桃赤
綺麗なまま、終われたらいいと思う。
今の現状が辛い時、人間は過去の記憶を美化する生き物だ。
今のマイナスが昔のマイナスを超えた時とか。
でもそれは、決して過去が幸せだったわけじゃないのに。
幸せな日々が続くと、ちょっとの違和感でも辛いことがあると耐えられなくなる。
簡単に心が砕けてしまう。
だったらずっと不幸でいいんじゃないか、そう思う。
どうせ最後には思い出だけ、綺麗な部分だけ切り取られて終わるのだ。
だって、俺はもう幸せだった時の記憶を思い出せない。
──────
彼は恋をしていた。
叶うはずのない恋を。
「ーであるから、Xをsinとして〜」
1時間目の数学の授業中。
少し開いた後ろの扉をそおっと開き腰を低くして1番後ろにある自分の席に着こうとする。
すると隣の席の黄くんが苦笑いしながらゆっくり気づかないようにイスを引いてくれた。
小さくおはよ、と言うと彼は呆れ顔で顔を寄せてくる。
「また寝坊??」
「昨日溜めてたアニメイッキ見しててさ….w」
「も〜いつもやめなって言ってんじゃん。僕が隣じゃなかったらとっくに桃先生にバレてたからね?」
「えへへwいつもありがとね、黄くん」
俺が二へへと笑うと満足そうに彼は今やっているページを教えくれる。
俺と黄くんは高校の入学式で仲良くなって今1番仲のいい友達だ。
「いやしっかしこの教室の入り方意外にバレないもんだね」
「そんな舐めてるとまた桃先生にお説教食らうよ?w」
「大丈夫大丈夫、桃先生イケメンの癖してちょろいか、」
「だーれがちょろいって?」
「ふぎゃっ!」
パシンと教科書で頭をはたかれ、慌てて前を向くとそこに怖い顔でニコニコ笑みを浮かべている桃先生が。
….おれのすきなひと。
「先生酷い!!体罰だ!!ぼうりょくはんたい!!」
「正当防衛だっつーの。お前がまた遅刻してくるからだろ」
「俺、先生のことイケメンって褒めたのに!」
「はいはい、ありがとな。じゃあそんな赤くんに次の問題解いてもらおうかな。」
黒板の先にはもちろん高レベルの応用問題が。
「俺にこんなの解けるわけないじゃん!!馬鹿なの知ってるくせに!」
「wwwwww」
クラスが笑いに包まれて、赤おつ〜とクラスメイトの冷やかしが入る。
彼が笑って俺も笑った。
こうやって遅刻してくるのも馬鹿な振りをするのもわざと。
その方が楽だし、彼は呆れ顔でもしょうがねぇな、って手を差し伸べてくれるから。
それ程まで好きだったのだ。
彼が、好きでたまらなかった。
───
「せんせ〜好き〜」
「はいはい」
「んもぉ、聞いてる?」
放課後の空き教室で2人きり….というのに先生は俺の愛の言葉にちっとも耳を傾けてくれない。
「そんな事言ってないでさっさとやれ。今回のテストみんな頑張ってて補習なのお前だけなんだからな」
「ちぇ、俺本気なのに」
「愛の言葉は言いすぎると軽くなるぞー?」
「違うよ!!沢山言うほどいいんだもんね!」
「それが違うんだよなぁ」
まだまだお前はお子ちゃまだな〜、そう言っていつものように俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
野球部のバットがボールにあたる音やサッカー部の試合の掛け声、吹奏楽部の合奏の音。
それが全部背景みたいに聞こえてまるで桃先生と2人きりの世界みたいだった。
触れた指先から、心臓がバクバク脈立って胸がぎゅうっと切なく締め付けられる。
でも知ってる。この恋を叶うはずないのだと。俺に触れる手の指先には誰かがいるということを。
俺に向けられる笑顔ほど悲しいものはないのだということ。
「お前はやれば出来るんだから。頑張れ」
左手に銀色の指輪が俺を嘲笑うかのように光った。
彼は、結婚していた。
───
美山 桃先生。今年で27歳。担当教科は数学で俺達2年4組の担任。好きな食べ物はハンバーグ。嫌いな食べ物はトマト。趣味はジムに通うこと。
よろしくな、そう白い歯を覗かせて俺達に笑いかける姿は誰がどう見てもイケメンで。
女子の質問攻めをことごとく食らっていた。
しかし彼が掲げた左手と2文字の熟語に彼女たちは塵となった。
そんな訳だけど、俺は決して一目惚れ、なんてしてない。
むしろ最初は苦手だった。
面白くて生徒思いで….そんな先生が好かれないわけなく、彼はいつも生徒に囲まれていた。
….素で好かれるような人間。
誰からも無償で愛される人間。
なりふり構わず誰かを愛せる人間。
俺が欲しかったものを彼は全部持っているような人だった。
俺は孤児だし、両親なんてものいなかった。
周りと違うから、常に笑ってないといけなかったし空気を読まないといけない。
気を抜くと寂しさに目がくらんでしまうような毎日。
孤児だなんて周りに勘づかせないように明るい人間を演じ切る。
それが俺の当たり前。
たすけて、なんて言えたら良かったのだろうか。
いつもひとつ声をあげて笑う代わりに、すり減って心が泣いていた。
───
俺が彼を好きになったのなんて些細なことだった。
桃先生と出会って新学期が過ぎた頃。
「お前万引きしただろ!?」
「だからしてませんって….」
休日のある日、コンビニで何故か店長に万引きを疑われ店内で引き止められていた時があった。
ぎりりと掴まれた腕におじさんの爪が皮膚に食い込んで思わず顔をしかめる。
「警察と親に言ってやるからな」
「….警察は構わないですけど、俺孤児院育ちなんで言っても無駄ですよ」
同情、して欲しかったのかもしれない。
ムキになっていたのかもしれない。
かわいそうだね、そう言って欲しかったの??
今思えば鼻で自分を笑ってしまう。
「はぁ、これだから孤児は困るんだよ」
空気が冷えた気がした。
呼吸が浅くなっていく気がした。
張り詰めていた心の細い糸が切れた気がした。
怒りを超えて諦め、そんな感情。
そのときだった。
「俺の生徒が何かしましたか?」
落ち着いた大人の低い声。
振り返ると私服の桃先生が立っていておじさんが俺を掴んでいる手をさりげなく払い肩を抱き寄せられる。
「こいつが万引きしたから通報しようと思ってよ。お前先生かぁ?先生の癖に教育がなってねぇんじゃねぇか」
「….ですか?」
「あ?」
「この子が万引きをしたという証拠があるんですか??」
「そ、そりゃぁ、鞄とポケット見れば分かるだろーよ」
少し焦り始めるおじさん。
「音瀬、鞄とポケット見せて」
「は、はぁ」
ポカンとして桃先生に手渡すともちろん何も入ってないわけで、おじさんは急に態度を変えて俺に勘違いして悪かった、とヘコヘコ頭を下げた。
一緒にコンビニを出て沈黙が続く。
「ぇ、えと、その」
何か言わなくちゃいけない事があるのに。
口がパクパク動くだけで言葉が出なかった。
すると桃先生はにっこり笑って俺の頭をクシャりと撫でた。
その手が酷く優しくていつの間にか自分の手が震えていたことに気づく。
「飯、行くか」
「….え?」
居酒屋のようなわちゃわちゃした良い雰囲気お店に似つかわない彼は楽しそうに俺の隣のカウンター席でラーメンをすする。
「やー、やっぱここうめぇな」
「…….」
「ほら、どんどん食え。俺の奢りだぞ〜。音瀬、ラーメン好きなんだろ?」
「な、んで….知ってるの」
「そりゃぁ、新学期の自己紹介で言ってたからなw」
豪快に笑う桃先生。
…40人近くいるクラスの中で俺の事を覚えててくれたのか。
なんだか少しだけ嬉しいようなむず痒いような。
小さくいただきます、と呟いて熱い麺を冷ましながらひと口すする。
「….ぉいしい」
ポツリと零すと桃先生が嬉しそうにこちらを見て目を細めた。
「….どうして….助けてくれたの?」
「そりゃぁ俺の大事な生徒だからな。」
「…….」
「あのおっさん、なんか文句つけて音瀬に近づきたかったんだろ。お前可愛いから。」
あ、やっぱ今のなし。とまた冗談っぽく笑う。
…….彼は最初から俺を疑ってなんかいなかった。
「….学校とキャラ違くてびっくりした?」
「まぁそりゃぁ….な?でもみんな学校で少しは猫かぶってるだろw」
忙しく働く目の周りのオーナーをぼんやりを見つめながら言う。
俺にはみんながみんな、大好きな世界で生きてるように見えた。
カラン、とグラスの氷が静かに音を立てる。
「….偉いな」
何が、とは言わなかったし聞けなかった。
涙が止まらなかった。
またぐしゃぐしゃと彼が俺の頭を撫でる。
「音瀬はもっと我儘になっていいと思うんだよ俺は。….こうやって人前泣いてもいいし、嫌なら嫌ってはっきり言っていいんだ」
「せん、せ….」
ポロポロと涙を零す俺に彼は優しく背中を撫でてくれた。
ラーメンを食べながら号泣するというなんとも滑稽な姿にオーナーはまぁ、人生色々あるわな、と笑って餃子をサービスしてくれた。
沢山泣いたせいでこの時食べたラーメンはちょっと塩っぽかった。
でも、今まで食べたものの中で1番美味しく感じた。
───
それからなんとなく先生を目で追うようになった。
「ここは大学受験でよく出るから覚えておくように、」
皆の視線がノートと黒板に行ったり来たりする中、俺はチョークを持つ先生の横顔が綺麗だな、なんて思いぼんやり頬ずえをつく。
もちろんそんなことをしていれば先生とバチッと目が合うわけで
“お前俺の事見すぎ”
なんて口パクで笑いながら笑われた。
その後すぐ黄くんに顔真っ赤だけど大丈夫?って心配されたのは内緒。
To Be Continued….?
皆さんまたもやお久しぶりです….
夏休み入ったっていうのに高熱出して数日死んでました((((
なら学校ある時に熱出して休みたかった((((
この話の先思いついてはいるんですけど…表現が難しすぎて….続かないかも泣
たまには報われない系もいいよね、うんうん
ストックなくてこれしか出せなかったとか言えない((
コメント
14件
なんでもっと早く見なかったんだろうと後悔しています 。 はみぃさんのお話って頭の中でくっきり思い浮かべられるのほんとに凄いなって.. 尊敬してます 。
実らない恋久しぶりに見ました🥹 はみぃさんの書くお話は実らない恋でも実る恋でも甘い恋ばかりで好きです🎶✨
初コメ、フォロー失礼します! 最高でした!✨ 体調大丈夫ですか...?←自分もバリバリ風邪引いてた人