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シェルドハーフェン十五番街。暁と血塗られた戦旗の激しい抗争により疲弊して荒廃していたこの地区も、マリア率いる聖女一派による懸命の復興作業によりようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
マリアを中心とした教会関係者による弱者救済活動、マリアの私兵である蒼光騎士団による徹底的な治安維持活動によって、混乱を収束させたのだ。
また、マリアを慕う魔族達が影のように暗躍して地区内の不穏分子を次々と排除していた。これらの要因により復興を半ばまで遂げた十五番街ではあるが、まだまだ人身の掌握は完了していなかった。
血塗られた戦旗壊滅により、属していた傭兵達が四散して荒くれ者達と結託。地区の治安が完全に回復しない要因となっていた。暁による過大とも言える支援、直後に起きたカイザーバンクによる厳しい徴収で疲弊していた市民の怒りは凄まじく、それらは暁から支配権を奪い取ったカイザーバンク、そして彼らから地区を譲られたマリア達へ向かったのである。
僅かな期間ではあるが、暁統治下で行われた物資配給は凄まじい量であり、マリア達の活動では到底賄えるものではなかったのだ。
最も、これは十五番街を奪われると知ったシャーリィが仕掛けた策略であり、以後の統治者に対する遠回しな嫌がらせでもあった。
夜、その日の活動を切り上げたマリアは疲れきった身体にムチ打ち何とか宿舎である教会へと戻る。当初は他の皆と同じボロ屋で雑魚寝をしていたが、復興が進み居住環境が整い始めると周囲の強い推薦もあり教会で寝泊まりすることになった。
彼女の支持者や蒼光騎士団は近くにある廃棄された屋敷を修繕して寝泊まりしており、教会は魔族達が陰ながら守っていた。
教会の扉に手を掛けたマリアは、気配を感じて溜め息を漏らし、視線を上に向ける。
「危ないわよ、降りてきなさい」
「あははっ、気付かれちゃった☆お帰り、お姉ちゃん」
屋根に座っていた少女が直ぐ側に降り立つ。栗色の髪にセーラー服を纏った少女。転生者でありレイミと因縁を持つ聖奈である。
彼女は『血塗られた戦旗』壊滅後に居場所を求め彷徨い、そしてマリアに拾われたのだ。彼女の狂気に周囲は難色を示したが、マリアはその中に寂しさを感じとり聖奈を受け入れることを決めた。
当初は警戒していた聖奈ではあるが、裏表の無いマリアの愛を一心に受けて懐柔。今では彼女を姉と呼び慕っていた。
両者の出会いについてはまた別の機会にするとして、一人っ子であるマリアは妹を欲しており内心シャーリィを羨ましく思っていたが、今となっては聖奈を本当の妹のように思い可愛がっている。
「と言うか、お姉ちゃんさぁ。寒くないの?」
ロザリア帝国は温暖な気候ではあるが、それでも冬は寒い。そんな中、マリアはコートこそ羽織っているが足元は素足にサンダルのままである。
「私が贅沢をするわけにはいかないでしょう?」
「せーひんって奴?風邪引いちゃ意味ないじゃん」
「これくらいで身体を壊すほど柔じゃないわよ。ほら、中へ入りましょう」
二人して教会へと入る。中には暖炉があり屋内は充分に暖められていた。
「ああ、そうだ。聖奈、ついさっきお父様からの書簡が届いたわ」
コートを脱ぎながらの言葉に聖奈も歩みを止める。
「早かったね。それで?」
「正式に認められたわ。今この瞬間から貴女は私の義妹よ。聖奈=フロウベルと名乗りなさい」
マリアは聖奈をフロウベル侯爵家で正式に引き取りたいと父に陳情。直ぐに許可が下りた。
「あっさり決まったねぇ?普通は揉めるんじゃないの?」
マリアからコートを受け取りハンガーに掛けながら聖奈が問いかける。
「私のやることに興味がないのよ。私が聖女である限りは、ね」
寂しげに語るマリアに聖奈も溜め息をつく。
フロウベル侯爵は一人娘であるマリアが『聖女』となり、その影響力を最大限利用して権力闘争に励む日々を送り、多額の献金もあって懐も潤っている。
だが娘の活動には一切関心を示さず、弱者救済にも消極的。マリアが余り求めないこともあり、ほぼ放置。数少ない要望も直ぐに叶えた。まるで娘のわがままに時間を割きたくないと言わんばかりに。
今回の聖奈を養女とする件もマリアが責任を持つことを条件に許可。放置した。
「なるほどねぇ。でも、今回は良かったじゃん」
「そうね。それで貴女の答えは?」
「決まってるよね☆お姉ちゃん」
「よし。今回ばかりはお父様の放任主義に感謝だわ。私の義妹になったからって変な責任を押し付けるつもりはないから安心しなさい」
「そう?その割には困ってる顔してるけど」
妹の言葉にマリアは苦笑いを浮かべる。
「お父様からの書簡には、貴女の件を認める代わりに来月のパーティへ参加するように書かれていたのよ」
「あー、帝都のパーティだっけ?」
「ええ、第二皇子殿下主催のパーティよ。マンダイン公爵家の後援もあるし、侯爵家としても無視はできないみたい。貴女を連れて参加するようにと書かれているわね」
「うげっ、社交界って苦手なんだよねぇ」
「諦めなさい。貴女も貴族令嬢だったんでしょう?私に付き添ってくれたらそれで良いから」
「仕方無いかぁ……お姉ちゃんの顔を潰すわけにはいかないしねぇ」
斯くしてマリアと聖奈もパーティに参加することが決まる。
同時刻、シャーリィの下にもレンゲン公爵家から正式にパーティへの招待状が届いていた。
「お嬢様も参加なさると?」
「情報を集めるためですよ、セレスティン」
「まあ!直ぐにお召し物を準備しないと!」
「待ちなさい、婆や。私は貴族令嬢として参加するつもりはありませんよ。お姉様の提案通り、レンゲン公爵家の従者として参加します」
「宜しいので?」
「構いませんよ。まだ私達姉妹の生存を公には出来ませんから。感付いた者も居るかもしれませんが、大々的に公表するのはまだ先です。どんな圧力も跳ね返せる力が必要ですから」
「御意。では、我らからはどなたを?」
「セレスティンとエーリカを連れていく予定です。婆や、留守を任せますね」
「お嬢様のご命令ならば仕方ありませんね」
「御意のままに。レイミお嬢様は如何なさいますか?」
「現地で合流する手筈です。オータムリゾートも縄張りを拡大したばかりで、しばらく身動きが取れないみたいですからね」
「帝都は敵地でございます。身命を賭けてお嬢様をお守り致しますが、くれぐれもご用心を」
まるで運命に導かれるように、勇者と魔王は帝都で見えることになる。そしてシャーリィは、パーティを始まりとした帝国全土に渡る壮大な謀略に巻き込まれていくこととなるのである。