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43 ◇まだまだラブラブ
そんな傷跡を彼らが背負い、過ごした2年後にひよっこりと縁があって
頼って来たのが小桜温子だった。
温子が実家兼自宅を追い出されたため製糸工場の寮に住むことになり
珠代や涼との距離が以前よりもかなり近くなって、前々から温子に対して
良い印象を持っていた珠代は、うれしくて堪らなかった。
母親が亡くなり、姉妹のいない珠代にとって姉のように思える温子といると
胸の内がほっこりするのである。
はっきりと言おう。
涼は頼りになるよい兄だ。
だが……兄は温子ほど上手に料理が作れない。
そこが、温子に比べるとマイナスポイントになる。
珠代は時々振舞ってくれる温子の手料理の虜となってしまった。
兄もきっとそうに違いないと珠代は踏んでいる。
温子が最近では夫の分まで弁当箱に入れて持たせてくれるので
自分や兄だけでなく夫の和彦までもが胃袋を掴まれている。
和彦が『おいしい、おいしい』と言って食べるのを見ても
不思議と嫉妬心は沸かなかった。
そして、だんだん珠代の中にある妄想が膨らんでいった。
兄は毎日、あのような綺麗な温子と一緒に暮らし、美味しい食事が
いただけたらこの先一生の幸せ者になるのではなかろうかと。
だから、珠代は決めた。
2人がうまく結ばれるよう、それとなくフォローしようと。
両親が生きていればまた反対するだろうけれど、もうふたりの恋を
邪魔する者はこの世にはいないのだ。
とにかく、今のところ温子が月に2度ほど手料理を振舞ってくれ、最近では
兄がそのお礼と言って外での食事に誘うようになった。
その時、いつも私たち夫婦も誘われる。
外で会う時は、兄に協力するべく絶対断らず何か約束事が
あっても、兄の誘いを優先するようにしている珠代だった。
夫の和彦にもそれとなく、兄の応援をするように要請している。
「和くん、私たちが上手く結婚できたのは兄のお陰が大きいって
話してたよね? 覚えてる?」
「珠代ちゃん、忘れてないよ~」
「お願いがあるの。
なるべく兄と温子さんとのお出掛けには声がかかれば一緒に
行ってほしいんだ。私ね、なんとか温子さんが兄のところへ嫁いで
来てくれないかと願ってるの」
「温子さんって暖かくてやさしくて良い女性だものな」
「うんうん、和くんもそう思うんだ。でも和くん、一番素敵で好きなのは
だぁ~れ?」
「珠代~」
「そうだよね、そうだよね。うふふっ」
まだまだラブラブなおバカ夫婦だった。
――――― シナリオ風 ―――――
〇北山家・珠代の回想ナレーション/工場の朝の風景と共に
今朝はいつもより早くに工場へ出勤してきた珠代
工場の朝。
煙突から薄く白い煙。
女工たちが慌ただしく朝の支度をする。
珠代、工場の寮近くの見回りをしている
珠代(N)「兄さんと志乃さんのことが過去のものとなって、もう2年。
あの悲しみを知ったからこそ、兄さんには幸せになってほしいと私は心から
願っている」
視線の先には、小桜温子が工場寮の窓を開け、朝風に髪を
なびかせている。
珠代(N)「そんなとき、ひょっこりと私たちの暮らしに温子さんが
舞い込んできたのだ」
〇珠代の自宅/食卓・珠代が温子に兄と共に招かれてお弁当を手渡された夜
和彦が温子の作った弁当を食べている。
和彦(嬉しそうに)
「うん……これ、出汁が違うな。すごく丁寧にとってある」
珠代(にこにこしながら)
「でしょ? 温子さんの手料理って、やさしくて、どこかほっとするの」
和彦「うん、ほんとに。
……おいしいよね」
珠代(N)「温子の料理をおいしいと和彦が褒めても不思議と嫉妬心は
起きなかった」
〇北山の製糸工場/別日、見回り中の珠代、思案気に歩いている
珠代の中に妄想が膨らんでいく。
珠代(N)「兄だって素敵な温子さんと一緒に暮らせて、毎日のように美味しい
手料理が食べられるようになれば、どんなにか幸せなことだろう」
珠代は決めた。
ふたりの交際を邪魔するような者はこの世にはいないのだ。
2人がうまく結ばれるよう、フォローしようと決意するのだった。
温子が月に2度ほど手料理を振舞ってくれ、最近では
兄がそのお礼と言って外食に誘うようになった。
そのような時、いつも珠代夫婦も誘われる。
珠代(N)「兄は、私たちが行かないと言えばきっと温子さんのことを
誘うのを止めてしまうのではないだろうか。
だから私は約束事があっても夫を誘い、必ず付いて行くことにしている。
夫の和彦にもそれとなく、兄の応援をするように頼んである」
〇珠代と和彦の自宅/リビング 夕方
珠代「和くん、私たちが上手く結婚できたのは兄のお陰が大きいって
話してたよね? 覚えてる?」
和彦「珠代ちゃん、忘れてないよ~」
珠代「お願いがあるの。
なるべく兄と温子さんとのお出掛けには声がかかれば一緒に
行ってほしいの。
私ね、なんとか温子さんが兄のところへ嫁いで来てくれないかと
思ってるの」
和彦「いいね、それ。
温子さんって暖かくてやさしくて良い女性だものな」
珠代「うんうん、和くんもそう思うんだ。
でも和くん、一番素敵で好きなのはだぁ~れ?」
和彦「珠代~」
珠代「そうだよね、そうだよね。うふふっ」
このふたり……まだまだラブラブなおバカ夫婦だった。