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そんなわけで、僕と心野さんはプリクラ機の中へ。個室を意識しすぎてるのが若干の不安要素だけど。
でもまあ、大丈夫だろう。いくらなんでも、さすがにたったカーテン一枚で仕切られただけの個室、心野さん的に言えば密室か。その中で変なことはしない、はず。でもなあ。心野さん、ムッツリスケベだしなあ。
「や、やっぱりカーテン閉めちゃうんですね……」
「う、うん。そうだけど。え? もしかして心野さん、やっぱりムッツリスケベが発動しちゃったわけじゃないよね? 妄想が始まっちゃったわけじゃないよね?」
「そ、そんなわけないじゃなですか! やっぱりって何ですか! 私はムッツリスケベでもありませんし! それに、いくら密室とはいっても、か、カーテン一枚でしかガードされてないわけですから。……そうですよ! ここは密室じゃないです! そう! 密室じゃない!! だから大丈夫です! そうですよねえ!」
な、なんか必死になって自分自身に無理やり言い聞かせてるような。というか、『そうですよねえ!』って誰に向けて言ってるんだろう?
まあ何にせよ、絶対に妄想しちゃってるよね? R18的な何かを妄想しちゃってるよね? 一体何を妄想しているのかは訊かないけど。あえてね!
「そうそう、リラックスリラックス。ここは密室じゃないよ。大丈夫だから安心してね。とりあえず深呼吸しようか?」
「は、はい、そうします。ここで大量の鼻血を出したりしたら一大事ですし」
「そ、そうですね、一大事ですし大変ですもんね。流血沙汰になったら」
というわけで、心野さんは何度も何度も深呼吸。鼻を手で押さえて上を向きながら。もう鼻血出そうなんじゃん!
にしても。そういうのって、普通、男女逆じゃない? 完全に僕が女性側になってるんですけど。まあいいや、僕もあまり気にしないようにしよう。
でもこの後、僕にとっても全く予想外のことが。
『はーい準備はいいですか? まずはピースサインをしてね!』
「は!? ぴ、ピースサイン!?」
うわあ、知らなかった。この機種、こういう仕様になってるんだ。プリクラ機が音声で僕達にポーズの指示を出してきた。調べもせずに適当なプリクラ機に入っちゃったのは失敗だったかも。
しかし、ピースサインか……正直、恥ずかしすぎる。僕ってそんなキャラじゃないし。
「た、但木くん! ど、どうすればいいんですか!? と言いますか、こういうことをしなきゃいけないって最初に教えておいてくださいよ!」
「ご、ごめんね心野さん! 僕も知らなかったんだ! えーと、ぴ、ピースサイン……かなり恥ずかしいけど、なんとかやってみるよ」
「え、えと……わ、私にはハードルが高いんですけ……て、あ! なんかカウントダウン始まっちゃいましたよ!? え!? ど、どど、どうしよ……!?」
仕方がない、覚悟を決めよう。なので僕はカウントダウンがゼロになった瞬間だけ、かなり控えめにピースサインを出した。こんなポーズをしたの、一体いつ振りだろう。たぶん小学生時代まで遡るはず。
そして、心野さんの方はというと。
「……日本兵?」
緊張のあまりガッチガチに固まってしまった心野さん、ポーズを取れずに背筋をピーンと伸ばして直立不動。顔は隠れているから表情は分からないけど、口元をギュッと固く結んでいる様子がモニターに大きく映し出されている。笑っちゃいけないけど、本当に日本兵みたい。
「……但木くん、今笑いましたよね?」
「い、いいや? ソンナコトハナイデスヨ?」
あ、しまった。バレてる。どうしても笑いを堪えきれなかった……。しかも機械っぽいカタコトな喋り方になってしまっているし。でもこれ、笑うなという方が無理だって!
「あ、心野さん? なんか撮り直しできるって言ってるけど、どうする?」
「む、無理です……。これ以上ダメージを食らいたくないです……」
ですよねー。僕だってもう一度ピースサインなんてしたくないし。それに心野さんにとっては生まれて初めてのプリクラ体験なわけだ。余計に恥ずかしいに決まっている。
とはいえ、この日本兵みたいなままでいいのかな……。
「あ! た、但木くん! 次は手でハートマークを作れって言ってますよ!? ご、ごめんなさい! 私には無理です……」
「だ、だよね。僕も無理かも……」
うん、諦めは肝心だ。逃げることも戦法のひとつ。勇気ある撤退と言えるだろう。
でもその結果、意識しすぎて僕の方まで緊張してガッチガチ。心野さんよろしく、僕の方まで日本兵みたいになってしまう始末。
ちゃんと調べておくんだったー!!
* * *
「うう……初めてのプリクラだったのに……」
全ての指示を完全に無視して、プリクラを撮り終えた僕達である。そしてプリントされたそこには、直立不動の日本兵が二人。なんだこれ……。
「ごめんね心野さん、僕が悪かった」
「いえ……大丈夫です。お気になさらず。これはこれで思い出ですし」
確かに。心野さんの言う通りかもしれない。プリクラに落書きをする余裕もなかったけど、これもいつかひとつの笑い話になるはず。
……ん? ちょっと待て。冷静になって今さら思い出した。完全に抜け落ちていた。それが何かと言うと、心野さんが言っていた言葉についてだ。
『まさか但木くんと一緒に写真を撮れる日が来るなんて』と。
そう言っていた。間違いなく言っていた。『誰かと一緒に』ではなく、僕の名前を。『但木くんと一緒に』と。
プリクラを撮り切ることばかり考えていたせいで気にも留めていなかった。どうして僕限定なんだ? 他にもいるじゃないか。例えば友野とか、それこそ幼馴染の音有さんとか。
少し頭の中を整理してみよう。
そう考えた矢先のことだった。
「あ、あの……違ったらごめんなさい。もしかして但木くん、ですか?」
背後から僕の名を呼ぶ声。聞き覚えのない、女子の声。その声の主を確認するために、僕は振り返る。
思いもしなかった。
これが『始まり』になるだなんて。
そう。全てはここから始まったんだ。僕がこれから体験する不思議な出来事、そして不思議な世界に迷い込む、『始まり』。つまりは『序章』。その不思議な世界に足を踏み入れるトリガーになった。
心野さんが『創った』、その不思議な世界に。