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帝都の貧民街でアーキハクト姉妹が帝都の裏社会の支配者と会っている頃、帝都中心付近にそびえ立つ大聖堂。そこはロザリア帝国最大の宗教団体聖光教会の総本山であり、教皇スニン四世を初めとした教会幹部達が住まう場所でもある。
神聖な場所であるが、中にある調度品は贅の限りを尽くしており、聖光教会が掲げる清貧の理念とはとても相容れないものであった。また教皇含め幹部達の身に纏う装束もまた高級品が惜しみ無く使われている。
「なるほどね~、お姉ちゃんが来るのを嫌がるのが何となく分かるよ」
セーラー服ではなくシスター服で身を包んだ聖奈が大聖堂の内装を見て感想を口にした。その隣でいつものようにシスター服に身を包んだマリアも、妹の遠慮無い言葉にため息で応じた。
今回のパーティーには、マリアの実家であるフロウベル侯爵家も招待されている。
父からの強い要望で参加することになったマリアは、妹の聖奈とラインハルトを初めとした私兵集団蒼光騎士団の一部を率いてシェルドハーフェンから帝都へやって来ていた。尤も、その表情に喜びはなく不本意であることは明らかだった。
「はぁぁっ……前より酷くなってるじゃない。清貧の理念は何処に行ったのかしら?」
「そんなの真面目に護ってるのはお姉ちゃんだけだって。てか、冬なんだからブーツくらい履きなよ」
相変わらず質素なサンダル姿の姉を見て聖奈は呆れていた。
「貧困層は年中サンダル、下手をすれば裸足なのよ。私達は信者の皆様からの寄進で活動しているの。贅沢なんてできないわ」
「本当にお嬢様なの?何かの間違いじゃない?」
「勇者を崇める団体か、気に入らんな」
口を開いたのは、ローブで全身を隠した大男である。
「ロイス、私は一応その団体の聖女なのよ?」
「無論お嬢様の行いにケチを付けるつもりはないが」
その正体はオークチャンピオンのロイス。今回の帝都入りには死霊騎士のゼピス、グリフィンのダンバート、オークチャンピオンのロイスが陰ながら同行している。
普段は人間に擬態できるダンバートが側に控えているが、今回は上空から警戒している。
ロイスは肌が緑色であること以外は人間の男性と外見的な相違はない。ローブで隠せば大男として十分に正体を隠すことができた。
「お姉ちゃん、成金趣味に興味はないもんね」
「うむ、品性の欠片もない」
「悪口はそこまでよ。聖奈、手筈通りにね」
「はいはい」
視線の先には、肥えた男性がゆっくりと此方へ向かってくるのが見えた。
「おおっ!聖女マリア!そなたの帰還を心待ちにしていたぞ!」
現れたのは教皇スニン四世。民が貧困で喘ぐ中、贅を凝らした日々を送り衣服にはきらびやかな装飾品が施されている。
「教皇猊下、ただいま戻りました。お元気そうで何よりです」
「うむ、そなたの弱者救済の活動は耳にしておる。何かと物入りで支援できぬことが悔やまれてならぬ」
スニン四世の言葉にマリアは内心怒りを感じた。シェルドハーフェンでの活動で何度も教会からの支援を要請したが、悉く断られていた。
聖光教会は財政難と言うわけではなく、ただ単に教皇達の贅を凝らすために莫大な費用が必要だっただけである。そんな内情を知っているマリアの怒りも無理はなかった。
「お気持ちだけいただきます」
「ふむ、弱者救済の活動もそろそろ良かろう?帝都に戻ってはどうかな?最近は何かと物騒だ」
「いえ、救いを求める者が未だ大勢残されていますので、今回の件が終わり次第戻るつもりです」
無論スニン四世はマリアの身を案じているわけではない。政争が激化している帝都で少しでも有利に立ち回るために聖女マリアの存在は極めて有効なカードとなるからだ。
しかもマリアは聖女である前にフロウベル侯爵家の令嬢。利用価値は幾らでもある。
「そうか……残念ではあるが、仕方あるまい。しかし、聖女としての勤めも忘れてはならん。定期的に帝都へ戻るように」
「そのように、猊下」
静かに頭を下げるマリア。そんな姉を見て内心穏やかではない聖奈。
二人の様子を見てロイスは静かにため息を吐いた。
「して、滞在場所は?そなたの部屋はそのままにしてあるが」
「今回は侯爵家の別荘を使うことになっております。お心遣いに感謝します」
「であるか。フロウベル侯爵閣下にはくれぐれも良しなに伝えてほしい」
「必ずや」
話を終えてスニン四世が立ち去ると、すかさず聖奈がマリアへ近寄る。
「気持ち悪い。お姉ちゃんを舐め回すように見てたよ」
「でしょうね、私を側室みたいな扱いにしたかったみたいだし」
「斬って良い?その方が色々と早いよ」
「やめなさい、聖奈。その選択はいろんな意味で悪手よ」
スニン四世との謁見を済ませたマリアは足早に大聖堂を後にした。どうにも性に合わないらしい。
すぐに路地裏へと入り込むマリア。明らかにがらの悪い男達が居たが。
「失せろ」
「へっ、へいっ!」
ロイスの威圧によりあっさりと退散し、代わりに見慣れた青年が現れる。
「お待たせ、お嬢様」
「ダンバート、どうだった?」
グリフィンのダンバートはマリアの要請を受けて眷属の魔物達を率いて帝都を監視していた。
「続々と貴族達が集まってるよ。街道も貴族の行列が途絶えないし」
「パーティーまで日にちが無いからね。他にもありそうね?」
「ちょっと厄介なものを見付けたよ。お嬢様、ここに勇者が居る」
「シャーリィが?見間違いじゃないの?」
「勇者は僕達から見れば太陽みたいなものだよ。見間違えるのは無理かな」
ダンバートの言葉にロイスは眉を潜め、マリアは困ったように笑う。
「まさかシャーリィが帝都に居るなんて」
「何処までもお嬢様の邪魔をする。消すか?」
「やめといた方がいいよ、ロイス。勇者には天使がついてる。僕達にも気づいている筈さ」
「神の尖兵を名乗るロクデナシ共が?死に絶えたのではなかったか」
「どちらにせよ、こちらから問題を起こすわけにはいかないわ。シャーリィが何を考えているか分からないけれど、実家に迷惑を掛けるわけにはいかない。シャーリィの動向に注意して」
「了解だよ、お嬢様」
「お姉ちゃん、楽しいことになりそうだね?」
楽しげに語る妹を見てマリアは深いため息を吐いた。
役者は揃い、帝都での長い日々が今始まる。