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《アメリカ・ニュージャージー州/ショッピングモール》
割れたガラスの音は、
ニュース映像で見るよりずっと高くて、生々しかった。
「走れ!ドア閉めろ!」
「子ども連れて!早く!」
フードコートに人の波が押し寄せる。
転んだ子どもを、知らない大人が片手で抱き上げる。
銃声は、まだ聞こえない。
でも、誰もが「次はここかもしれない」と思っていた。
壁のテレビには、日本語字幕付きのニュース。
「“オメガ不安”で全米各地で略奪・銃撃」
「ガソリン価格・食料品が過去最高」
レポーターの声が震えている。
「ここニュージャージー郊外のショッピングモールでも、
オメガ隕石に関連したパニック買いと、
武装した集団の侵入が確認されました——」
床には、倒れた電化製品の箱。
誰かが投げ捨てたペットボトルの水がこぼれ、 足元で薄い川になっていた。
「ママ、オメガって……ここに落ちるの?」
小さな男の子が、母親の袖を握る。
母親は答えられない。
「大丈夫」と言う代わりに、
ただ、ぎゅっと抱きしめるしかなかった。
テレビのテロップが切り替わる。
「ホワイトハウス、近く“追加声明”の可能性」
それが、何を意味するのか。
誰も説明してくれない。
《日本・大手企業 本社ビル/役員フロア》
東京湾が見下ろせる会議室。
窓の外の景色はいつもとあまり変わらないのに、
そこに座る人間たちの空気は、明らかに変わっていた。
役員A
「……本当に“関西移転案”を検討するんですか?」
役員B
「“検討”じゃなくて、“準備”だ。
オメガがどこに落ちるか確定してなくても、
東京湾に近い本社に全部賭けるのは、もうギャンブルだ。」
スクリーンには、社内資料
「データセンター一部移設案」
「重要人材リスト(極秘)」
若い部長が、おそるおそる口を開く。
「その、“重要人材”って……
要するに“連れて行く人”と“置いていく人”を分ける、ってことですよね。」
沈黙。
誰も否定しない。
役員C
「全員助けたいに決まっている。
でも、全員を守れるほど、この会社は強くない。」
(ああ……こうやって“金持ちはもう逃げてる”って噂が、
半分は本当になっていくんだ……)
部長は、窓の外のビル群を見た。
そこにも、同じような会議室がいくつもあって、
同じような“見えない線引き”が行われているのだろう。
その線は、SNSの中ではもう名前を持っていた。
#選ばれた側と捨てられた側
《NASA/PDCO本部・ブリーフィングルーム》
窓のない会議室に、青白い光だけが落ちている。
壁には“PLANETARY DEFENSE”の文字。
アンナ・ロウエルは、
スクリーンに表示された一枚のスライドを見つめていた。
<MISSION CANDIDATE:ASTRAEA-A>
<TYPE:Kinetic Impactor>
< LAUNCH WINDOW:Day70~Day63>
PDCO担当官
「……これが、現時点の“最短・実行可能”なプランだ。
ロケットは民間の重打ち上げ機を使用。
キネティックインパクター本体は、
JPL・JAXA・ESAの共同設計。」
国防総省の代表が、腕を組む。
「つまり、Day70までに“やる/やらない”を決めなければ、
この案は物理的に間に合わない、ということか?」
アンナ
「ええ。
オメガの自転、質量、表面の状態……
全部に誤差がある。
だから、狙いをつけるには“ギリギリまで観測したい”。
でも、観測を待ちすぎれば——
今度は、“打ち上げる時間”がなくなる。」
スクリーンが切り替わる。
細い線で描かれた、地球とオメガとインパクターの軌道図。
アンナ
「Day70以前に“決断”がない場合、
この計画は“机の上の理論”で終わる。
その後に選べるのは——
もっとリスクの高い案か、“何もしない”か。」
会議室の空気が重くなる。
PDCO担当官
「大統領は?」
「今日の状況室会議で、
あくまで“準備はするが、公表はまだ”という判断だ。」
アンナは、手の中でペンを握り締めた。
(私たちは、
人類が“オメガに殴りかかるチャンス”を、
自分たちの手で削っているのかもしれない……)
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/会議室》
ホワイトボードには、
“プラネタリーディフェンス”の文字と、 いくつもの矢印が書きなぐられていた。
白鳥レイナ
「——で、こちらが“アストレアA案”に対する、
JAXA側からの技術的コメント。」
若手職員
「日本としては、“打ち上げ能力”はどうしますか?
ロケットはアメリカ側。
じゃあ、私たちは“何をやった”ことになるんでしょう。」
白鳥
「観測と軌道計算。
それに、インパクターの一部モジュール。
JAXAがやるのは、“宇宙の殴り方を賢くする”仕事。」
窓の外には、夜のグラウンド。
研究棟の灯りだけが点々と続いている。
白鳥
「忘れないで。
これは“アメリカのミッション”じゃない。
——“人類のプラネタリーディフェンス”の最初の実戦。
IAWNもSMPAGも、全部そのために作られた枠組みなの。」
若手は小さくうなずく。
(でも、その“最初の一撃”が失敗したら……
歴史に残るのは、“最初に失敗した国”かもしれない。)
その恐怖を、彼は言葉にできなかった。
《総理官邸・執務室/夜》
サクラの机には、
ルース大統領からの非公開メモの写しが置かれていた。
『“偏向ミッション案を検討している。
正式発表の是非とタイミングは、
同盟国とも慎重に協議したい。”』
田島外務大臣
「……要するに、
“インパクターを打つつもりだが、
いつ世界に言うかはまだ決めてない”ということですね。」
サクラ
「Day70までに“決めないと間に合わない計画”を抱えているのに、
国民には“落ちるかどうかもまだ分からない”としか言えない。
——ずいぶん、難しい綱渡りね。」
藤原危機管理監
「日本としては、
“正式発表のタイミングで足並みを揃える”のが現実的でしょう。
単独で情報を出せば、“勝手なことをした”と見なされます。」
サクラはソファに体を預け、天井を見た。
「でも、
“知らされない側”にいる国民から見れば——
私たちも、
アメリカも、
同じ“黙っている大人たち”なのよね。」
天野秘書官補が、おそるおそる口を開く。
「……総理は、
キネティックインパクター計画そのものは、
どう思っているんですか?」
サクラは少し考えてから、
ゆっくり答えた。
「“隕石を殴りに行く”って発想、
正直、最初は漫画みたいだと思った。
でも——
本気でやろうとしている科学者たちを、
私は、信じたい。」
手元のメモを見下ろす。
「問題は、
それを“いつ”“どう”国民に伝えるか。
Day70……
その日が、世界の分かれ目になるかもしれない。」
窓の外の夜空は、
いつもと変わらず暗かった。
だが、その奥には、 確かに“何かがこちらへ向かっている”のだ。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.