けたたましく鳴いた機械音で目を覚ます。
窓から降り注いでいる黄金色の光はゆらゆらと俺の顔を照らしていた。
「ふわぁーーお…、」
5月25日と書かれたデジタル時計を軽く叩くとやっと音は止まり、爽やかな朝がやってきた。
(流石乙女ゲーム…、時間が進むの早いな)
現実世界と同じスピードだったら批判の嵐だが、こうも早く進むと逆に驚く。俺にとってはやっと教室の配置を覚えてきた程度だが、周りにとっては俺の何倍もの時間を感じているのだろう。
(それはそれで大変そう…、まぁ攻略対象に意思はないのか)
それなら長い長いこの世界も、擦り切れることなく気を病むことなく何回でもついていけるのだろう。
赤い手帳は鍵付き棚の中に入っている。
そこまで頑丈にしなくてもいいだろうって?
いつヤンデレルートに進むかわからないからさ!
まあ本当は鍵付きだなんて今まで見たことなかったから使ってみたかっただけなのだが。少年心を忘れない、これも現役男子高校生のノリについていくための大事なポイントなのである。
「おはよー、pnちゃん。ご飯できてるからね」
初対面は仲良くする事なんてない、などと思っていたtmさんとは共に過ごす内にだいぶ打ち解けてきた。態度が柔らかくなった訳ではないが、言葉の端々に嫌いが滲み出す事はすっかりなくなった。
その事に気づいたtmさんにはニヤニヤ顔でいじられた、コイツ…。
「pnちゃーん?」
「今行く」
かくもこうして俺の日常は始まるのだ。
(またエビフライ…、)
食卓にもはやご飯と同じくらいの頻度で顔を出すエビフライを見つめる。好きなんだけど、そんな顔に出てた?探るようにtmさんを見てみたが、変わらぬ笑みを浮かべていた。
「…モグ…、tmさんは食べないの?」
「食べるよ」
そうは言ってるがさっきから箸が微動だにしていない。それどころか俺をずっと見つめてきてる。
(何かが減ってくような気がする…)
「あ、そういえば」
「この世界で過ぎる時間と外の時間の違いってどうなってるの?」
ずっと前から抱いていた疑問なのに、手帳やら何やらで完全に頭の片隅に埋もれていた。
「うーんとね、例えばpnちゃんが来てから一応一ヶ月経った設定だけど体感時間はどう?」
「一週間くらいかな…」
「でも現実ではちゃんと一ヶ月経ってるんだよ」
思わず持っていた箸の片方を落とす。
ごめんね箸、後でちゃんと取って濯ぐから。それまでは床と仲良ししてて。
「そ、それって」
「急いだ方がいいよーとだけ言っておく」
「そ、そんなぁ」
俺は困った、困ったのだ。
何を隠そう、昨日rdに『生徒会で待ってるから』的な事を言われたにも関わらず、結局忘れて家にノコノコと帰ってきてしまったのだ。あぁ、俺の印象が地に落ちる…
慌ててtmさんに改善策を聞くが、
「rd達はそんな事で嫌いになったりしないよ」
などと言っていたが、そんな言葉で晴れるほどのちっぽけな心配ではない。
「行ってきます…」
「随分早めの出発だね」
こういうのは早めの謝罪に限る。
「あ…、sngm達」
連絡手段がない為、彼等との登校の約束もバックれることになるだろう。何から何まで上手くいかない、
「お願いなんだけどさ、sngmくん達来たら先言ったってこと伝えといてくれない?」
「そんなこと?いいよ全然」
少なくとも俺の中でtmさんの好感度は上がった。まぁ、俺のが上がったところで何だという話なのだが
「……。」
さて、俺がこの扉の前を徘徊し始めて早5分。
いつもより何十分も早く登校してやっていることが変人ムーブである。悲しい
怒られたらどうする?
幻滅されたらどうする?
もしもの話が積もるたび、不安も重くなってく。この扉を開けるまでまだもう少しかかりそうだ。
「はぁ゛…」
「生徒会室の前でため息なんてついて、どうしたん?」
後ろから聞こえてきた俺より幾らか大人っぽい声に、思わず振り向く。
どこか見覚えのある。
制服の下にある、目を引く黄色のパーカー。黄色と茶色を混ぜたような髪色。そして…、
893顔!!
思い出した…、rdに生徒会室に連れてかれた時にいた人の中の一人だ。rd運営の一人、攻略対象と見ていいだろう。
名前…、分からないから取り敢えず彼と呼ぼう。彼は黙ってこちらを見つめてきている。
(あ、そうだ。ため息の理由とか聞かれてたんだった)
「えーっと、」
「rdの言ってた“生徒会に入る転校生”であっとる?」
(話伝わってた゛ぁー!)
終わった、終わったよ。俺の印象は終わった。
「ま、大体忘れてたってところやろ。」
と言いながら、彼は扉を開けて中にいる人達に大声で伝える。
「pnさん来たぞーー」
はい、二回目の終わり。何これ空気冷たいんだけど、絶対零度じゃん。もう実家に帰ります
「pnちゃん、!?昨日行くって言ってたのに」
「忘れてたわ…ごめん」
凄いスピードでrdが飛び出してきた。
反復横跳び得意そうーだとか考えながら現実逃避する。気まずいって!ほら、周りの人達の目がさ
「…、ま、いいや。その代わり今日俺と一緒に帰ってくれない?」
一緒に帰る人、他にいなくってさー
などと冷たい瞳で笑うrdに、脳内の俺はお葬式ムードになっていた。
pn1 「キマズイ、キマ、キマズイ」
pn2 「何が楽しくて、約束バックれた相手と一緒に帰ろうとするんだよ」
pn3 「お願いですから平穏に家に帰らせて下さい」
pn4 「カミハ、カミハイナイノダ」
イマジナリー俺(パワーワード)は一緒に下校イベント(空気が絶対零度)を回避する事を完全に諦め、神へ祈っている。対する俺も策などなく、海に浮かぶ海藻の気分だ。
「pnちゃん約束破ったんだからさ、」
これくらいしてくれるよね?
心臓が動悸を訴えているが…、うん。これは恋だ。うん、ドキドキしてるんだ俺は。あはは、そう思わないとやっていけないわ!!
「じゃ、また放課後ね」
扉が閉まる瞬間、最後に見えたrdの姿が頭にこびりつき、動悸が止まらない。
母さん、俺、恋愛ゲームで死ぬかも
と思うくらいには怖かった。もう目が笑ってない。口との温度差やばすぎて風邪ひく
「さて…、krnaさん!sngm!trz-!」
数分後、朝から半泣きのpintが抱きついてきて三人は余儀なく混乱へと落とし込まれた…
「ってことがあった訳」
「何してるんですかpintさん!?」
「生徒会に入ってくれるのは嬉しいけど…」
「なんか色々と大変だったな…」
授業と授業の合間、限りある時間を使って朝の出来事を簡潔に伝えた俺は心が半分程抜き出ていた
(絶対にドキドキする下校になるんだろな…)
残念ながらそれは恋故のものではなく、向けられる鋭い眼光への恐怖からだ。
「確かに今日のpintは朝から心ここに在らずって感じだったもんね」
「え、!?じゃあ “あれ” 聞いてないんですか?」
「え、なんかあったの?」
「明日から転校生が来るらしいぞ、このクラスに」
おうおうやってきたな、乙女ゲーの定番中の定番!転校生!
さっきまでは断頭台の前に立つ死刑囚の気持ちだったが、今は犯行現場を警察に見られた殺人鬼の気分だ。それくらいテンションも上がったのである。
でも明日が来るよりも早く、地獄の下校時間はやってくる。
(オワタ…)
下校時には俺の気分も少しは変わってる…
は ず が な か っ た ゛。
えー、こちらpint。
天気は快晴、気分は土砂降り、相手の眼光絶対零度、地獄の底からこんにちは
下駄箱を出てすぐ、ガン待ち態勢のrdを見た時は夢かと思ったよ。もちろん悪夢、
(キマズ…、取り敢えず何か話)
「一つ言っておくとさ、」
先陣を切ったのはrdだった。
「もう来なかったこと怒ってないから。」
確かに初日からっていうのは衝撃的だったけど、サボるぐらい他の奴らいくらでもやってるしー
と、話すrd。
「だから、そんな気にしないでって!?何で泣いてんの!?」
「rdが、俺の想定以上に優しくって理解できる範囲を超えた」
「どんな屑カスDV彼氏だったら、あれ程度の優しさで泣けるんだよ。pnちゃんの中の俺とは?」
「初対面で痛いほどに腕を掴み、他の人が注目してる中校舎を横断してく人」
「痛いところついてくるね」
最初は痛い程の気まずさしか感じなかった会話も、段々と楽しくなってきた。
家まであと中盤、となったところでrdが此方を見る
「寄り道してこ」
沈んでいく太陽を横目に食べるアイスは格別、
rdの手には一袋に二本入ってるやつ。 先端の部分は俺が美味しくいただいた。
俺の手にはカップにグレープフルーツ味の氷のようなものが詰まっているやつ。
暑い夏に、夕日を見ながらアイスを食べる。
正しく青春!!
と、元社会人の俺は青い春の過剰摂取に浮かれていた…、
そう、俺は浮かれていたのだ。
だから、きっと聞き間違いだったんじゃないかと思う。それは…
辺りも暗くなった頃、
rdは伝えたかったことがある、と言った。
「今日、一緒に帰ろって言った理由があるんだ。」
文脈からみて、俺にそのことを伝えるのが今日の用件だったという所だろうか、
いつの間にかアイスを食べ終わっていたrdは、俺にこう告げてきた。
「pnちゃんは、」
プレイヤー、だよね?
言いたかったことはこれで終わり、それじゃ。
rdは俺の家とは反対の方向へ歩いてく。
じっとりと汗で湿った服も、溶けていくアイスも、俺は何とも思えなくなった。
あとがき!
7話目ですか…、早いですね。どうも、主です。
転校生、結局出せませんでした…、謝罪!次回は必ず出します、必ず!急上昇ランキングを見たら、この作品が乗っていて思わず口角が上がりました。コメントが寄せられる度5センチ上がっていきます。嘘です。今までの中で一番文字数が多かったんじゃないかなーと、
タイトル見て、「バグった…?」と思った方もいたのではないでしょうか。メタ発言の“メタ”の元になった古代ギリシャ語の言葉…らしいです
コメント
1件