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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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チェストの上の写真立てには、美優が産まれた時の写真を始め、美優の日々の成長が分かる数枚の写真が飾ってあった。

その写真を見つめていると朝倉先生と初めて会った時や、再会した時、助けてもらった時の事を思い出す。そして、今、朝倉先生に会えない時間をとても寂しく感じた。

大丈夫だよと言って抱きしめて貰いたい。グラグラと揺れる自分を支えて欲しかった。


携帯電話を手に取りメッセージアプリを立ち上げる。

『こんばんは。お忙しいですか?』

上手く甘えられず、気の利いた文章を送れない自分をもどかしく思いながら送信ボタンを押した。


すぐに朝倉先生から着信のコール音が鳴り、少し緊張しながら画面をタップすると朝倉先生のイケボが聞こえて来た。

『こんばんは、夏希さん』

その声にホッとする。


「こんばんは、お忙しいのに ごめんなさい」


『大丈夫だよ。ちょうど休憩していたから、どうしたの?』

と、訊ねられ何から話していいのか、一瞬言葉に詰まった。


「あの、今度何時会えますか?」


『後少しで今の仕事がひと段落するので、週末には会えますよ。夏希さんの予定は?』


週末に会えると聞いて胸が高鳴る。そして、携帯電話を持つ手にギュッと力を込め、勇気を出した。


「週末に、マネキネコのワイン飲みに行ってもいいですか?」

自分から誘うようなセリフに胸がドキドキと高鳴る。


『はい、お待ちしていますよ』

朝倉先生の声が耳をくすぐられる。


朝倉先生のお宅に週末遊びに行く約束をして、電話を切った後も、まだ心臓がドキドキしている。

耳に残る甘い声、朝倉先生を思いながらチェストの上にある写真を見つめた。



◇ ◇


朝倉先生と約束をした週末になった。

高級マンションのエントランスホールで部屋番号のパネル盤の前に立ち、緊張しながら部屋番号を入力した。

これから、朝倉先生に会うかと思うだけで、心臓がドキドキと早くなる。それを落ち着かせるように、最後に大きく深呼吸をした。

緊張しながら、呼び出しボタンを押すと、「開けたよ」と朝倉先生のイケボが聞こえ、エントランスの扉が開く。


コツコツと音のするピカピカの大理石の床を歩いていると、ココで転んだら大ケガだなと心配になってしまった。

今日は美優が起きていて、自分で歩きたいと腕の中で暴れている。こんな大理石の床で頭でも打ったらと思うと絶対に下ろせない。見た目は綺麗でも子供にとって優しくないものがある。


エレベーターの前につき『開く』のスイッチを美優に押させてあげた。ピカッとスイッチが光りドアが開いた事で、満足げなドヤ顔を見せている。

独特の浮遊感を伴い、エレベーターが動きだし、その階数に着くと扉が開く。

大きく目を開けてキョロキョロと様子を伺う美優。何にでも興味を示し自分でやりたがる美優は順調に成長している。産まれた時を思い起こすと子供の成長はアッという間だなと思った。


部屋のインターフォンも美優に押させてあげた。

ピンポーン。っと、鳴ったのに気を良くした美優が続けてピンポーン、ピンポーンと押してしまった。

まるで、私が朝倉先生を急かしている様で、自分から誘うような事を言ってしまった手前、恥ずかしさ倍増。


「美優、やめてぇ」と焦っていると笑いながら朝倉先生がドアを開けて

「お待たせ」と言って出迎えてくれた。

ご機嫌の美優が朝倉先生に抱っこをせがんで手を伸ばす。

「お姫様は、ご機嫌だね」っと朝倉先生が美優を抱き上げた。


朝倉先生の後に続いて、おじゃまします。と、上がらせてもらう。

リビングに入るとマザーズバックから保冷剤に包まれたお土産をガサゴソと取り出した。

北海道のフレッシュクリームチーズでパッケージに可愛らしい月の絵柄が描いてあるもので、ワインの付け合わせに美味しいはず。


「これ、チーズなので要冷蔵なんですが……」


「冷蔵庫、開けても大丈夫だから入れてもらってもいい?」


美優と遊ぶ朝倉先生に言われ、キッチンに入った。

システムキッチンの贅沢な作り、自分の部屋とは比べ物にならない。まあ、キッチンが良くなったからと言って料理の腕が上がったりはしないからなぁ。っと、くだらないことを考えなら一人暮らしの男性の物とは思えないほど立派な冷蔵庫を開らくとマネキネコのスパーリングワインを発見!


それだけで今後の事を意識してしまう。

手の平を自分の頬にあてると火照っているのが分かった。

火照りを冷ますかのよう、流しに向かいカランを押し上げ手を洗う。


意識し過ぎなのは、自覚していたけれど自分から誘うなんて事をしたのは、初めての経験で、意識するなと言う方が無理なのだ。


でも、浮かれてばかりでなく、朝倉先生に話しておかなければならない事もある。

リビングに戻ると楽しそうに美優と遊んでくれている朝倉先生の姿に目を細め、愛おしい二人といつまでも一緒にいたいと思った。


手放したくないなら変に隠さず、伝えて置かないと後で拗れる原因になるから 言わないと……。


「あの、翔也さん。先日お話した、美優の認知の手続きが終わりました」


朝倉先生は少し表情を曇らせ美優を見つめた。


「美優ちゃんの権利だからね。本音を言うと少し寂しいかな」


こんな時、なんて言ったらいいのか……。

返事に詰まってしまった。


「夏希さん、おいで」


朝倉先生は美優を右手で抱いて、左手を広げた。

その左手に吸い寄せられるように身を預け、朝倉先生の腕の中に納まった。

朝倉先生の胸の中に私と美優が包まれている。

多くを語らなくても 、大切にされている事が腕の温もりから伝わってきた。


「あの……。来月、美優を連れて園原の実家に行く事になりました」


朝倉先生は「そう」と言って、私を抱いている方の手に力が籠った。


「ごめんなさい」


「夏希さんが、謝ることはないよ」


「でも、先日忠告してもらったのに結局、園原の実家に行く事を決めてしまって、ごめんなさい」


「美優ちゃんにとっては、おじいちゃんおばあちゃんになるんだから仕方がないよ」


朝倉先生は言ってくれたけれど、自分がもし反対の立場だったら気が気でないだろう。

反対の腕に抱かれてご機嫌な美優を見ていると園原の両親に会わせるのは正しい事に思えるし、視線を上げて朝倉先生を見ると間違っている事に思えた。


「美優ちゃんの幸せが一番だから夏希さんは間違っていないよ。私が、夏希さんと美優ちゃんを独り占めにしたいだけだから」

と朝倉先生は、いたずらっぽく笑った。

名無しのヒーロー

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