雨が降りしきる中、私は窓の外を見つめるのだ。雨というのは昔から好きだ。窓を打つ優しい雨音も、冷たい窓も、いつもより少しだけ鮮やかに見える緑色も。何よりただじっと窓の外を見つめていると何も考えなくて済む。ときには何もせず、何も感じず、ただじっとしているのが楽だったりする。腕時計に目をやる。十五時。もうこれ以上は勉強がはかどらないと思って少しずつ飲んでいたコーヒーを飲み干して私はカフェを出る。ビニール傘にぶつかる雨粒が大きくてとてもいい雨日和。…傘が、邪魔だ。ゆっくりと傘をたたむ。雨はまるで私に穴を開けているみたいなのに同時に優しく包まれている気がしてならない。見上げる曇天の空から止むことなく雨が落ちてくる。きれいだ。
「ねえ、泣いているの?」
気づけば隣に小柄な女性が立っている。年は同じくらいだろうか。黄色い軽そうなワンピースを身にまとい、栗色の髪の毛をひとつ結びに繰り上げている。目は爛々と光に満ち溢れている。この人にはきっとこんな雨よりも夏の青空が似合うだろう。
「別に、泣いてないけど…。」
「そっか、風邪引くよ。」
「別にどうでも。」
「ねえ、大学同じだよね。」
そうだっただろうか。特に人に関心がないので覚えていないのだが確かに見覚えがなくはない気がする。特にこのこのような陽の人間はあまり得意ではない。
「さあ、知らない。私はもう帰るんで。」
歩き去りながら少し冷たかっただろうかと思ってももう遅い。どうせまた合うこともないのだ。一度だけ振り向くと彼女の黄色いワンピースが雨の霞にぼんやりと消えていくのであった。
夏は嫌いだ。暑いし夏は陽の人間の独壇場だ。海とかプールとか、私はそんなことより冷房の効いた部屋で1日中ゴロゴロしていたい。まあ、でも大学も悪くないかもしれない。冷房に冷やされ続けた講義室の長机は朝一番にいくと冷たい。机の表面に突っ伏して頬を当てる。
「気持ちいい。」
「ふふっ。雨の子だ。何してるの?」
勢いよく起き上がって周りを見渡す。さっきまでは私一人しかいなかった教室に、今はこの間の小柄な女性が隣の席に座っていた。見られてしまっただろうか。気まずさに身が勝手女性から引いていく。
「冷たいの?」
「えっと、うん。つめたい…です。」
今日は水色のブラウスに白いスカートか。ふわふわしていて可愛らしい。夏である今、彼女に夏がとても似合うということを私は再確認した。あのときは細部まで見ることができなかったが、彼女はとても整った顔をしている。顔のパーツがはっきりしていて滑らかな彫刻のよう。計算されつくされたかのように右目の斜め下に配置されたほくろ。なるほどこれが神のいたずらなのか。
「それよりその『雨の子』ってなんですか。」
「ああ、ごめんごめん。名前聞きそびれちゃってたからさ。雨の中立ってた子だから雨の子。名前なんていうの?」
「彼方紫雨です。紫の雨で紫雨。」
「きれいな名前。じゃあ本当に『雨の子』なんだ。私は明日香晴陽。晴れる太陽の陽で晴陽。よろしくね。」
太陽の陽、か。たしかに太陽みたいに明るくて温かい気がする。名は体を表すという言葉があるとおりだ。私は雨が好きで6月生まれの紫雨。彼女は夏の似合う晴陽。
「晴陽さんも『晴れの子』ですね。」
晴陽さんは驚いたような表情を向ける。眉が上がり、小さな声で「え?」とつぶやいてから笑顔をほころばせて笑う。晴陽さんの目は魅力的で今も優しいはちみつ色に輝いている。
「そう言われればそうかも知れない。」
ふふふと笑う彼女につられて私もふふっと笑いが溢れてしまう。
「紫雨ちゃんって笑うんだね。」
「わ、笑いますよ。」
「そりゃそうか。」
また彼女は明るく、軽やかに笑う。
「ねえ紫雨ちゃん、お友達になろ。」
「あ、はい。ぜひお友達に。」
「それと、敬語やめてよ。同い年だし恥ずかしいよ。」
「あ、えっと、うん。わかった。」
ともだち。ともだち。友達。友達という言葉にだんだんと馴染んでくる。あまり陽の人間と友達になろうという気はなかったが晴陽さんなら。だめだ期待するなと思いながらまた机に突っ伏す。けれど今度は机の冷たさよりも頭の中の晴陽さんにばかり気が行ってしまう。