「へー、じゃあヘロンは昔、この池の周りに暮らしていたんだねー、へー」
「はい…… まだここがペジオの池、そう呼ばれていた頃に…… そして、ペジオ様自らに、その、つ、追放されたのです……」
「えっ? つ、追放! そうなの? でも一体、何でさ」
詳しい事情を知りたがったナッキに答えて、最初に語りだしたのは鳥の王、ヘロンであった。
聞いているのはナッキとサニーだけでなく、ヒット、オーリ、モロコのギチョウとカーサ、サム、トノサマガエルのゼブフォと配下のカジカ、アカネ、少し回復したブル、それにニホンザリガニのランプに新たに加わった仲間、厳密に言えば傭兵団のリーダー、オニヤンマベースの巨大トンボ、ドラゴである。
ウグイたちは上の池の隅でせっせとトイレ造営中で、メダカの長老たちは使い勝手を確かめる為にアドバイス中であった。
ナッキの問い掛けに、ヘロンは首をうな垂れて答える。
「私が悪かったのです…… 私は、き、禁忌を、犯してしまったのです……」
「禁忌?」
ナッキの言葉を受けたヘロンはその後、息を吐く事もせずに話し続けたのである。
それはまるで、この地を追放されてから二十年以上の月日に、積もり積もってしまった心の澱(おり)を洗い流そうとするかの様に……
ヘロンの言葉は、時に拙(つたな)く、時に鮮明さを失しながら語り続けられた。
ナッキはじめ、ここに集った面々が誰一人その聞き難い声を止めようとはせず、只々耳を済ませてその一言一句に耳を傾けていた。
重く、時に息苦しさまで感じさせる話であった。
ヘロンはトンボのドラゴと同じく、かつて、神としてこの星に君臨した悪魔の依り代であった。
それも、只の悪魔では無い、魔神に準ずる魔王種、数少ない絶対者の依り代であったと言う。
ドラゴは全ての蟲の王、ベルゼブブ、アルテミスの副官として全てのトンボを統べたリブラ、強大な悪魔の依り代として、一方ヘロンは、魔神たちの中でも別格の存在、魔神王ルキフェル直属の魔王、天空の王、鳥の長者、魔王ストラスをその身に宿す存在だったそうである。
お互いに生身だった時から数百年の時を経て、有り得ないほどの充足感と自身の存在のみでは決して味わえないような絶対的な力をその身の中に感じて、充実、そう表現する他無い日々を過ごしていたそうだ。
世界は急激に変化を遂げたらしい。
あらゆる事が慮外の出来事に埋め尽くされた時、三柱の魔神が力を合わせ、四柱目の魔神、サタナキアを覚醒させたのだ。
四柱の魔神は、数十年の戦い、その全てに勝利した上で、配下の魔王種、その又配下の悪魔、そう呼ばれた神々の全てに一つの命令を下したのである。
第一位の魔神、魔神王ルキフェルは迷いの一つ、異論の一言も許さない風情で言ったそうである。
曰く、
『ヤバイじゃないのよぉ! デイモス、これどうにかしないと終り、よねぇ! お父さん?』
『う、うむ、その通りだな、コユキ! こうなったら…… うむ! 我々、悪魔全部で空に向かって食い止めるしかないだろうな? どう思う? オルクス?』
『その通り! デイモス如きの好きにはさせん!』
『兄者、私も同意ですよ! 行きましょう! コユキ様、善悪様ぁ! 異論はこのモラクスが認めませんっ! 文句を言った悪魔がいるとしたら、誰であろうが強襲(エピドロミ)し、滅してくれますよぉっ!』
『モラクス兄、俺も行くぞ! 生まれた事を後悔させてやろうじゃないかぁ! わははははぁっ!』
『ああ、シヴァその意気だ! 共に弱虫どもを滅してくれようではないかぁ!』
『やってやろう!』
『鉄壁を破れるものなら破ってみよ!』
『うふふ』
『クハハハ、蹂躙(じゅうりん)してくれるわ!』
『皆やる気よ、お父さん!』
『よしっ! そうと決まれば善は急げだ、存在の絆で連絡だっ!』
そんなやり取りが、悪魔の序列第一位のルキフェル、二人の男女と周辺に侍(はべ)っていた魔王種の間で交わされ、ヘロンとドラゴの中にいたアートマン、ストラスとリブラも抗い難く依り代たる体を二匹に返し、空に旅立って行ってしまった、そういう話から始まったのである。
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