テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
《ドイツ・ベルリン郊外/スーパーマーケット》
金属シャッターの前に、長蛇の列ができていた。
開店30分前。
空気は冷たく、でも人の体温とざわめきで、妙にむせかえるような熱気がある。
「今日は一人三点までって書いてあっただろ!」
「じゃあ四人家族はどうしろってんだよ!」
入り口の張り紙には、
『パスタ・缶詰・飲料水は、お一人様各三点まで』
とドイツ語と英語で書かれている。
高校生くらいの少年が、母親の袖を引いた。
「ねぇ、オメガって、本当にここまで来るの?」
「分からないわよ。でも……準備しておいて損はないでしょ?」
言葉は穏やかだが、母親の手には青い静脈が浮き出ている。
店員が恐る恐るシャッターを開けると、
押し寄せた人波が一気に中へ雪崩れ込んだ。
カートがぶつかり、怒鳴り声が飛ぶ。
頭上のテレビから、ニュースキャスターの声が降ってくる。
「EU 各国で食料・燃料の買い占め広がる」
「“オメガ・ショック”で景気後退懸念」
安全だったはずのヨーロッパの朝も、
少しずつ“別の世界”に変わりつつあった。
《日本・都内/テレビ局・情報番組スタジオ》
カラフルなセットの前に、コメンテーターが並んでいた。
テロップには<緊急特集・オメガとどう向き合う?>の文字。
司会者
「さぁ続いては、“オメガの対策”についてです。
最近ネットでは、“人類が隕石を殴り返す”なんて言葉も出ていますが……」
観客席の笑いが、少しだけ起きる。
その笑いには、戸惑いが混じっていた。
宇宙工学の専門家・黒川教授が、ボードを指さす。
「実はですね、数年前にアメリカのNASAが
“小惑星に人工物をぶつけて軌道を変える実験”を行ってるんですよ。」
画面にCGが映る。
灰色の岩に、小さな箱型の機体がぶつかり、 粉じんが舞い上がる。
黒川
「DARTと呼ばれたプロジェクトでして、
簡単にいうと、“宇宙の玉突き”です。
ちょっと速度や向きを変えてやることで、
何年も先に地球から少しずらす、という発想なんですね。」
司会者
「へぇ~!それ、今回のオメガにも……?」
黒川は、そこで言葉を選んだ。
「理論的には、“軌道偏向ミッション”は一つの選択肢です。
ただし今回は、相手が大きくて重く、
それに“時間”も限られている。
それに——」
彼はカメラを見て、穏やかに続けた。
「“殴れば必ず助かる魔法の一撃”ではありません。
場合によっては、逆に砕けて被害範囲が広がる可能性もあります。」
スタジオが静かになる。
司会者
「つまり、“人類のパンチ”にもリスクがあると。」
「ええ。
プラネタリーディフェンス——
つまり“地球防衛”は、
科学と政治と倫理の綱渡りなんです。」
テレビの前でカップ麺をすすっていた大学生が、
スマホをいじりながら呟いた。
「……マジで、漫画じゃなくて現実なんだな。」
《国連・SMPAG作業部会オンライン》
画面には世界各地の会議室がタイル状に並ぶ。
壁に衛星写真を貼った部屋もあれば、 簡素なオフィスもある。
議長
「それでは、オメガに対する“回避オプション”の整理を続けます。
現時点での候補は——
①キネティックインパクター
②核爆発による破壊・偏向
③重力トラクター案
④その他、実現性が極めて低いものを含めた理論案。」
アメリカ代表
「米国としては、
“実証済みに近い技術”から優先的に検討するべきだと考えます。
DARTでの成功例もある。
キネティックインパクターは有力候補だ。」
ロシア代表
「しかし、インパクターだけではΔvが足りない可能性がある。
核オプションを“最後の手段”としてでもテーブルに残すのは妥当だ。」
空気が少し重くなる。
日本側席上、白鳥レイナがマイクをオンにした。
「日本としては、
“非核オプションを優先する”という立場です。
過去の歴史と、国民感情を考えれば当然です。」
別の代表が尋ねる。
「では、あなた方の“推奨案”は?」
白鳥
「“単一の正解”は提示できません。
ただ——
“今から準備できて、
国際的な合意をまだ得やすい案”から
順に並べるべきだと思っています。」
議長
「つまり、
①キネティックインパクターを中心とした非核案、
②万一の場合に備えた核案、
その二段構えで整理する、という理解でよろしいですか。」
白鳥は、ほんの一瞬だけ逡巡してから頷いた。
「……SMPAGとしては、
そうした“階層構造”でまとめるのが現実的だと思います。」
議長
「よろしい。
Day70までに、“SMPAGとしての推奨オプション一覧”を
各国首脳に提出する——
その点について、改めて確認しておきましょう。」
画面の隅で、
アンナ・ロウエルが小さく息を吐いた。
(Day70。
ここで“殴りに行く”か、
“祈るだけにする”かが決まる……)
《東京都内・テレビ局前/歩道》
情報番組の生放送が終わり、
スタッフが慌ただしく機材を片付けている。
その向かいのカフェで、
桐生誠はタブレットを開きながらコーヒーを冷ましていた。
画面には、海外通信社の英語ニュース。
「US considering “planetary defense mission”
as part of Omega response」
「sources say any decision must be made within weeks」
(“planetary defense mission”……
つまり、さっき番組でやってた“殴り返す作戦”か。)
桐生は、ニュース原文の下にメモを書き込む。
「米政府・宇宙ミッション検討? 公式発表なし。
Day70の前後が鍵?」
スマホが震えた。
中園広報官からの返信だった。
「宇宙ミッション報道についてはノーコメントです。
現時点で政府としてお伝えできる新情報はありません。」
(“ノーコメント”は、“当たり”の匂いだ。)
桐生は、ガラス越しにビル群を見た。
(もし本当に“オメガに殴りかかる作戦”が動いてるなら……
それは、
人類がただ怯えているだけじゃないって証拠になる。
でも——
失敗したら、“誰が決めたんだ”って話になる。)
彼は指を止め、
画面の隅に小さくこう打ち込んだ。
『希望は、いつも“責任”とセットでやって来る。』
自分でも、少し気取った言葉だと思った。
だが、いまのこの世界ほど、 その一文が重く響く時代もなかった。
《とある家庭のリビング》
夕飯のテーブルの上。
ニュース番組のテロップが流れている。
「“地球防衛ミッション”への期待と不安」
中学生の息子が、箸を止めてテレビを見つめる。
「ねぇ、“宇宙のパンチ”って、
ほんとにオメガをどっかにどかせるの?」
父親は答えに詰まり、苦笑した。
「さぁな。
でも、何もしないよりは、
どっかの誰かが必死で考えてくれてるって思ったほうが……
俺は、まだご飯が旨いかな。」
母親が小さく笑う。
「うん。ご飯は、ちゃんと食べよ。」
湯気の立つ味噌汁。
一方で、画面の隅には、 世界のどこかで燃える建物の映像が映っている。
同じ星の上で、
希望と絶望が、静かに揺れていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.