「ウ、ウニャ……アックは気付いていないのだ。どうすればいいのだ」
「でもでも、アック様はお強いから~」
「こんな相手はどうにも出来ないのだ。どうにかなる前に、脱出しないと良くないのだ」
「あうぅ……さ、先に出て行くしか無いと思うの。そうしよう?」
「……ドワーフに言われなくてもそうするのだ」
忘れ去られたガントレットの再生――。
おれは湖底のヌシと自称するナマズ娘シリュールにそれを預けた。彼女曰く南アファーデ湖村は忘れ去られた村であり、すでに村自体が存在しないものらしい。
おれが話した村人は亡霊のようなものに過ぎず、釣りの依頼も何らかの理由があってのことなのだと理解した。
「村人が怒りを買って沈めたって言ったか?」
「アック・イスティ、気付かなかったのか? 湖底、湖に釣れそうなモノはいたか?」
水中こそ綺麗ではあったけど、そういや他の生物はいなかった気がするな。
もしや――
「……そういえば。あの湖はまさか……」
「そうだゾ! 人間、湖大切しなかった。魚、いなくなった。魔物もいない。釣りで乱獲……自然、乱した。余は許さなかったゾ。アック・イスティが話したモノ、湖、忘れ去った」
「なるほど。敵意こそ無かったが、亡霊の償いみたいな思念のおかげか」
天に近い湖村とは、天に昇ることが出来ない意味だった。仮に亡霊に襲われても実体が無かったからどうにも出来ないだろうけど。
「もうすぐ再生になるゾ。時が動き、今の湖村へと流れ着くゾ……」
「今の? 現代の東アファーデ湖村ってところか。時が動くってのは、具体的にどう――」
「イ、イスティさまっ!! うずうず渦! 渦がボートの真下に出来ているよ!? ま、回る、回っちゃうよ~!!」
「ぬああっ!? ほ、本当に大丈夫なんだろうな? フィーサ、おれに掴まれ!!」
きちんと着くのか心配になってきた。
「再生と完了の後、余はソレを水の王女に託しておくゾ」
おれたちの乗るボートが巨大な渦に呑み込まれた。
目が回るよりも目まぐるしく変わる景色、かき消される霧で意識が遠のいて行き――シリュールが最後に言った言葉もかき消されてよく聞こえなかった。
――とある村。
「あら? 何か流れ着いているわね。何なのかしら……? ごめんなさい! 誰か来て下さる?」
貴婦人らしき女性が何かに気付き、人を呼んでいる。その声に応じて男性がすぐに駆け寄った。
「ミルシェさん、どうしました?」
「見慣れぬボートが流れ着いていますわ。どこから来たのかしら?」
「あれは! まさか旧アファーデの……? 誰かが乗っているのでは?」
「それならボートの所に!」
意識を閉ざしたまま呑み込まれのボートはどこかへ流れ着いた。時を経たことによる負担がのしかかっているのか、全身が計り知れなく重い。聴覚だけがかろうじて回復していて人の声が微かに聞こえる。目は開けられず身動きが取れない。
果たしてそれは魔物か、それとも敵意を持つ者か。そうじゃなければいいが。
「ふぅ……いつになったらお目覚めになられるのかしら?」
女性の声が聞こえる。それも聞き慣れた声のような気がしてならない。
途端に柔らかな感触に包まれているが、シーツの上に寝かされているといったところだろうか。
「このわがまま娘……。意地でも離れないつもりかしら。全く、あたしがいない間に随分といい思いをされておいででしたのね」
何やら怒っているみたいだが目を覚ましにくいぞ。
「ミルシェさん。まだ起きませんか? この方を知っているようですが……?」
「ふふっ、ええ」
「何者なんでしょうね。まさか旧湖村の生き残り……いや、まさか」
生き残りなわけが無いだろう……この男は何を言っているんだ?
そもそもあの村の者はとっくに亡霊になっているというのに。
「ラーシュさま。とても冷たい水を持って来て頂けます?」
何やらバタバタと動いているようだ。
ここはどこかの宿屋の外か、あるいは屋敷か?
そう思っていると、
「ふふふ。濡れてしまいますけれど、よろしいですわよね?」
嫌な予感がするが、まだ起きるわけにはいかない――
「――ごおわぁっ!? 水が溢れっ!? うぅぅっ!! ゲホッゲホッ……」
溺れるはずの無い耐性持ちのおれだったが、口の中から下半身に至るまで大量の冷たい水が流れてきた。渦に呑み込まれた所までは覚えているが、実は耐性に関係なく溺れてしまったのだろうか。
のたうち回りかけたがすぐ傍にはフィーサらしき感触があった。彼女は人化したまま、ずっとおれの傍で一緒になって眠っていたらしい。
「ゲホッ、ゴホッ……ふぅ~……」
こんな思いをするのはいつ以来なのか。そういえば、ルティに大量の水を飲まされて以来になるな。あの子も無事だといいが。
「ようやくのお目覚めですわね! 情けないお姿をさらけ出すとはらしくありませんわよ?」
「何っ? おれに大量の水を飲ませて起こしたのはお前の――!? いや、まさか……」
「あたしはミルシェですわ。ここで出会えるとは正直思っていなかったですけれど。まさかあたしのことをお忘れになっていたわけではありませんわよね?」
ミルシェ――聞き覚えのある名前のような気がする。
そう言えばスキュラの下の名前はミルシェ……?
「ミルシェ……そ、そうか! 無事だったんだな!」
「ふふっ。積もる話はありますけれど、きちんと起きて頂いても?」
「そ、そうだな」
シーツかと思ったら彼女の膝の上だった。彼女の正体を知ってる分、気持ちの良さに驚きが無いのが残念な所だ。
「そこで眠っている見知らぬ娘もお着替えをして頂くことになりますわ」
眠っている見知らぬ……あぁ。ミルシェは人化の彼女を見てないから無理も無いか。
「フィーサ! フィーサ、起きてくれ!!」
「……フィーサ? ふぅん? その娘が……へぇ? そうでしたのね」
ここがどこかは分からないが、ようやく水棲の王女に再会を果たせたみたいだ。
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