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ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
第63話:帯広から花の都へ〜数年ぶりの飛行機と、都会の波に飲まれる四十歳〜
「……うぇぇ、吐きそう……。胃薬、あと何錠残ってたっけ……」
七月上旬。
抜けるような青空が広がる『とかち帯広空港』の搭乗待合室で、俺はベンチに深く身を沈め、死にそうな顔で胃のあたりをさすっていた。
足元には、数日前にドン・キホーテで買ってきた、安物の黒いキャリーケースが置かれている。
今日は、俺の人生における運命の日だ。
ついに、星乃宮アリスとの『3Dコラボ配信』の収録を行うため、株式会社スターダスト・プロダクション……通称スタプロの、東京本社スタジオへと向かうのである。
「東京……。花の都、大東京……」
俺は、その響きを口の中で転がし、そして盛大にため息をついた。
俺が飛行機に乗るのは、実に数年ぶりだった。
かつて、東京のブラック企業で心身をすり減らし、完全にぶっ壊れて逃げるように北海道へ帰ってきた、あの日以来である。
それからというもの、俺は帯広の四畳半のボロアパートに引きこもり、スーパーの半額弁当とネットの世界だけを友として生きてきた。
「まさか、VTuberなんていうネットの最果てみたいな職業で、再びあのコンクリートジャングルに足を踏み入れることになるとはな……」
しかも今回は、逃げ帰るのではない。
ミリオンVTuber『ルシフェル』として、トップアイドルが待つ最高峰のスタジオへと『凱旋』するのだ。
「凱旋……。響きはいいけどよ、中身はただの四十歳の底辺おっさんだぞ……」
俺は、自分のヨレヨレのパーカーと、色褪せたジーンズを見下ろした。
一応、一張羅のつもりで着てきたのだが、空港を行き交う小綺麗にしているビジネスマンたちと比べると、圧倒的な『田舎者オーラ』が滲み出ている。
「お客様、ご搭乗のご案内をいたします」
アナウンスが響き、俺は重い腰を上げた。
航空券は、スタプロの運営が手配してくれたものだ。
「……これ、スタプロの経費で落ちてるんだよな。いや、俺が自分で買ったら、交通費として経費計上できたのに……いや待て、インボイスの仕入税額控除の計算が……」
搭乗ゲートをくぐりながら、俺の脳ミソは完全に『税金脳』に毒されていた。
飛行機に乗り込み、窓際の席に座る。
シートベルトを締めると、心臓がバクバクと早鐘を打ち始めた。
「飛行機……落ちねえよな? 万が一落ちたら、俺の口座に残ってる二百五十万の3D化費用はどうなるんだ? 鈴木さん(市役所の天敵)が遺産から容赦なく消費税をむしり取っていくのか!?」
離陸の瞬間、フワッと内臓が持ち上がるような感覚に、俺は座席の肘掛けを全力で握りしめた。
「ひぃぃぃっ! 税金払うから! 消費税払うから落とさないでくれぇぇぇ!!」
俺の情けない祈りが通じたのか、飛行機は無事に上空へと舞い上がり、安定飛行に入った。
窓から下を見下ろすと、北海道の広大なパッチワークのような畑が、少しずつ雲に隠れていく。
「さらば、帯広……。俺、インボイスの魔王(スタプロ)を倒して、必ず生きて帰ってくるからな……っ」
約一時間半のフライトを経て。
「……着いた。着いちまった」
羽田空港に降り立った俺を待っていたのは、北海道とは全く違う、ネットリとした生温かい空気と。
そして、圧倒的すぎる『人の波』だった。
「なん、だこれ……! 人、人、人! 平日のお昼だぞ!? なんでこんなに人がいるんだよ!!」
右を向いても左を向いても、キャリーケースを引いた人間が早足で行き交っている。
帯広の駅前なら、日曜日の昼間でもすれ違う人はまばらだ。
「だ、ダメだ……。人酔いしそうだ……。全員が、俺のインボイスの登録番号を狙う国税庁の刺客に見えてくる……っ!」
俺はキャリーケースを両手で抱え込むようにして、壁伝いにコソコソと歩き出した。
スタプロの本社があるのは、日本のビジネスとエンタメの中心地、『港区』だ。
事前にスマホで乗り換え案内を調べてはいたが、いざ案内板の前に立つと、その路線の多さに絶望した。
「京急? モノレール? なんだこの色の多さは! 帯広の電車なんて、単線で一両編成だぞ! 上りか下りかしかねえんだよ!!」
俺は半泣きになりながら、ICカードの残高を気にしつつ、なんとか電車に乗り込んだ。
車内は、サラリーマンや若者たちでごった返している。
みんな、洗練された服を着て、スマホを高速でフリックしている。
「怖い……。東京の人間、みんな戦闘力(年収)高そう……」
俺は車両の隅っこで、キャリーケースを盾にするようにして身を縮めた。
乗り換えを繰り返し、地下鉄の階段を上って、ついに目的地の駅に降り立った時。
俺のライフは、すでにゼロに近かった。
「はぁ、はぁ……。着いた、港区……」
地上に出ると、そこには、俺の知っている世界とは完全に切り離された、異次元の光景が広がっていた。
天を衝くようにそびえ立つ、全面ガラス張りの超高層ビル群。
道路を走っているのは、黒塗りの高級車や、見たこともない外車ばかり。
歩いている人々は、まるで雑誌から抜け出してきたような、キラキラとしたオーラを放っている。
「……なんだよ、ここ。魔法の国かよ」
俺は、口をポカンと開けて、首が痛くなるまで高層ビルを見上げた。
「あんなデカいビル……一体いくらするんだ? 建設費……百億? 千億? ってことは……そこにかかる消費税は……十億……っ!?」
俺の脳内のインボイス電卓が弾き出した狂った数字に、再び胃がキリキリと痛み出す。
「ダメだ、ここにあるもの全てが、高額な課税取引に見えてきた……! 都会の空気が、俺の底辺の肺には合わねえ……ッ!」
俺はフラフラとした足取りで、スマホのマップを頼りに、スタプロの本社ビルを目指した。
徒歩十分ほどで、その巨大な建造物は目の前に現れた。
『株式会社スターダスト・プロダクション』
ピカピカに磨き上げられたエントランスのガラスには、俺のような薄汚れた四十歳のおっさんの姿が、情けないほどクリアに反射していた。
「……アリスちゃんや、カノンちゃんは……いつもこんな、魔王の城みたいな場所に出社してるのか……」
俺は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
ミリオンVTuberになったとはいえ、俺の根っこはただの引きこもりニートだ。
このキラキラした巨大企業の門をくぐれば、もう後戻りはできない。
全身タイツ(モーションキャプチャー)の羞恥プレイと、トップアイドルとのコラボ、そして、数万人に見守られながらの3D空間での大立ち回りが待っている。
「……やってやる。俺の二百五十万の投資と、失われた免税事業者の特権のために……っ!」
俺は胃薬の空き袋をポケットにねじ込み、決死の覚悟で、スタプロ本社の自動ドアへと足を踏み入れた。
帯広からやってきた四十歳の底辺個人事業主が、花の都・東京で巻き起こす、史上最大の3Dカオス配信。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
コメント
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「帯広の単線しか知らねえおじさんが、いきなり港区の魔王城に凸する話、面白すぎるだろ……!」って思いながら読んだわ笑 インボイス経費で頭いっぱいになりながら飛行機乗るシーン、税務脳が完全に呪いのスキル化してて草。 東京の人の多さに「全員、国税庁の刺客に見える」って発想、このおじさんにしかできない比喩すぎて好き。 「花の都」より「課税取引の魔境」って方がしっくり来るのわかる。胃薬ポケットに突っ込んで自動ドアくぐるところ、めっちゃ応援したくなった🔥