テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
想像してみる。
一人の部屋の温度や窓から射す光。
まだ熱の残る…想い…思い出す…体温。
湿った夕方の風。
その時自分なら何を見るだろう。
いつもの部屋。
いつもの空間に感じる愛する人が居た痕跡。
探すのだろうか。
もう一度だけ…あなたに会いたい
「…いいかも…この感じ」
少しづつ言葉にしていく。
『例えばー…好きな飲み物を買ってあげるとか、好みの場所に連れていくとか。あとはー…寒そうにしてたら上着を貸すとか』
勇斗の言葉を思い出す。
一緒に並んで飲んだ記憶…本当はお揃いにしたかった飲み物。
だけどハズレていたらどうしようって…2つ買って選ばせた。
当たっていたら嬉しくて、でもそんな事は言えないから、知らないフリをした。
一緒に行った相手の好きな場所。
覚えててくれたんだって、嬉しそうな顔。
少し寒そうに肩を震わせたあなたに、さり気なく上着を貸せたらどれだけいいだろう。
素直になれていたら…今も一緒に居れたかもしれない…。
「……」
勇斗の顔が浮かんだ。
没入する合間に何気なく浮かんだあいつの顔。
『…見るよ?だって好きだから』
「……」
好きな人……居るのかな?
具体的な恋愛の話にスラスラと答える勇斗は、普段意識しないけどやっぱり少し年上で、経験の差も感じさせた。
…ちょっと踏み込んで聞いてみるか。
筆が乗ってきたのを感じた俺はしばらく制作にのめり込んだ。
―――
「ごめん、またちょっといい?」
「…ちょっとは進んだ?」
「うん。お陰様で進んでる。」
「まじ?すげえな、出来上がったら見せてね」
「うん。見せるよ」
「それで今回はどんな質問なの?」
「うん。あのさ、あんまり作曲とは関係ない質問かもしれないんだけど…」
「なに?」
「…今好きな人いるのか?」
「……」
少し伺うような目線で話した。
今まで具体的な話をしてきた勇斗が現在恋愛しているのか気になる。
目が合ったまま一瞬の時間が流れたあと、ふいっと視線を逸らされた。
「…いる、っちゃいるかな」
「…どういうこと?」
「えー…めっちゃ聞くじゃん。どしたの」
「なんか気になって」
「…いるよ。好きな人」
「…そっかあ」
「反応薄っ」
「いやー、具体的な話が多かったから居るのかなと思ってさ」
「うん…でも今はまだわかんないな」
「というと?」
「ちゃんと好きかどうかはわからない。」
「……」
今度は目を合わせてそう言われた。
「けど好きになりそうな予感はある」
「…それってどんな人なの?」
「え」
「俺はさー…今恋愛してないからそういう具体的な表現は浮かばないんよね。だから想像してる。大体悲しい感じになるんだけど」
「…想像くらい楽しくなれば?」
「うんー…でも初めから切ない歌詞を考えててメロディも浮かんでる。だから悪くはないんだけどさ」
「…うん」
「過去ばかり浮かんできて…今まだ温かい恋愛の温度みたいなのが…うまく進まないんだ」
「……」
目の前にあるテーブルに腕をのばしてつっ伏する。
そっか。やっぱり好きな人がいるんだ。
でも現実の恋愛ばかりを題材にしていたらラブソング歌手はみんな恋愛波乱万丈になってしまうよなあ…。
「…うーん、じゃあ例えばさ、今仁人の目の前に好きな人がいたとするよ。」
「…うん」
「どう感じる?」
「…」
ふと顔を上げる。
真っ直ぐ前を見たまま言葉を咀嚼したあと、そう質問をした勇斗の顔を見た。
俺を真っ直ぐに見つめる目。
その目はまるで、優しさの中に切なさと熱が籠ったような…もしも、言葉にするとしたら…
(……あなたが欲しい)
「……」
「……」
逸らしたいけど逸らせない、そんな熱の籠った目。
「…わかった?」
「……なにが?」
「恋愛している人の顔」
「…あー…そういうこと?」
「迫真の、表情の演技だったんだけど」
「…勇斗もそんな顔できんだな」
「まあね、一応…でも今仁人もそういう顔してたよ」
「え?」
「恋愛してる人の表情」
「……え?」
「どうしたらいいかわかんない…でも気になる…俺はこの人が求めるものにどう答えたらいい?…って顔」
「は……はあ?この人って、それだと俺の好きな人がお前になるじゃねえか!」
顔が熱い。何言ってんだこいつ…。
「…そうじゃなくて、そういう表情になった瞬間の自分の気持ちにフォーカスしなよ」
「え…」
「さっきどんな気持ちになった?」
「…さっきは」
どんな気持ち…?
最初ビックリして、体が固まったように動けない…目を逸らせなかった。
そのあと…なんだかとてもドキマギとした。
「…なんか…変だった」
「語彙力!いつもの仁人らしく説明してみてよ」
ニヤニヤと笑う顔がムカつく。
今ならそう説明出来るのに…。
「……じゃあ…。なんだかすわりが悪い様な…いつも見てる顔なのに一瞬…別の誰かに見えて…」
「……」
「…恥ずかしくなった…」
目を逸らすと負ける気がして、勇斗の顔を見ながら答えるが、どんどん声が小さくなっていくのがわかる。
顔が…熱い。
なんなんだこの時間は…。
自分から質問を持ちかけたくせに勇斗のペースに飲まれている。
「…えー…」
さっきまであんなに楽しそうだったのに、勇斗はなぜか少しだけ拍子抜けしたような顔をしている。
「…なんだよその残念そうな顔は」
「だって…」
自然と上目遣いになる。感じた気持ちを言葉にするのがなんだかとても恥ずかしい。
いつもとは違う空気。
「……いや。」
「ん?」
「ある意味残念かもね……」
「はあ?人が真剣に向き合ってるのになんだよそれ」
「いや……なんか知らなくてもいい仁人の一面見た気がして」
「…いやそれなら俺だってそうだから」
先に目を逸らした勇斗に少し満足してやっと俺も一息つく。
「……今日は終わり。」
「ええ?」
「これ以上は有料コンテンツだから」
「なんだそれ」
「…まあ、また今度ね」
「…ありがと」
「…いーよ。」
席を立って離れていく勇斗の背中を眺めていた。
歌詞……そう歌詞。
さっきの仮の恋愛話はなんだかとても興味深かった。
が、どうにも心臓に良くないな…。
弄ばれた気分だ…。
座り直して改めてスマホに向き直る。
恋の温度…恋をしている時の気持ち…
誰かを愛しく思う気持ち…
(……あなたが欲しい)
欲しくてたまらない…
でも欲しくても手に入らない…
壮大な別れを言葉にするよりも日常の延長にある別れを、言葉に変換してみよう…。
まだ湿った空気の残る窓から入る風。
日差しが少し弱く感じる季節
ジリジリと焼かれるような強い光ではない
街を歩いてみてもそこにはあなたの気配はなくて……
砂時計を返すように…
去り行く背中を眺めてどんな気持ちになるのか…
愛してる
愛してる
まだあなたをずっと
愛してる…
「……少し書けた…かな」
愛する人に好きな人がいたら…
別の俺じゃない誰かがいたら…
「……」
先程の背中を思い出す。
…アイツの好きな人ってどんな人?
頭の上に?が浮かんだ。
どうしてそんなこと気になるんだろう。
…好きな人の話を聞けば具体的な恋愛の輪郭が見えるかもしれない、それだ。
―――
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
2,331
207
1,827