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仕事から家に帰ると、暗い部屋の電気をつける。

おかえり、と言ってくれる人はもういない。

スーツのジャケットを脱ぎ、ソファーの背もたれに無造作にかけた。

「ふう…」

ふと、リビングボードの上に飾ってある写真立てに目が留まった。そこには彼女と撮った思い出が入っている。

彼女も僕も、眩しい笑顔を見せていた。

これでいいのか、と僕は思った。

きっと彼女はもう前に進んでいて、自分のことなんて忘れている。なのに僕は、この部屋に彼女との絆を引き止めるたった一枚の写真を飾り、いつまでも一人感傷に浸っている。

取り残された僕は、まるでダンボール箱の中で小さく鳴いている捨て猫みたいだ。

「いっそ会わなければ良かったんだ…」

そうすれば、こうにはならなかった。でもそんな答えなんてない。

苦い気持ちをため息にのせ、立ち上がった。



なぜだろう、彼女の好きだったスパイスカレーを作りたくなったのは。変な男だな、と自嘲気味に笑う。

テレビもつけないままダイニングに着いたとき、テーブルの上のスマホが震えた。見ると、同僚の女性から飲み会のお知らせが来ていた。

さっと脳裏をよぎるのは、彼女とビールを酌み交わした夕食。楽しかったな、とすっかり美化された。

飲み会は別にいいか、と断りの返信を入れた。

やっぱり、自分は前に進めない。

だけど、彼女にはせめて覚えていてほしい。君が僕をとは言わないけれど、僕が君を愛していたということを。その愛の証拠はこの部屋にしかないとしても、彼女の記憶の片隅にでもあればいいな、と思う。


スパイスカレーなのに辛さが控えめなのは、辛いものが苦手な僕の希望だった。

二人でそうやって歩調を合わせて歩いていけたら、と思い描いていた。

あのときはただ幸せだなと思っていたけど、今思えば自分の心を縛りつけていたのかもしれない。目に見えない、透明な糸で。

彼女と僕を繋いでいたそれがちぎれた今、失ったものは大きい。

でも、

「……自由になれたってことかな」

そうなのかもしれない、と感じた。一人になったことで、気持ちも軽くなった。

自身を縛りつけることのない、かつ彼女の心を強くつなぎとめていられるものがほしいと願うのは、いけないことだったのだろうか。


懐かしい香りの立ち上るカレーはなくなり、淋しい思いだけが皿に残っていた。


終わり

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コメント

1

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樹で妄想してた自分がいる🤭💙

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