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#廃校past complex
ユメミリ@夏の絶不調祭り
315
るる
74
#闇
ruruha
1,447
◇
それから数日後。
屋敷には、どこか張りつめた静けさが流れていた。
使用人たちも皆、必要以上に大きな音を立てないよう気を遣い、広い廊下には足音だけが静かに響いている。
プリムローズも、その空気の変化を感じ取っていた。
屋敷全体が、何かを隠しているようだった。
しかし、その”何か”を尋ねる勇気はなかった。
尋ねてしまえば、本当に恐れている答えを聞いてしまう気がしたから。
「……プリム。」
夕方。
母が静かにプリムローズを呼んだ。
その声はいつもと変わらず穏やかだった。
けれど、その奥には、隠しきれない震えが混じっていた。
「ちょっと…いいかしら。」
「はいっ!なんですか、お母様?」
プリムローズは笑顔で振り向く。
その無邪気な笑顔を見た母は、一瞬だけ言葉を失ったようにも見えた。
母は小さく息を吸った。
「……ごめんなさい、急に。」
「今から話すことは、プリムにとって、とても悲しいことなの。」
しゃがみこんで、目線を合わせる。
「だから……落ち着いて聞いてくれるかしら。」
その言葉、その真剣な眼差しに、プリムローズの笑顔が少しずつ消えていく。
嫌な予感だけが、心を支配していった。
「……わかり、ましたわ。」
母は娘の手をそっと握る。
「……お父さんが。」
「……亡くなったの。」
静かな一言だった。
それだけで十分だった。
プリムローズはただ、母を見つめていた。
何か言わなければ。
そう思うのに、言葉が出てこない。
涙も出ない。
頭の中が真っ白だった。
どれほど時間が経ったのか。
ようやく小さく唇が動く。
「…………。」
「……そう、ですか。」
たったそれだけだった。
母は娘を抱き締めたい衝動を必死に堪えた。
この子は今、懸命に現実を受け止めようとしている。
だからこそ、その強さを支えたいと思った。
母は懐から、一通の封筒を取り出す。
「……プリム。」
「これは、お父さんから預かっていた手紙よ。」
プリムローズはゆっくりと視線を向ける。
「……手紙?」
「ええ。」
母は優しく微笑んだ。
その笑顔は涙で少しだけ滲んでいた。
「……『もしもの時が来たら、プリムに渡してほしい。』」
「そう言って、私に託したの。」
封筒を両手で受け取る。
まだ父の温もりが残っているような気がして、プリムローズは胸に抱き寄せた。
「……今すぐ読まなくてもいいわ。」
「心の整理がついた時で構わないから。」
「…いつか、読んであげて。」
プリムローズは封筒を見つめたまま、小さく頷く。
「……はい。」
その返事はかすれていた。
けれど、その胸の奥では。
父が自分のために残してくれた最後の言葉を知りたいという想いが、静かに芽生え始めていた。
◇
父が亡くなってからというもの、屋敷は静けさに包まれるようになった。
以前は毎日のように響いていた笑い声も、今ではほとんど聞こえない。
食卓には三人分ではなく、二人分の食器だけが並ぶ。
その光景を見るたびに、プリムローズは胸の奥が少しだけ苦しくなった。
それでも。
誰も弱音を吐かなかった。
「お母様〜!廊下のお掃除、終わりましたわ!」
明るい声とともに、プリムローズが廊下を歩いてくる。
まだ幼い身体には少し大きすぎるホウキを抱え、額には小さな汗が浮かんでいた。
「……。」
母は机へ向かったまま、小さく書類を見つめていた。
「お母様?」
呼び掛けられてようやく顔を上げる。
「あぁ……ごめんなさい。」
少し疲れたように微笑む。
「考え事をしていたわ。」
その笑顔は以前と変わらない。
けれど、どこか無理をしているようにも見えた。
「もう終わったのね。」
「ありがとう、プリム。」
「はい!」
プリムローズは嬉しそうに笑う。
誰かの役に立てることが、今も昔も変わらず、何より嬉しかった。
「他にお手伝いすることはありませんか?」
「わたくし、なんでもやりますわ!」
その言葉を聞いた母は、一瞬だけ目を細めた。
幼い娘に、こんなことを言わせてしまっている。
その事実が胸を締め付ける。
母は立ち上がり、そっとプリムローズの頭を撫でた。
「……ありがとう。」
「でも今日は、もう十分よ。 少し休んでちょうだい?」
「…わかりましたわ!」
少しだけ名残惜しそうに笑いながら、プリムローズは部屋を後にした。
その姿を見送る母の表情から、笑顔が静かに消える。
部屋には重い沈黙だけが残った。
コンコン。
扉を叩く音が響く。
「奥様、失礼いたします。」
メイドが静かに部屋へ入ってきた。
腕には何通もの封筒を抱えている。
「…市民の皆様からのお手紙です。」
母は封筒の束を見つめ、小さく頷いた。
「……そこへ置いておいてちょうだい。」
「…かしこまりました。」
机へ置こうとしたメイドの手が止まる。
まだ、言わなければならないことがあった。
「……奥様。」
その声はどこか沈んでいた。
「また…メイドの退職の報告が。」
部屋の空気がさらに重くなる。
母はゆっくりと目を閉じた。
「……そう。」
驚く様子はなかった。
もう覚悟していたのだ。
夫を失った今、この屋敷を支え続けることがどれほど難しいか。
皆、それぞれ生活がある。
責めることなどできなかった。
メイドは静かに唇を噛み締める。
「……奥様。」
「くれぐれも、ご無理だけはなさらないでください。」
母は困ったように笑う。
「心配しないでちょうだい。」
「…私は大丈夫よ。」
その言葉に、メイドは何も返せなかった。
“大丈夫”ではないことくらい、一番近くで見ている自分がよく知っていたから。
それでも主人の言葉に逆らうことはできず、小さく頭を下げる。
「…わかりました。」
「……では、失礼いたします。」
扉が閉まる。
一人になった部屋で、母は積み上げられた書類へ目を向ける。
山のような請求書。
減り続ける財産。
市民から届く厳しい意見。
夫を失った悲しみを抱える暇もなく、現実だけが容赦なく押し寄せてくる。
「あなた……。」
机の上に飾られた夫の写真へ、そっと視線を向ける。
「私は……ちゃんと、この子を守れているのかしら……。」
ぽつり、と零れた小さな呟き。
返事をする人は、もうそこにはいなかった。
窓の外では、夕日が屋敷を静かに赤く染め始めていた。
コメント
2件
作者コメント┊︎ 立場というものは仕方のないものです。
みぅです🤍🥀 第23話『責任』、読み終えました。 父上…亡くなってしまったんですね。プリムローズがお母様からその知らせを聞く場面、すごく胸が締め付けられました。彼女が「そうですか」としか言えなかったの、現実を受け止めきれずに真っ白になってる感じが伝わってきて。 それでもお手伝いを続けるプリムローズの健気さが、逆に切ないです。お母様も一人で抱え込んでいて、お互いに強がってる姿が泣けますね。 最後の手紙、いつか読む日が来るのかな…。続き、すごく気になります🌙