「華南部長は……一言でいうと体育会系です」
「え?」
羽理がキョトンとしたら、杏子が追加情報をくれる。
「年齢は四十路手前らしいんですけど、物凄くガッチリした体型の人で、昔ラグビーをやってらしたそうなんです。今でも筋トレが趣味だとかで……ジム通いが日課みたいです」
杏子の言葉に、羽理は(やけに詳しいな?)と思って。自分がいない間に華南部長の歓迎会とかあったのかな? と呼ばれなかったことを少し寂しく感じたのだけれど、よく考えてみればもう自分はもう総務部の人間ではないのだから、当然だ。
「ちなみに独身で、彼女もいないみたいです」
そこまで言って、仁子をちらりと見遣った杏子が、「今のところは……」と意味深に付け加えた。
「美、住さんっ、ストップ」
うつむいたままペシペシとそんな杏子の太ももを叩いて、仁子が彼女の説明を止める。
杏子はクスッと笑うと、「そういえば法忍先輩も、先月からジムに通い始めたんですよ」とか言うから、さすがに羽理もピンときた。
「もしかして仁子……」
「あーっ、まだっ!」
「え?」
「だから……! まだっ! まだ……ちゃんと射止められてない……からっ」
いつも羽理に『いい人がいたら紹介しなさいよ!』と詰め寄っていた仁子が、真っ赤になって照れている。
その様を見て、羽理は斜め前に座る杏子と顔を見合わせて、思わず微笑み合ってしまった。
「美……、杏子さんから見て、二人はどんな感じ?」
美住さん、と言おうとして……何となく杏子と距離を詰めたくなった羽理は、あえて〝杏子さん〟と呼び掛け直して。杏子もそれを察したみたいに「すっごくいい感じだと思います、羽理さん」と羽理を下の名前で呼んでくれる。
「あー、ズルイ! 二人だけ下の名前で呼び合ってぇー! 私も今から美住さんのこと杏子って呼ぶぅー!」
照れ隠しだろうか。仁子が羽理たちの会話に割り込んできてそんなことを言うから、羽理は「私は杏子さんのこと呼び捨てにしてないよ!?」と答えた。それを聞いた仁子が、「へっへっへ。羽理め。悔しがるがよい」と謎のマウントを取ってくる。
「杏子も私のこと仁子って呼んでいいからねー?」
その勢いのままそう告げた仁子へ、杏子が戸惑ったように「仁子、……さん」と結局〝さん付け〟をして仁子にダメ出しをされる。
あーでもない、こうでもないとパスタを食べながら言い合いする二人を見て、
「もう面倒だし、みんな呼び捨てし合っちゃおう!」
羽理もその問答に参戦して、キャッキャ言いながらランチが終わるころには、三人とも下の名前を呼び捨てし合える仲になっていた。
「じゃあね、仁子。ラガーマンとの進捗状況楽しみにしてるからね♪」
エレベーターの扉が閉まる前、羽理がそう言ってニヤリとしたら、仁子が固まったようにパクパクと口を開いて。そんな彼女を補うみたいに、杏子が仁子の隣で羽理に向かってサムズアップをしてくれた。
***
(仁子にも春がくるかなー?)なんてルンルン気分で有意義なランチタイムから戻って来た羽理が、コンコンとノックして副社長室へ戻るなり、「遅ぇーわ……」とつぶやいた大葉にグイッと引き寄せられてギューッ! と抱き締められた。
「ちょっ、大葉っ!?」
思わず〝屋久蓑副社長〟と呼ぶべきところをプライベートでの呼び方で呼び掛けてしまってから、羽理はふぅっと小さく吐息を落とす。
(ホントこの人は手が掛かりますね……)
そう思いながら、羽理は「ほら、屋久蓑副社長。午後からも予定がみっちり詰まってますよ? 頑張ってこなしていきましょうね?」と自分にしがみ付く大葉の背中を幼子をあやすみたいにポンッポンッと優しく撫でた。
「なぁ、羽理。午後からはずっと一緒、だよな?」
「はい」
「夕飯も?」
「お昼はパスタだったので、夜はお米が食べたいです」
羽理の言葉にやっと安心したように大葉が腕を緩めてくれてから、自分が強く抱きしめて乱れてしまった羽理の服装を軽く整えてくれる。
(大葉。そういうのは秘書の私の仕事ですよ?)
そう思いながら、羽理はちょっぴり曲がってしまった大葉のネクタイを、背伸びして整えた。
コメント
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たいよう可愛いな(笑)