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舞踏会があった日からの日々は、およそ平和なものとは言いがたかった。 それはマルスとの仲がどうこうと言う訳ではなく、原因はもっと別にある。
「信じ……られない……!」
声を震わせながら、新聞を握りしめているエメリア。
舞踏会での一件からエメリアは、すこぶる機嫌が悪い。もともと穏やかな性格とは言いがたかったが、王太子エドモントとの仲が上手くいかなくなったことで、キツさに拍車がかかってしまった。
「どうかなさったのですか?」
恐る恐るエメリアに声を掛けると、ガバッと肩を引っつかんできた。
「ねえこれ、どういうことなのっ?! エドモント様は私と婚約する予定だったのよ? それが何でこんなことになるのよ!!」
「わっ、あっ、す、少し落ち着いて下さい」
「この状況で落ち着いてなんていられるもんですか!」
エメリアに激しく揺さぶられて目が回る。
ようやく手を離してくれた頃には頭がクラクラとして目眩がしたが、エメリアの持つ新聞を見せて貰った。
「え……?」
エメリアがここまで取り乱す訳が理解出来た。ティナーシェでも記事の内容に目を疑ってしまう。
「エドモント様とシルヴィー様がご結婚?」
「そうよ! 信じられないでしょう? ただの誤報だと思ったら、彼からこんな手紙まで届いて!!」
パンッとテーブル投げつけられたのは、一通の手紙。王室の紋章で押された蝋印で封をされている。
手に取ってもエメリアは何も言わないので、中身を読んでもいいと判断したティナーシェは、手紙に目を通した。
内容はざっとこんなところ。
シルヴィーと恋に落ちた。だから婚約をするという話はなかったことにして欲しい。
侯爵家とも話をつけて示談金を支払い、エメリアに良い縁談を持ってくる事で合意した。
最後の結びの言葉はこうだ。
君にもどうか、運命の相手が見つかるよう祈っている。
「そんな……」
確かに舞踏会でシルヴィーと出会った時のエドモントは、様子がおかしかった。あれがもしかしたら『人が恋に落ちる瞬間』というやつだったのかもしれない。
エメリアから、シルヴィーが頻繁に王宮を訪れているようだという話は聞いてはいたが、まさかこんな事態になるとは。
エメリアとエドモントは、あの少しの時間でも仲睦まじいカップルだと思ったのに。
食事をしにシルヴィーが食堂へと入ってきた。その瞬間、エメリアはシルヴィーに新聞を突き付け詰め寄った。
「あんた、一体何のつもりなの?!」
「何の話かしら?」
「しらばっくれるんじゃないわよ! エドモント様を誑かしておいて。一体どんな手を使ったのよ?!」
「あぁ、結婚の話、もう新聞に載ったのね」
新聞を受け取ったシルヴィーは、困惑しているように眉尻を下げた。
「私も驚いているのよ。つい先日エドモント様から話があると言われて何かと思ったら、この指輪を渡されたの。結婚して欲しいとね。エドモント様はエメリア様と婚約するものだとばかり思っていたから、返事に迷ったのだけれど……。聖女とはいえ元々私は平民の出よ? 王家の人の言う事に逆らえるはずがないわ」
口元に手を添えて「ごめんなさいね」と言ったシルヴィー。その手にはめられた、零れ落ちそうなほど大きなダイヤモンドが光に反射する。仕草こそさり気ないが、指輪を見せつけるかのようだった。
「エメリア様は国内でも名のある侯爵家の令嬢で、それも聖女ときているじゃない。そう心配せずとも、直ぐに次の縁談が来るに決まっているわ」
「何ですって!!!」
パシャンっと、近くに配膳されていたベリージュースをシルヴィーにかけたエメリア。
赤紫色の染みが白い聖女服に広がった。
「何をしているんだ!」
騒ぎを聞き付けた枢機卿が、食堂へと入ってきた。後ろには聖騎士や神官達もいる。
「これは一体……」
「失礼するわ!!」
走り去っていくエメリア。
騒ぎ立つ室内。
ベリージュースを髪から滴らせ俯くシルヴィーの口元がいびつに歪んでいることは、誰も気が付かない。
――ただ一人、マルスを除いて。