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春の風が、庭の梅の枝を揺らしている。
その音を聞いていると、どこか遠い記憶を思い出しそうになる。
私は、古びた木造の家の縁側に座りながら、そっと手の中の封筒を見つめた。
差出人の名前はなかった。でも、見覚えのある筆跡。
それは、過去の私が――いや、未来の私が書いた手紙だった。
「春になると、手紙が届くのよ」
そう言って、祖母はよく笑っていた。
ほんとうにそんなことがあるなんて、あのときは思ってもいなかった。
けれど今、私の手の中には、たしかにその“春の手紙”がある。
高校を卒業して数日後、祖母が亡くなったという連絡が入った。
正直なところ、私はあまり泣けなかった。
祖母の家には、幼いころの楽しい記憶もあるけれど、今はもう、遠い風景のように感じていた。
葬儀が終わって数日。
母に頼まれて、私は一人で祖母の家の片付けをすることになった。
「……やっぱり、あの縁側の匂い、変わらないな」
思わずそうつぶやいたときだった。
「結花、久しぶり」
ふいに声をかけられて振り返ると、そこにいたのは**宮野颯真(みやの そうま)**だった。
驚いた私に、彼は少し照れくさそうに笑って言った。
「おばあちゃんに、世話になったからさ。片付け、手伝えたらなって思って」
高校以来。
もう二度と会うことはないと思っていた人に、再び出会った。
心の奥がざわめいたのは、風のせいだけじゃなかった。