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「浴衣姿いいな。すっげぇ可愛い」


自身も近江このえちぢみの本麻で仕立てられた濃紺の浴衣をいきに着こなしておきながら、やたらとこちらを褒めまくってくる大葉たいように、羽理うりは照れくさくてたまらない。


そもそも、〝浴衣姿いいな〟ではなく〝浴衣も〟なところが、このところ羽理が何を着ても褒めまくりな大葉たいようの甘々な言動を彷彿ほうふつとさせられて恥ずかし過ぎるのだ。


「しかもよく見ると野菜柄とか。こんなん着こなせるのは羽理うりぐらいだろ。ホント自慢の嫁だ」


「まだ嫁じゃありません。それにっ! これは土井社長から頼まれたから仕方なくっ」


うちの、をやたら強調して大葉たいようが言った通り。


羽理がいま着ている浴衣は、ややくすみのある赤紫系の浅蘇芳色あさきすおういろの地色に繊細なタッチとスモーキーな色使いで大きく描かれたかぶ人参にんじんや白菜や枝豆といった野菜柄で、『一体どこで見つけてきましたかね!?』と思わずにはいられない斬新なデザイン。


実は『夏祭りには是非僕がプレゼントしたこの浴衣を二人で着て出かけてね』と、土井恵介からにこやかに微笑まれて渡されたものなのだ。


包みをほどいたとき、(嘘でしょ?)と思いはしたものの、社長命令とあっては断れなくて……。これも土恵つちけい商事の副社長秘書としての広報活動の一環だと思って渋々受け入れた羽理だったのだけれど。


(何で大葉たいようのは無地なんですかっ!?)

と思わずにはいられない。


羽理はそんな風に思って委縮しまくりの浴衣ではあったが、これがなかなかどうして。案外着てしまえば野菜柄だとは分からない絶妙なデザインで、すれ違う人たちは羽理と大葉たいようの美男美女ぶりに振り返ることはあっても、羽理の着ている浴衣の柄にはほとんど気付いていなかった。



***



一年前の今頃。


羽理うりはここ――居間猫いまねこ神社で開催されていた豊作を祈願する夏祭りにふらりと立ち寄って、不思議な力を持つ縁結びの御守を手に入れた。


ちょうどあの辺り、神社の隅っこで焼き鳥を食べている時に出会ったふくよかな猫ちゃんが導いてくれた人気のない裏手で、おばあさんが一人ひっそりとやっていた露店で買ったものだ。



今日はお日柄もいい。夏祭りを堪能したのち、このまま入籍届を出しに行くつもりの羽理と大葉たいようは、三ケ月後の十一月に、土恵つちけい商事を上げての盛大な挙式披露宴の予定を控えている。


すでに粛々しゅくしゅくと準備は進行中だが、直近になればもっと大変になるはずだ。そうなる前に、どうしても居間猫神社へ縁結びのお礼参りに来ておきたかった。



出店も連なり、そこそこの人出でにぎわう境内けいだい。はぐれないように……という大義名分のもと、大葉たいようにグッと引き寄せられている身体が、物凄く熱い。


(手を繋ぐだけじゃダメなんですか!?)


腰を抱かれていて歩きにくいし、夏という季節柄もあるとは思うけれど、それとは別の熱にも支配されているようで、知り合いに出会ったらどうしようとソワソワしまくりの羽理である。

だってこの辺りは――。



大葉たいようさん! 荒木あらきさん!」


買い終わったばかりなんだろう。たまたま出店の先頭から抜け出たばかりの二人組の一人から名前を呼びかけられ大きく手を振られた羽理は、ヒエッと心の中で小さく悲鳴を上げた。ユラユラ揺れる彼の手に握られたりんご飴がぐらぐら揺れて、落っこちやしないかと心配になる。


「おぅ、岳斗がくと……美住みすみさん。お前らも来てたのか」


「ええ、杏子あんずちゃんのアパートがこの近くなので」


今年は大安吉日な上、休日と夏祭りの日取りが合致してしまっている。なので、こういうことも一応想定の範囲内ではあったけれど、(何もこんな人混みでごった返している中、ご丁寧に見つけてくれなくても良くないですか!?)と思ってしまった羽理である。


「はい、杏子ちゃん」


倍相ばいしょう岳斗がくとという人間は、もともと柔らかな雰囲気でふわりと笑う印象の男ではあったけれど、杏子に向ける笑顔は段違いにまろやかで甘い。


手にしていたりんご飴を杏子に渡しながら、岳斗が羽理と大葉たいようを交互に見遣った。


目の前の二人は普段着姿なのに、大葉たいようと自分はやたら気合が入ったみたいに浴衣姿なのも妙に照れ臭い。

花火大会が開催されるような大きなお祭りならまだしも、居間猫神社の夏祭りは露店こそ沢山出ているけれど、そんな大規模なお祭りではない。


去年なんて部屋着に毛が生えた程度の軽装でウロウロしたことを思い出した羽理は妙にソワソワしてしまう。


「お二人は浴衣でバッチリ決めていらしたんですね」


デザインもデザインだし、できれば、言わないでっ! と思っていることを指摘された羽理は、ギュッと縮こまったのだけれど――。


「今日はここへのお礼参りも兼ねてるしな。気合も入るってもんだろ?」


羽理の腰を抱く腕にギュッと力を込めて得意そうにそう答える大葉たいようは、困ったことに満更ではないらしい。


「あ、あの……大葉たいよう……」


羽理が潤んだ目――本当は泣きそうになっていただけなのだが――で自分を見上げるのを見て、大葉たいようがニヤリとする。


「こんな難しい柄の浴衣が着こなせる色っぽい女性は羽理以外にゃいねぇと思うんだ」

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