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この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
「皓(ひかる)様。くれぐれも社長の言いつけをお守り下さいね。 アメリカでのような女遊びは……」
「川崎、その台詞はもう聞き飽きた」
おもむろに腕時計に目を向けると、現在時刻は11時12分。
運転席から釘をさされ、俺は諦めたように小さく息をつく。
「わかってる。 逆らう方が面倒だし。今日はそのために学園中集めたんだから、今更逃げる気はない」
「それなら何も言いませんが……」
「それに、相手をだれにするかは俺が決めていいんだろ?」
帰国するなり父に言われた言葉を思い出す。
『 ふらつかず、真剣に一人の人と付き合いなさい 』
面倒な、だけど単純で明快な父の命令だった。
「はい。 そこは皓様が選んだ人でないとだめだと、社長が仰っていましたから」
川崎の言葉に、俺はビル街の隙間から見える空を眺めた。
今から向かう学園には、まだ見ぬ恋人候補が三人いる。
俺は頬杖をはずし、独り言のように呟いた。
「なら、今からタイムリミットは俺の誕生日まで。 レンアイゲームの始まりだな 」
*** リアルラブゲーム ***
「ちな、先生呼んでくる? まだ準備ってある?」
「うーん、もうないかな。 生徒はみんな講堂に集まってる?」
四つ折りにした進行予定表を片手に尋ねると、 侑(ゆう)は「あぁ」と頷いた。
「けどさぁ、ちなは今日は前に出ないじゃん。 することはもうないし、俺らも生徒会席座ろうぜ」
早々に席に戻ろうとする侑に、私は頷いて、 几帳(きちょう)のすぐ横の席についた。
4月の半ばでも 今日は少しだけ足元が冷える。
ここは付属の大学と、うちの高校との間にある講堂だ。
今日は学園に多額の寄付をしている人の息子が来るらしい。
そのせいで、教職員をはじめ、私たち生徒会もそわそわと落ち着かなかった。
何気なく隣の侑を見ると、あくびをしながらぼんやりしている。
「ちょっと、せめて口を手で覆って! 侑は副会長なんだから」
「ちなは相変わらず堅いなぁ。 俺はサブだから別にいいんだよ」
そう言ってまたあくびをする侑を横目で睨むと、私は顔を上げて背筋を伸ばした。
隣に座っているのは、私の一つ年下で、 幼馴染(おさななじ)みの侑。
頭も良くて見た目もいいし、人当たりもいい。
だから去年の選挙で、すごい数の女子票を獲得して副会長に当選した。
対して私は地道な努力で会長になったんだけど、その理由は、他の人にしたらきっとくだらないと思う。
けど、私は……あの子に助けてもらった時から、立派な人になりたかった。
「ちょっと、ちな?」
「……ごめん 目を開けたまま寝てた」
「人にあくびするなって言っといてなんだよ」
呆れたように呟く侑に、私は苦笑いを返した。
新入生の歓迎オリエンテーションや、部活動紹介の後、仕様を変えて来賓を待っていると、クラス担任に呼ばれた。
来賓の「 佐伯(さえき)」という青年を、校門まで迎えに行ってほしいらしい。
私はすぐに頷いて、指示されたとおり講堂の裏から校門に向かった。
並木道を急いでいると、一台の車が構内へ入ってきた。
(……あれかな)
駐車場でなく、道のど真ん中に止まる車を見て、私の予感はほぼ確信に変わる。
黒塗りの車から降りてきたのは、長身の青年。
彼がたぶん「佐伯さん」だろう。
「あの、佐伯さん……ですか?」
「あなたは?」
おそるおそる声をかけると、青年ではなく、傍にいた25歳くらいの運転手さんが返事をした。
「おはようございます。私は高等部の生徒会長の 望月(もちづき)です。 先生に、佐伯さんを講堂にお連れするよう言われました」
「そうでしたか、ご苦労さまです。 では私はここで……。 皓(ひかる)様、終わりましたらご連絡ください」
運転手さんは私と「 皓様」と呼ばれた青年に一礼をすると、そのまま車で去っていった。
それからすぐ、佐伯を連れて講堂へ引き返したんだけど、そこからの道のりが思った以上に苦痛だった。
彼がとてもかっこいいのは認める。
見た目はこの学校で一番人気のある侑と同じか、もしかしてそれ以上かもしれない。
だけど第一印象が、ひとことで言えば最悪だった。
自分の運転手さんにも愛想がなかったけど、私にだって、会うなり「校舎の案内はないの?」と、呆れた目を向けた。
生徒を集めたのも個人的な用事みたいだし、そういった権力を使うところも気に入らない。
ムカムカしながら彼を連れて講堂に入ると、教職員が一斉に立ち上がり、佐伯に礼をした。