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ーー幸せだ。
レンブラントは顔がダラシなく緩むのを感じるが、抑えられない。
「レンブラント、最近お前気持ち悪いぞ」
向かい側の長椅子に座り書類に目を通していたヘンリックはかなり引いた様子で失礼な発言をする。何時もなら苛っとするが、まるで怒る気にならない。
「何とでも言ってくれて構わないよ。僕は今人生の中で最高に幸せなんだ」
毎日の様に彼女と顔を合わせ、食事やお茶をしながらたわいの無い話をする。
ティアナの声や表情、仕草全てが愛おしくて仕方がない。髪や頬に触れると顔を熟れたリンゴの様に真っ赤にして恥じる姿は堪らない。抱き寄せれば大人しく身を任せてくれる。彼女の甘い匂いに身体が疼くが、今はまだ耐えている。彼女に対して紳士でありたい。正式に妻に迎えるまでは手を出さないと決めている。ただ口付けくらいなら……と邪な気持ちがあるのは否めないが。
「そう言えば、先日の贈り物は気に入って貰えたんですか」
テオフィルの言葉にレンブラントの甘い妄想は一気に消え失せた。
「勿論、喜んではくれたよ。でもね……」
人生の幸せの絶頂といえる状態だが、そんな中悩みが一つだけある。以前からフレミー家を訪問する際には、彼女には手土産と称して些細な贈り物を持参している。それは菓子から花束、装飾品まで様々だ。
菓子はお茶の席に出し、花は飾ってくれているのは知っている。だが装飾品類だけは使っている様子が全くない。
「彼女の趣味ではないのかな……」
これでもかなり厳選している。
流行り物がダメならアンティークに変えてみたり、それもダメなら個性の強い職人に作らせて見たりと色々試した。だがどれも彼女はやはり身に付けてはくれない。
元々ティアナは飾りっ気はなく、普段身に付けている物といえば髪留めくらいだ。そもそも装飾品自体が好きではないのかも知れないと日々悩んでいる。
「難しいですね。私は貴方のセンスが悪いと感じた事はありませんが、人の趣向は様々ですからね。ティアナ嬢には合わないのかも知れませんね」
「なら俺が選んでやろうか?」
「それだけはやめておいた方が良いですね」
「何でだよ!」
ヘンリックの提案にレンブラントもテオフィルも顔を引き攣らせた。結果を見るまでもない。
「あぁ、それなら彼女本人に選んで貰えば良いのではないですか」
「それいいな! 上手いことデートに誘い出してそのまま……ってやつだな」
言い回しは気になるが、確かに妙案かも知れない。本人に選んで貰えば気に入らないという事は絶対にない。しかもデートまで出来るなんて、良い事尽くしだ。更に彼女との仲が深まる事は間違いない。
「そうだね、今度彼女をデートに誘ってみるよ」
テオフィルの提案を採用したレンブラントは早速デートプランを思案するが、今は仕事中だった事を思い出し残念だが後にするしかない。
気もそぞろになりながらも、書類を手にする。
「クラウディウス?」
何時もなら話に割って入ってくる彼は、珍しく一人黙々と書類を処理していた。
そう言えば最近余り元気がない様に思える。
「あ、あぁ……どうした」
「最近少し根を詰め過ぎじゃないか」
「いや平気だ、心配はない。それよりティアナ嬢とデートをするのか? それなら良い場所を……」
どうやらレンブラントの思い過ごしだった様で、クラウディウスは何時も通りのお節介を焼いてきた。その様子に安堵した。
◆◆◆
最近目覚めが良い。
ティアナはベッドから起きるとカーテンを開け、窓を開けた。すると眩しいくらいの朝日と爽やかな風が部屋の中へと入り込んでくる。
本来ならティアナを起こしカーテンや窓を開けるのは使用人の仕事ではあるが、ここの所起床時間よりも早く目が覚めてしまうので自主的に行なっている。
「今日もお早いですね」
「ふふ」
暫くして部屋に入って来たハナにティアナは得意げに笑って見せた。
学院に着き廊下を歩いているとミハエルと出会した。
「おはようございます、ミハエル様」
「銀髪か」
ティアナは少し前に三年生になった。
クラスは持ち上がり制なので、またミハエルと同じだ。
相変わらず口の悪い彼の付けた愛称にも大分なれたティアナは、特に気にする事もなく彼の隣を歩きクラスへと向かった。
「最近随分と機嫌が良いな」
昼休み、お弁当を食べているとミハエルが訝しげな表情で見てきた。
「そんな事ありませんよ」
否定をするものの、ダラシなく頬が緩むのを抑えられない。
「でも、聞きたいですか」
期待を込めた視線をミハエルに向けると、彼は鼻で笑った。
「どうせヘタレとのクソつまらない話だろう」
口悪っ……と思うが図星である事には違いない。
ティアナがロートレック家を訪ねた夜から約一ヶ月が経つ。あれからレンブラントとの距離は格段に縮まった。
彼は忙しい中、毎日の様にフレミー家の屋敷を訪ねて来てくれる。そして食事をしたり会話を愉しんだりと、二人だけの時間を過ごしていた。
「そんな言い方しなくても……」
「事実だろう。ヘタレがアップルパイを褒めてくれたとか、ヘタレから花束を貰ったとか、ヘタレとお茶をしたとか、俺にはどうでも良い」
ミハエルは今日のお弁当であるチキンソテーと野菜をふんだんに挟んだパンを齧る。パンの間から肉汁とバターが溢れるのが見えて、ティアナは慌てて彼にハンカチを差し出した。
「そうですよね……すみません」
レンブラントとの事を誰かに聞いて貰いたかった。だが友人と呼べるのはミハエルくらいらなので、ついレンブラントとの話をしてしまう。
「……で、今度はヘタレがどうしたんだ」
不機嫌そうにしながらも、どうやら話を聞いてくれるらしい。
普段お世辞にも口も態度も良いとは言えないが、こんな時彼の優しさを感じる。
「実はデートに誘われたんです」
抑えきれない喜びが溢れ出し、またミハエルに鼻で笑われた。