テラーノベル
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旧屋敷跡だと聞いた大使館は、大きく聳え立つ建物からは気品と美しさを感じられ、――デイビットさんに雰囲気がよく似ていた。大きく掲げられているイギリスの国章さえ、神々しく感じられた。
「門までエスコート頼まれてんだが、ちょっと待ってくれよ」
幹太さんが周りを確認し、警備の人に駐車場を聞いてくれようとしていた時だ。
「美麗さん」
車のドアを開けられ私の顔を覗きこんできたのは、デイビットさんだった。
「桜の化身かと思いましたよ。――似合います。本物の桜が霞んでしまう」
「……ははは」
再会して数秒で、こんなに褒められるとは思わなかった。
蕩けるような笑顔で言われたら、どうしていいか分からない。
「じゃあ、俺は」
「あ、ありがとうございました!」
お礼を言うと、ミラー越しに手を振って、幹太さんは一度も振り向かず帰っていった。
「――来て下さってありがとう。美麗」
「いえ。約束ですから」
「ふふ。約束だから、ではなく、私に会いたかったと言って貰いたかったです」
悔しそうに笑うデイビットさんに、どう答えていいのか分からず赤面してしまった。
そんな私に気付いたのか優しく手を握り、リードするように歩き出す。
南門に咲き誇るのは、――桜。風にそよぎ、花弁を舞いただわせている。
うちの家の小さな庭に咲く窮屈そうな桜より、大空に突き刺さるように咲き誇る大使館の桜のほうが綺麗だった。
「桜を見るたびに、貴方は一人で泣いていないか考えてしまいます。心配だから、私のポケットにでも入っていてくれないだろうか」
「それは、良いですね。デイビットさんのポケットなら楽しそう」
白の上等なスーツのポケットに入れるぐらいが、ちっぽけな私には似合うかもしれない。
「え、あの、」
「恋文は読んで頂けたかな?」
その言葉に、なんだかもう消えてしまいたい衝動に駆られる。
そう思うのは、私が都合のいい解釈であの文を和訳してしまったから。
まるで、御伽話のように都合よく。
「その様子だと、意味も分かって頂けたみたいですね」
「あの、あの、あの、あの」
「はい?」
私が言葉を選ぶ間に、広場へと足を踏み込んでいた。
結婚式場みたいな丸いテーブルが何台も庭のあちこちに置かれ、オードブルが並べられ、お酒を運ぶウェイトレスさんやウェイターさんがいる。
笑い合う声や、話している言語は、日本語だけではないように聞こえる。
そんな中、デイビットさんは私が話しだすのを、ゆっくりと優しい瞳で待っていてくれていた。
「Up to you.て、私しだいって事ですよね?」
「そうですね。貴方が、桜の木の下で泣くだけで癒されるならば、あの鳥籠にいても私は止めませんよ」
――来て下さい、そうまたエスコートされると、デイビットさんがピンク色のお酒が入ったグラスを二つ手にとって私に差しだしてきた。
「桜をモチーフに作ってもらったカクテルです。貴方の洋服にも合わせています」
カクテル……お酒なんて御祝い事でしか飲んだことはなかったからドキドキしたけど、甘い香りが胸をときめかせた。
「貴方とこうして話せる幸せと、今日の日に」
乾杯して、デイビットさんは一気にカクテルを飲み干した。
私も一口飲むと、ふんわりとさくらんぼみたいな甘酸っぱい香りと甘さのあとに、お酒独特の苦みが広がって眉をしかめてしまう。飲みやすくて、甘くて美味しいとは思うけど、お酒には慣れない。
「お酒の苦みも慣れると癖になりますよ」
「そ、うですね」
へらりと笑う私に、イギリスの代表的料理でるローストビーフやミートパイ、別皿にスコーンやマフィンを取ってくれた。
色んな方がすれ違う度に、デイビットさんにそれぞれの言語で話しかけていたが、それににこやかに対応していた。
今日は立食イベントだから、食べた人から自由に帰っていいらしい。
6月にあるエリザベス女王のご生誕を祝うイベントでは、コース料理が振る舞われるらしい。
「私はそれまで忙しいですが、――それでも貴方と会う時間は必ず作りたいと思っていますよ」
「デイビットさん」
「私の、鳥籠の中の愛しい愛しい恋人」
恋人!?!?
「Up to you.」
デイビットさんは、強引ではない。私の意気地なしで臆病な心を賭けを使って導いてはくれたけど。
決めるのは私だという。
「私が今日賭けた、『一晩私のモノになってください』の意味は、もう理解してくれていますよね?」
「――っ」
手紙が無かったら気付かなかったなんて、言えない。
その意味を理解したら、身体が竦んでしまう。
震える私の手からグラスを奪うと、デイビットさんは耳元に唇を寄せてきた。
「嫌なら無理はしません。ただ、私は何回もアプローチしますから、早めに私に負けてくれると助かりますよ。私は引きませんから」
「はい」
喉も震えてきたし、声も。足も手も肩も。
それよりも心臓が飛び出しそうなほど、私の身体は火を吹くように真っ赤で火照っていた。
親の言いつけ通り生きてきた。『自分』なんて何一つ持っていない。今さら放り出されても、私は何を目標に生きていくのか分からずに途方にくれていた。
貴方は、そんな私に甘い甘い賭けをくれた、人。
「でも、ポケットに入れたら、キスできないからやはりダメですね」
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