コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
デミゴッド。魔物の中でも突然変異的に現れる──と、ヒルデガルドは考えている──極めて稀な事例は、彼女が出会った、あるいは調べたかぎりでたった三体しか存在しない。過去に勇者と共に討った魔王も、その一柱だ。
「でも、ヒルデガルドなら戦えるんだよね……?」
「戦えたとしても、何匹も相手にはできん」
全員が敵に回るとは考えていない。ただ、個々の強さは想像を絶するものだ。魔王討伐のときでさえ、大勢の人間が魔物の侵攻を防ぐために戦い、命を落としたのだ。英雄二人がかりで魔王を抑えても、それほどの被害が出ている。
何匹もあらわれたら。そう考えるだけでゾッとした。
「私の竜翡翠の杖は、魔王の血から得たものだ。咆哮ひとつで魔物たちの士気をあげ、尾のひと振りが豊かな森を荒野に変えるような化け物だったよ。吐く息の炎は結界があっても熱かったし、爪は鋭く分厚くて、当たってもないのに皮膚が裂けた」
当時を振り返り、苦り顔を浮かべた。何度も死ぬと思いながら、それでも諦めず突き進んで、ようやく倒した相手の亡骸から得た竜翡翠の杖は大切な記憶だ。背負った多くの人々の死に様を忘れないための。
戦いを終えた直後、アーネストを中心とした多くの戦士たちのもとへ戻ったとき、どれほどの歓声があったことだろう。だが、それと並ぶほどの悲しみがあった。共に肩を並べて笑いあった者たちのほとんどが、そこにはいなかったから。
「魔王を討伐できたのは、運の良さもあったと思う。今はあのときよりも強くなっている実感はある。もちろん、研究に没頭するばかりじゃなくて、多少は修業もしていたから。だが、アバドンは……アバドンは何かが妙だ。できれば敵に回したくはないんだが、きっとそうもいかないんだろうな」
胸の中にあるざわつきが大きくなる。ヒルデガルドの知る限り、デミゴッドは個々の強い思想を持つ。魔王は〝人類殲滅〟を掲げ、魔界に座す者こそが世界の支配者であるべきと吼えた。巨大な狼、シャロムは〝平和主義〟を掲げ、ただ穏やかに暮らし、敵意を持つ者にだけ牙を剥くことを良しとした。
ではアバドンは? そう考えたとき、答えが出なかった。
「目的はハッキリしないが、今の印象で言えば敵でも味方でもない。ただのふざけた奴に見えるが、まだ本気を隠しているとしたら、かなり厄介だ」
「それ、他の皆様方には言ってないのですよね?」
ティオネに頷いて返す。彼女はうーんと首を捻った。
「だったら、そのシャロムという魔物を探してみるのはいかがでしょう。今のヒルデガルド様なら戦えるのでしたら、交渉の余地はあります。たとえ敵対することになっても」
「……それが出来たらいいんだがな」
探そうにも探せない。見るからに異質な巨大な身体を持つ狼にも関わらず、目撃情報などはいっさい出てこない。ヒルデガルド自身、どうして会えたのかと思うほど、姿を隠すのが上手いのだ。
もし誰も近寄らないような場所があるのなら、もしやとも考えるが、人間とは案外どこにでもいるもので、見当もつかないでいる。
「うーん……。あ、それじゃあここはどうなんだろう」
イーリスが顔を明るくして何かに気付いた顔をする。
「シャブランの森って、たしか魔物には悪影響の大気が流れてるんでしょ。でも、デミゴッドほどの魔物だったら影響なんか感じないんじゃない?」
ヒルデガルドも、逆に盲点だったと目を丸くした。そもそも、ロード級の魔物でさえ入らない森は自然の動物たちが多く、また森自体も広大なために、身を隠すにはうってつけだ。狼にとってエサとなる獣も豊富と言える。
デミゴッドには影響がないかもしれない、という点も、少し記憶を遡れば、森の中に落下したヒルデガルドたちの傍に、アバドンは平気な様子で変わらない調子のままお喋りまでしてから消えたのだ。十分な可能性はあった。
「でしたら、森を調査してみます? もともと冒険者様方が魔水晶の代替品になるかもしれない資源を探す予定でしたでしょう。まだ出発まで時間はありますし、今から戻って、わたくしたちが探索に向かうよう提案してみるのは」
それだ、とヒルデガルドにも笑みが浮かぶ。
「では急ごう。他の者が探索に出てしまったら、会えるものも会えなくなる。君たちのおかげで良い可能性に気付くことが出来た」
そうと決まれば話は早い。デミゴッドに意図的な接触が出来るかもしれないと分かったら、ヒルデガルドは嬉しそうに二人を連れて戻り、操舵室の前で煙草を吸っているエイドルとダンケンを見つけて声を掛ける。
嬉々とした様子のヒルデガルドは、まさしく研究者の顔だ。森にある貴重な資源の回収なども行いたい、と話をすると、エイドルは困った顔をしたが、彼女が大賢者であると分かっているダンケンは、何か理由があるのだろうと納得した。
「──なるほどなあ、事情は把握したよ。どうせ怪我人が多くて長時間の探索はできねえんだ、元気な人が行ってくれるってんなら、ありがたがってくれるさ」
「おうおう、ダンケンさんよ。でも、三人とも、ただでさえ電力供給のために魔力をかなり消耗したはずだぜ。無理が祟ったりしねえかな……」
エイドルが心配そうにする。飛空艇全体に二日間も安定した電力供給を行えるほどの消耗は異常なレベルだ。大きな魔力の消耗は肉体への負担が大きいというのは常識的な話で、魔導師でなくても誰もが知ることだ。
しかし、ヒルデガルドとイーリスの持つ魔力の量は逸脱している。かなりの消耗があったのは事実だが、他の冒険者が森を探索するのに比べれば、より長時間で、より安全に帰ってくるのも可能だ。
「心配してくれてありがとう、エイドル。だが私たちのことは問題ない。他の誰よりも元気なくらいだし、安心してほしい。絶対に無事に帰ると約束しよう」