「きっと旦那様と一緒ですし、何の心配もございませんよ」
「ナディも一緒だし?」
「はい。微力ながら旦那様が私も同行させて下さると仰せですので、身の回りのことはお任せくださいね。……それはそうと実は私、王都なんて初めてでワクワクしてるんですっ!」
リリアンナはナディエルのはしゃいだ様子に思わずクスッと笑った。
それと同時、つい先日ヴァルム要塞から戻ってきたばかりのランディリックから、今回の道行には秘密裏にさる高貴な人も同行すると聞かされたのを思い出す。確か名前は――。
「ねぇナディ、セレンさまってどんな方だろう?」
ランディリックから聞かされたのはセレン・アルディス・ノアールという名前と、ほんの少しの情報だけ。
セレンは、北方のノアール侯爵家の分家筋にあたる家の三男坊らしい。
ノアール家はニンルシーラ領に隣接する山間部を治める旧家で、かつては前ニンルシーラ辺境伯の側仕えとして仕えた家柄でもあるという。
そのため辺境の情勢にも明るく、今回は護衛役として同行を任されたのだとか。
「護衛役ってことになっているけれど……実際には私と同じように今回の社交界に招待されている方ってことだったよね?」
本来ならば自らの家の力で王都まで出向くのが筋だが、分家筋ともなればそれほどの財力はないのだとランディリックが言っていた。
三男坊でもあるし、別に家督を継ぐわけでもない。王城から招待状は届いたものの、セレンのデビュタント参加をどうするか迷っていたという。それを耳にしたランディリックが、「ならば我々と一緒に行くのはどうだろう?」と提案したらしい。
無料で、となるとセレンの肩身も狭いということで、護衛という任が与えられたのだとか。
そんななので、セレン自身王都には縁が薄く、今回が初の社交界参加。リリアンナが従妹のダフネとともに参加した、〝若き貴族らの集う予行会〟――いわばデビュタントの練習を兼ねた社交界には、セレンは参加していなかったという。
「何でも黒髪が美しい美男子だそうですよ?」
「まぁ……そんなにお綺麗な方なの?」
「ええ、穏やかで聡明なお方だとか。辺境育ちとは思えないほど品があるって、ヴァルム要塞の兵士の間でも評判だったみたいです」
ナディエルが楽しそうに笑う。
年齢はリリアンナと同じくらいだとか。
まだ見ぬ人物の姿を思い浮かべて、リリアンナの胸の奥がふわりと温かくなる。
(黒髪に紅い瞳の人……どんな方なんだろう)
イスグラン帝国で生まれ育っていながら、母の血であるマーロケリー国の人間の特徴を色濃く受け継いだ自分の容姿とは違って、実にイスグラン帝国人らしい容姿の男性みたいだ。
ランディリックの銀髪も美しくて好きだけど、イスグラン帝国の人に多い黒髪も綺麗だとリリアンナは常々思っている。
コメント
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ん? 皇太子? あれ?