる)」
頭の中では冷徹な自身の声が響く。「隠し通せ」「これはお前の運命だ」と。
けれど、目の前のおらふくんの瞳を見ていると、丹念に積み上げてきた嘘が音を立てて崩れていくのを感じた。
「……おらふくん。俺は……」
眼鏡の縁が不自然に熱を帯びる。
一粒、また一粒と、目尻で何かが硬い質感に変わっていくのがわかった。
もう、隠し通すことはできない。いや、これ以上彼に嘘を吐き続けること自体が苦痛だった。
おんりーは震える手で目元を覆っていた眼鏡を外した。
そして、ゆっくりと自分の身に起きている事について語り始めた。
「……実はね、花粉症じゃないんだ。……体液が、宝石に変わる病気なんだよ」
自らの瞳から零れ落ち、床の上で小さな音を立てる結晶。
それが自分の命を削り出した破片であること。
長くは生きられない運命であること。
そして、その希少性のせいで、誰にも知られてはいけないということ。
おんりーは嘘偽りなくすべてをさらけ出した。
話し終えた後、訪れたのは耳が痛くなるほどの沈黙。
おらふくんは黙って話を聞いていた。ショックで声が出ないのか、それとも軽蔑されたのか。おんりーが不安に駆られ、俯こうとしたその時──。
シャン、と。鈴の音のような高く澄んだ音が響いた。
「……え、?」
おんりーが目を見開いて顔を上げる。
そこには、おらふくんの頬を伝って床に転がった青い宝石があった。
「……僕も、同じ病気なんだよ。おんりー」
おらふくんの声は震えていなかった。むしろ、どこか清々しささえ感じさせる響き。
彼は自分の目元を拭うこともせず、驚愕に固まるおんりーを優しく見つめ返した。
「だから、おんりーがどれほど怖くて、どれほど独りで辛かったか……痛いほどわかる。僕もずっと、誰にも言えずに隠してたから」
おらふくんが、おんりーの冷たくなった手をそっと握りしめる。
「でも、この病気になったことも、……おんりーが隣にいてくれるなら、僕はもう怖くないよ」
おらふくんの瞳から、また一つ、美しい結晶が零れ落ちた。
秘密を話してから数日が経ったある日のこと。
夕暮れ時のスタジオで、おらふくんがふいに足を止めると、おんりーを真っ直ぐに見つめてこう告げた。
「……僕、おんりーのことが好きや。友達としてだけやなくて、一人の人として」
その告白に、おんりーは心臓が跳ね上がるのを感じた。
驚きで一瞬言葉を失う。けれど、熱くなった目元から零れ落ちたのは、胸の奥から溢れ出した歓喜の結晶だった。
「……俺も、おらふくんが好き。……ずっと、そう思ってた」
おんりーは柔らかく微笑んだ。
自分の余命を知り、絶望の中にいた自分を救ってくれたのは間違いなく目の前にいる彼だったから。
その日から、二人の関係は以前よりも穏やかなものへと変わっていった。
二人は話し合い、ドズルさんやぼんさん、MENには病のことを伏せ続けると決めた。
それは、大好きな仲間たちに余計な心配をかけたくないという優しさ。
そして何より、残された時間を二人きりで過ごしたいという、少しの我儘な願いからだった。
二人は時間が許す限り一緒に過ごした。
夜通しゲームに熱中し、人混みを避けて美しい景色を見に行き、なんてことのない他愛もない話で笑い合う。
「次、どこ行こうか。……海とか、久しぶりに行きたいかも」
「ええね! 今度のドズル社の企画も、絶対おもろくなるで。楽しみやね」
そんな、明日が当然やってくるかのような約束を交わす。
声を上げて笑い合っているその瞬間だけは、自分たちの命の灯火が少しずつ消えていくことさえ、忘れ去ることができたのだ。
まるで、この幸せな時間が永遠に続くと錯覚してしまうほどに。
しかし、運命はどこまでも残酷だった。
二人の幸福な時間に反比例するように、病は容赦なくその牙を剥き、内側から二人を蝕んでいった。
窓の外では静かな月光が夜の帳を照らしていた。
二人の部屋には微かな呼吸音と、時折混じる衣擦れの音だけが満ちている。
おんりーは隣に横たわるおらふくんの手を壊れ物を扱うようにそっと、けれど強く握りしめた。
「……ねえ、おらふくん。俺、おらふくんに出会えて、本当に良かった」
その声は震えていたけれど、どこまでも澄んでいた。
暗闇の中で、おんりーは愛おしさを噛みしめるように微笑む。
「……僕もやで。おんりーと過ごした時間は、僕にとって何よりも代えがたい……宝物や」
おらふくんもまた握り返す手に力を込める。
二人の間には、もう言葉など必要ないのかもしれない。
おんりーの目尻から一筋の雫が溢れ出した。
それは頬を伝う途中で月光を反射してキラリと輝く。
それは悲しみの結晶ではない。幸福の涙だった。
おらふくんの瞳にも同じように光が宿っていた。
彼の頬を伝う雫も透明な石へと姿を変えて、おんりーの涙と寄り添うようにシーツの上に転がった。
病が身体を蝕み、少しずつ自由を奪っていく恐怖。
明日が来ないかもしれないという不安。
それらを繋いだ手の熱が溶かしていく。
二人は互いの体温を確かめ合うように指を絡ませ、瞳を閉じた。
愛する人の鼓動が聞こえていた。
昨日から、おんりーとおらふくんの二人の連絡が途絶えていた。
いつもなら撮影の時間には誰よりも早く準備を整えているはずの二人がメッセージ一つ返さない。
胸騒ぎを覚えたドズル、ぼんじゅうる、MENの三人は彼らの自宅へと向かった。
「……おんりー? おらふくん? 入るぞ」
玄関を開けようとドアノブに手をかける。あっさりと開いた扉から、リビングを通り過ぎて寝室の中へと入る。
そこには、あまりにも静かで、あまりにも美しい光景が広がっていた。
「……は?」
「……っ、」
三人が息を呑む。
ベッドの上で二人は寄り添うように横たわっていた。
おんりーとおらふくん。
二人の表情は、まるですやすやと深い眠りについているかのように穏やかで、その口元には微かな微笑みさえ浮かんでいる。
だが、その肌は朝日に照らされて、陶器のように白く、冷たく透き通っていた。
そして、重なり合った二人の手のひらの間。
そこには、見たこともないほどに大きく、眩い光を放つ虹色の宝石が光り輝いていた。
「……そうだったのか。お前ら、ずっと……」
ドズルが震える声で呟く。
傍らに落ちていた日記や、隠されていた眼鏡、マスク。
断片的な証拠から三人はようやく悟った。
二人が自分たちの事を思い、どれほどの恐怖と戦い、そしてどれほどの覚悟でこの”最期”を選んだのかを。
二人が共に過ごした時間は他の誰よりも短かったかもしれない。
病に蝕まれ、自由を奪われ、明日を奪われた残酷な日々だったかもしれない。
けれど、あの日。
おらふくんとおんりーの二人が想いを通わせたあの日から。
この部屋で交わされた他愛のない会話や、握りしめた手の温もりは彼らにとって何物にも代えがたい「人生で一番幸せな時間」だった。
窓から差し込む光が虹色の宝石に反射して、部屋の壁に小さな光の粒を散りばめる。
短くも、誰よりも美しく輝いた二人の物語は静かに幕を閉じた。
コメント
2件
感動作です、涙がこぼれ落ちます
なんか悲しすぎてすっごい速さで飛ばし飛ばしで読んだわ とにかくちゃんと読んでたら確実に大泣きしてたわ