テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ち ょ こ 。
22,688
かんな
690
鷹槻れん

2,537
#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
1,640
「で、水咲ちゃんは結局、どうなの? 今、どこ?」
「俺もここ、迷子になっちゃうぐらい広いから分からないけど、庭の方に行ったよ。孔一くんは困惑していたなあ」
「ご案内いたしましょうか」
私たちの話を静観していた仲人さんが、一歩、一歩近づいてくる。
白のハイヒールが、コツコツと威嚇しているような音を立てていた。
「いえ、貴方の協力はもう頼みません」
でも私が言うよりも先に一慶さんが私をかばうように立ちふさがり、真っすぐに伝えてくた。
「俺たちは、このお見合いを断りますので。もう貴方のサポートを受けることはできません。一河くん、案内を頼んでもいい?」
「もちろんですよ」
仲人さんは表情を変えることなく私たちを見ている。いつもにこやかで、自信に満ち溢れた真っ赤な唇。親切にしてくださったことは感謝しているけれど、何を考えているのかちょっと分からなくて不気味に感じる。
「恋愛結婚憧憬症候群を起こした後のお見合い成功率をお教えいたしましょうか」
「いや、結構です」
「お見合いの成功率とお見合い後の出産率もお教えいたしましょうか」
「仲人さんには感謝しているが、俺たちにはそんなこと、今、関係ないって言ってるでしょ」
一慶さんは一河のハンドルの上に乗って、仲人さんを睨みつけた。
「国の政策云々よりも大切なのは、親友の安否だ。あんたたち国側が作ったお見合いで翻弄されてる女の子を守る方が先なんですよ」
後日、ちゃんと連絡しますと早口でまくし立てると、中へ入っていく。
ちらりと後ろを向くと、私たちの背中をただ表情も変えずに見ている仲人さんの姿があった。
反抗的で迷惑ばかりかけてしまう私たちみたいなお見合いの担当で申し訳ない。
あの人だって違う形で会っていたら、良い人だって素直に好意を見せられたと思うのに沢山反発してしまった。
「あー……、さきに孔一くんいたよ」
縁側で片足を立てて、もう片足はぶらんぶらん揺らしている。
深い緑色の甚平を着ていて、物思いにふけっている様子だった。
このお屋敷も和風で、奥でお寺と繋がっているようだ。
奥の大きな屋敷の手前の、離れみたいな小さな小屋の縁側。
全身を見たけど、怪我はしている様子はなくて安心した。
「あの子が孔一くん?」
「そ、そうです」
「一つだけ聞くけど、流伽は暴力を反省してる?」
一河は一慶さんの後ろで、私に目配せすると奥の屋敷へ向かった。
水咲は一河に任せていて大丈夫だと思う。なので、私は一慶さんの質問に頷いた。
「ただし、孔一くんが反省していなかったら謝らない」
「わかった」
その瞬間、手が熱くなった。一慶さんが私の手の上に乗ったからだと思ったけど、違う。
今、本当の一慶さんは私の手を握ってくれていて、私はその感触が伝わってきている。
少しずつ私は、現実の一慶さんを感じるようになってきている。
「やっほー。紺碧の王子こと花巻一慶でーす」
ただし、どうしてこんな真面目なシチュエーションでもどこかでふざけようとしてくるの。
「え、うそ。吾妻プロレスの、一慶さんだ」
「知っててくれてるの。技かけてあげようか」
「あはは。……今技をかけられたら一撃必殺で死んじゃいそうで……」
言いかけた途中で、私が木の陰に立っているのを見て、驚いたのか固まった。
そうだよね。自分を三日間の停学に追い込めた相手だもんね。
私もどう声をかけていいか迷った。
「君は怪我はないの?」
「俺は大丈夫です。でも……あの時はごめんね、立崎さん」
最初に謝ったのは孔一くん。申し訳なさそうに私の様子をうかがっている。
「水咲と今日は、話したの?」
素直に謝ることができない。ようやく口を開いたら、謝罪より水咲のことだった。
「俺は馬鹿だったな」
けれど孔一くんは苦し気につぶやくと、片膝ついた足に顔をうずめて震えていた。
「彼女に、昔一度だけ会えたことを教えてもらった。その時のお礼も言われた。この大きな籠の中で、彼女の勇気になれたと知った」
大きな籠の中。
「それなのに、俺は彼女を自分の出世のための道具にしか見ていなかった。俺のことを思ってくれているのに、パソコンにしか見えなくて、手を伸ばしてもどこに触れていいか分からないし、どんな表情をしているか分からない。俺のことを本当に分かってくれている人に、俺は抱きしめてあげられなかった」
水咲は自分の気持ちを伝えられたんだ。何を言ったのか分からないけど、私に馬鹿な言葉を吐いたことを後悔しているのは一目瞭然で、私は口をはさむ必要はなくなっていた。
「あの時、突き飛ばしてごめんなさい」
「全然。突き飛ばされて、消えてしまえばよかった。俺はきっと、世界で一番綺麗な女の子を機械扱いしている最低な男だよ」
力なく笑う孔一くんにかける言葉がわからない。
水咲だって傷ついても、頑張っていた。
好きな人にブザーを鳴らされた気持ちは、私には分からない。
「好きな相手からハムスターに見られるのは意外と悪くないよ!」
沈黙していた私と孔一くんの間で元気にハムスターがガッツポーズをとった。
「ハムスターの画像を検索して、『おお、意外と俺って可愛い路線いけちゃう?』って前向きに思えたし」
「い、一慶さん」
お願いだから今はしゃべらないでーって口を押えようと思っていたけど、彼は自信満々に庭に飛び込んだ。
「それに一度しか見たことないけど、真面目そうな良い子だった。君は彼女を傷つけたくなくて、恋愛結婚憧憬症候群になっちゃったんじゃない? 陰謀渦巻く政治の世界に巻き込みたくないってさ」
「……巻き込むどころか、お互い利用し合う関係だって思っていたんだよ。今は、彼女の気持ちを利用しようとしたお見合いが恥ずかしい」
消えてしまいたいぐらいだよ、とか細い声を絞り出した。
女の子には皆、隔てりなく優しく接してきた紳士的な彼だ。
水咲だけ、利用しようとしていたことを今になって苦しみ出した。
でも結婚する前で良かったのかもしれない。まだやり直せる今なら。
私は水咲や孔一くんの家やお見合いの利点とかたくらみとか、知らない。
漫画ばかり読んでいたから、きっとごちゃごちゃした関係も理解できない。
水咲の立場も彼の立場も分からない。水咲の気持ちだけしか知らない。
「大丈夫だよ。彼女の気持ちだけは必ず守る。だから安心して」
「孔一くん」
「守らなければいけないものが、何か分かった気がする。ぼんやりと、だけどね」
私たちはまだ高校一年生だ。
三月の初めに受験の合否が分かって、ようやく高校生活が楽しみになってきた四月にお見合いが始まった。
その過程で、すでにこんなにも心が拒絶しているのは『国の法律』だからなのかな。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!