テラーノベル
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ユーリが考え込んでいると、ナナが聞いてきた。
「ユーリさん、どうしたんですか。カレーはおいしいし、お肉も食べられる味。じゅうぶんだと思います。これ以上何かありますか?」
ユーリはカラになったカレーの鍋を見ながら、首を横に振る。
「でも、お肉はせいぜい『食べられる味』であって、おいしくはないよね? たとえカレーを売り出しても、このままでは人気が出ないと思う」
「そうか? 俺はすごくうまいと思った」
と、ファルト。コッタが苦笑いした。
「小僧、お前の舌は魔物肉に慣れすぎだっての。まあ、貧しい農村でろくに食うものがなければ、そうなるのも分かるがな。俺も昔はそうだった」
「町の人らが贅沢すぎるんだよ」
ファルトは納得がいかない様子だ。
ユーリが言う。
「魔物肉を売るのはこの町だから。この町の人の意見を参考にしなきゃね」
「うん……」
ファルトは不承不承、うなずいた。
「カレーはまだまだ工夫できると思う。スパイスの組み合わせも、今日はごく基本的なものにしたの。魔物肉、それも魔物の種類によってベストなものを探していけば、もう一段階おいしくなるはず」
ユーリの言葉にみんなが聞き入っている。
「ただ……」
ユーリは言葉を切った。ナナが首をかしげる。
「ただ?」
「私の知っているカレーのレシピに、足りないものがいくつかあるの。今日は市場を探し回ったけど、見つからなかった。となると、ブリタニカ属州やカムロドゥヌムの町にはないのかもしれない」
「それは、どんなものだ?」
と、コッタ。
「一つはスパイスで、ターメリック。黄色い根っこを粉末にするの」
「ふむ?」
「もう一つはじゃがいも。これは根っこの野菜で、茹でて食べる。カレーによく合うのよ」
「黄色い根っこというと、生姜みたいのですか?」
ナナが聞いて、ユーリはうなずいた。
「そうね、根っこの見た目は生姜にちょっと似てる。でも、もっと鮮やかな黄色よ。それに根っこの上の葉っぱや花はぜんぜん違う。白い花びらの先端が紫の花が咲くの」
ちなみにターメリックは日本ではウコン(鬱金)と呼ばれていた。二日酔いの解毒によく効くと評判の生薬である。
カレーの主役となるスパイスで、カレーの黄色と香りの多くがターメリックによるものなのだ。
「根っこが黄色で、白の花?」
コッタが難しい顔で腕を組んだ。
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「どうしたの、コッタ?」
「いや、違うかもしれんが……。俺、そいつを知っている」
「え!?」
思わぬところから情報が出てきて、ユーリは驚きの声を上げた。
「コッタ、この近くにターメリックがあるの?」
ユーリが勢い込んで聞くと、コッタは困り顔になった。
「確実にそうだって自信はねえが。ユーリの話を聞いていたら、思い当たったんだ。――黄色マンドラゴラだよ」
「マンドラゴラ」
思いもよらぬ単語が出てきて、ユーリは戸惑った。ここ数ヶ月で学んだ知識を、脳内で素早く探す。
「植物型の魔物ね」
「そうだ。北の森に行けばよく生えていて、一見するとただの草と変わらん。が、引っこ抜くと叫び声を上げて逃げやがる。叫び声は魔力が入っていて、まともに聞くと麻痺して腰が抜ける」
コッタは元冒険者だ。そんなに腕は良くなかったが、マンドラゴラのような小さい魔物はよく相手にしていたと言った。
「マンドラゴラは何種類かいて、黄色はたまに採集依頼が出てた。何に使うんだろうな」
「布の染色ですよ」
ナナがちょっぴり得意そうに答えた。彼女は最近、経理の仕事だけでなく素材全般をユーリと一緒に学んでいる。素材の使い道や納品先をずいぶん覚えたのだ。
「黄色マンドラゴラの根をすりつぶして染料にすると、きれいな黄色が出るらしいわね」
ユーリが脳内辞書をめくりながら言う。
「実物を見てみたいわ。今、在庫あるかしら」
「帳簿を確認しましょう」
みんなで事務所まで行って、在庫表を見た。帳簿の上では黄色マンドラゴラの根は在庫ゼロになっている。
「一応、倉庫を確認してくる」
コッタが言ってさっさと事務所を出ていった。少しして戻って来る。
「やっぱ、ないわ。冒険者やってたときも、黄色マンドラゴラの採集依頼はそんなに多くなかったしな」
「帳簿が正確でしたね」
ナナが誇らしそうに言えば、コッタもうなずく。
「おうよ。今だって、戻って来るまで素早かっただろう? 目的の棚がすぐに分かるからな。ユーリが考えたシステムのおかげだよ」
「ふふふ、ありがとう」
ユーリは内心でちょっと照れながら、笑顔で言った。
「それにしても、実物はぜひ確認したいわね」
「染色工房に行けば、残っているかも?」
「そうね。ただ、カレーに使うスパイスはできるだけ新鮮なものがいいの。味が段違いだから」
「だったら、冒険者に採集依頼を出せば? ここは冒険者ギルドだから、すぐ出せるだろ」
ファルトが言う。ユーリは考えながら答えた。
「やっぱり、そうなるかなあ」
「それが一番早いじゃん」
「そうなんだけど。……私も、マンドラゴラが生えているところを見たいなぁって」
「ユーリさん!?」
ユーリの言葉に、ナナが叫んだ。
ナナが声を上げたので、みんなが彼女を見た。
おとなしい彼女は普段であれば、大勢の視線を受けると恥ずかしそうにうつむいてしまう。けれど今日は注目を集めていると気づいていないようで、さらに続けた。
「ユーリさん、気軽に魔物が見たいなんて言ってはいけません! 北の魔の森では、武器や魔法の扱いに慣れた冒険者たちだって、少しの油断や不運が大事故につながるんです。ましてやあたしたちみたいな、力のない女性が行くだなんて!」
そこまで言って、ナナはようやくみんなが自分を見ていると気づいた。とたんに顔が真っ赤になる。
「と、とにかく! 黄色マンドラゴラは、冒険者に依頼を出して採集してきてもらいましょう。あたし、ユーリさんが心配なんです。危険なことはだめですからっ」
「……そうね。ナナの言うとおりだわ」
目を床に向けてユーリは言った。生きた魔物を見たい気持ちは強いが、危険と引き換えにはできない。
場の空気が微妙になってしまった。どうしたものかとユーリが考えていると、事務所のドアが開いてティララがやってきた。
「あら、みんな。ここにいたのね。そろそそ夕食だから、集まって」
「はい」
ティララも妙な空気には気づいたようだが、あえて見ぬふりをしてくれた。
みなで事務所を出る。外はすっかり夕暮れ時になっていた。
「じゃあ俺は帰るよ。魔物肉が売れるかもって思うと、すごくわくわくする。続きが楽しみだ」
ファルトが言う。ユーリは聞いてみた。
「ファルトはどこに住んでるの?」
「町外れの格安宿……の、馬小屋。掃除とか雑用をする代わりに、宿代と飯代をまけてもらってる」
「馬小屋」
ユーリは首を振った。ファルトはまだ幼い少年なのに、そんな環境で寝泊まりしているとは。
「それなら、ギルド宿舎に……」
言いかけたユーリの肩を、コッタが押さえた。
「よせ。ギルド職員でもないそいつを泊めてやるわけにはいかん。ファルトみたいなガキは、この町に大勢いるからな」
「ガキじゃないっての。もう十二歳だ。だから平気さ」
胸を張るファルトに、ユーリは言葉を飲み込んだ。
「分かった。何とかして魔物肉を売る算段、つけましょうね。それじゃあまた明日」
「はいよ! ユーリ姐さん、今日はありがとな!」
ファルトは七輪を荷車に乗せて、ガラガラと引いていった。
ユーリはその後姿を見送りながら、改めて思った。
――魔物肉、ちゃんと売れるようにカレーをもっと工夫しよう。
それは一つの決意である。
――そして、この町の人たち、ううん、ブリタニカ属州の人々がお腹いっぱいに食べられるようにしよう。今まで捨てられていた魔物肉を有効利用できれば、きっとうまくいくはず。ファルトの商売を応援して、暮らしていけるようにしよう。貧しくてその日の生活に困る人が一人でも減るように、新しい仕事を作っていくの……!
ユーリは胸に小さな炎が灯る。
なし崩し的に始まったカレー作りが、はっきりとした方向性を持った瞬間だった。
コメント
1件
読了しました〜!第23話、ターメリックを探す展開、すごく面白かったです🌙 カレーの味を追求するユーリの探究心と、そこに「この町を変えたい」という想いが重なっていく描写にグッときました。黄色マンドラゴラがターメリックの代わりになるかもしれないという発見、ワクワクしますね。でもナナの「危険だからダメ!」って全力で止めるシーン、ああいう真っ直ぐな心配りがじんわり染みます。 ファルトが馬小屋で寝てるって知って、胸が痛くなりました…。でも「みんながお腹いっぱい食べられるように」っていうユーリの決意で、少し温かくなりました。続きが気になります!