「ええ・・ええ・・だから茂夫おじさんに言っておいて、釣ったばかりの新鮮なお魚を私に食べさせてあげたいと言う気持ちはありがたいわ、ありがたいのだけと私は都会で独り暮らしだから、以前みたいに冷凍のイカを20匹も送って来られても食べきれないの」
父親の声が電話越しに少し慌てた調子で返ってくる、桜は苦笑いをしながら横断歩道を渡る、コンビニの看板が朝日を反射し、眩しさに一瞬目を細めた
「そうね・・・高級ブランド嗜好のみや江おばさんのお洋服のお古を送ると言われても、おばさんは私の三倍のサイズがあるでしょ?良い物はわかってるけど着れないの、だから断っておいて、悪いけど送らないでって・・・うん・・・ありがたいのよ、ありがたいんだけどね、うん・・・そうね、一太郎おじさんの所の玉ねぎもいらないわ、大丈夫よ・・・とにかく親戚の誰かが私に何か物を送ると言っても阻止してちょうだい、全て間に合ってますから」
桜の声は少し早口になっていた、会社までの道のりを急ぎながら頭の中では今日のスケジュールがぐるぐる回る、父親の声が少し震えているのに気づき、桜は立ち止まり、ビルの谷間に差し込む朝日を見上げた
「あ~・・・もうパパ!泣かないで!迷惑なんかじゃないのよ、本当に家にいないから受け取れないの!みんなに桜はちゃんと自活して頑張ってますとだけ伝えて、うん・・うん・・そうね今月末のおじいちゃんの80歳のお誕生日に帰れるかどうか考えておくわ・・・うん・・もう会社につくから、またね!」
電話を切ると、桜は深呼吸してスマホをポケットにしまった、御堂筋の大通りに面したおしゃれな外資系カフェ『ハマーバックス』が、朝の光の中でひときわ目を引く
大きな看板には緑色のロゴが光り、そのデザインはメドゥーサか人魚か、あるいは逆さにすれば噂の「イルミナティのバフォメット」の姿だと囁かれる、謎めいたシンボルが、朝日を浴びて堂々と輝いている
ガラス張りの店内は、木目調のカウンターとモダンな照明が織りなして、まるで現代美術のギャラリーのような空間だ、一歩店内に入るとコーヒーの香りが店内一杯に漂い、窓から差し込む光が床に柔らかな影を落とす
このカフェは都会の喧騒の中で、一瞬の安らぎを約束するオアシスのようだった
「サクちゃん!」
カウンターの向こうでは、ハマーバックスの看板ボーイ『学』が、トレードマークの緑のエプロンを身に着け、ニコニコと笑顔を浮かべている
「学君!おはよう!」
桜が息を切らしながら「モバイル・オーダー専用受け取り場所」に駆け寄って来る
「サクちゃん! ハイ! いつもの! 今日も時間ピッタリだね!」
「そうなの、遅刻しそうだったけど、電車の中でモバイルオーダーしたから助かっちゃった!」
桜の声は、慌ただしさの中にも明るさが弾ける、茶色いパーマの爽やか青年、学がニッコリ笑って言う
「アイスラテ、シロップ多めにしといたよ」
ハマーバックスのロゴが印刷された紙袋にアイスラテを二つ滑り込ませる






