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白い壁と無機質な照明。 ここは王都イルダの北端にある「王国警備局・医療棟」。
砂の迷宮崩壊から数日。リオとアデルは、警備局の許可を得て病棟の一室にいた。
ベッドの上で、ユナが静かに眠っている。
目を閉じたまま、微かに唇が動いた。
リオはそっと手を握る。
「……姉さん。もう大丈夫だから。もう誰にも利用させない」
アデルがそばの椅子に腰掛け、淡く光るデータ板に報告を記していた。
「記録世界プログラムの中枢は破壊された。でも……残留データがまだ生きてる。
完全に終わったわけじゃない」
「カシウスは?」
「姿を消したわ。どこかで再構築を試みてる可能性がある」
リオは視線を落とした。
窓の外では、淡い砂色の光が風に舞っている。
「……ハレル、そっちはどうなってる?」
その言葉に、アデルは小さく微笑んだ。
「セラが言ってたわ、あなたたちが無事だと分かった瞬間、“届いた”って言ってたそうよ」
リオは苦笑して立ち上がる。
「さすがだな。境界を越えてでも、やっぱり繋がってるんだな」
アデルは視線をユナへ戻した。
「この病院は王国警備局の管理下。外からの侵入は不可能。
――彼女が目を覚ますまで、ここが一番安全よ」
「ありがとう、アデル」
「礼はいいわ。その代わり、もう勝手なことはしないで」
アデルは立ち上がり、外套を翻して部屋を出ていく。
その背に、リオは小さく笑って呟いた。
「相変わらずだな……」
ユナの手をもう一度握り、リオは窓の外を見つめた。
光が風に溶け、まるで境界そのものが息づいているようだった。
――そのころ、現実世界。
夜の街は静かで、窓の外には霧雨が降っていた。
雲賀家のリビング。ハレルはノートパソコンの前でデータを見つめていた。
「……死亡登録だった9名、そのうち5名のデータが“生存”に修正されている」
木崎が手帳をめくりながら言った。
「そう、死亡登録だった内の1名が自宅でまた発見されたらしい。
あのときの遺体も無事戻れたってことだ」
「だがな、遺体で見つかった以外の5人の所在はいまだ不明だ。
まるで“この世界にいない”みたいに、どこにも痕跡が残っていない」
ハレルはうなずき、ネックレスを握る。
「現実に戻れなかった転移者……か」
木崎はため息をついた。
「境界は一度開いたら、完全には閉じない。
反記録プログラムは、ただの応急処置みたいなもんだ」
「それでも、ユナさんは助かった。
あの世界に残っているリオが、今も守ってる」
サキがキッチンから顔を出す。
「お兄ちゃん、少し休みなよ。ずっと画面見てる」
ハレルは微笑んで頷いた。
「ありがとう。でも、もう少しだけ……」
画面に、静かなノイズが走った。
セラの声が一瞬、スピーカーを震わせる。
《……観測は続いています。境界はまだ安定していません。
でも――彼女は、あなたたちを見ています》
ハレルは目を閉じた。
(姉さんを救えたな、リオ……)
窓の外、雨が上がっていた。
空には、砂の粒のような淡い光が漂っている。
サキがそれを見上げて言った。
「……これ、綺麗だね」
「“反記録の残響”だ」
ハレルはそっと呟いた。
「世界は、まだ安定してない。けど……もう一度、繋がれるはずだ」
ネックレスが光り、遠く離れた異世界の砂漠で、
リオの腕輪も同じ光を放った。
――それは、二人の“観測者”を結ぶ光。
静かな夜風が流れ、
ハレルは小さく微笑んだ。
「また会おう、リオ」
窓の外で、流星がひとすじ、夜を横切った。
第二章「砂の迷宮事件」──完
第三章「双界の連続殺人」へ続く