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再会
「着いたわ、ここが吉田宿よ」長い町並みを眺めながら志麻がお紺に言った。
ここは東海道を江戸から数えて三十四番目の宿場である。大坂城代格の大名吉田藩の所領であり旅籠も多く賑やかな宿場町だ。
「はぁ、やっと着いた・・・」お紺が溜息混じりに応える。
「さっそく宿を探さなくっちゃね」
「でもどうすんのさ、また毒を盛られちゃたまんないよ?」
「そうね、どうせ見張られてるんだろうからどの旅籠選んでも一緒だろうし・・・そうだ、いっそご飯を食べないっていうのはどう?」
「反対!あれから何も口にしていないのよ、何か食べなきゃ死んじゃうわ!」
「冗談よ、でもどうしようかしら・・・?」
二人が途方に暮れていると後ろから声を掛けられた。
「お姉さん方、黒霧志麻さんとお紺さんじゃありませんか?」
振り返ると商家の手代風の男が立っていた。
「あ、怪しい奴・・・なんでわっちらの名前を知ってるんだい?」お紺がズイと男に迫った。「さては、毒を盛った男の仲間だね!」
お紺の剣幕にたじろいで、男は後退って両手を前に出した。
「あ、怪しい者ではありません、二川宿の廻船問屋山形屋の手代長吉と申します。今日は主人の命でお二人を迎えに参りました」手のひらをひらひらさせながら男が言った。
「そんな話、信じられるかい!だいいち山形屋なんて知らないよ!」
「お紺さん落ち着いて・・・」志麻が間に割って入る。「疑うのは話を聞いてからでも遅くないわ?」
長吉と名乗った男は志麻の方に向き直って丁寧に頭を下げた。
「主人の言いますには、二、三日内に二人連れの女衆が必ずこの宿場を通るから、お探しして手前どもの店までお連れしろと・・・」
「必ずこの宿場を通るとは限らないわよ、現に御油宿に行っていたっておかしくなかったんだもの?」
「はい、先の御油宿にも手前の白須賀宿にも人を遣っております。伊勢に向かっている限りいずれかの宿できっと見つかると」
「何故伊勢に向かっていると知っているの?」
「そ、それは一刀斎様が・・・」
「一刀斎!」お紺が素っ頓狂な声を上げた。
「一刀斎がいるの?」志麻が訊いた。
「はい、なんでも船の中で斬り合いをして怪我をなされたとかで、今手前どもの店で養生していらっしゃいます」
「一刀斎が怪我・・・お紺さん、あの夢は正夢だったのね!」
「た、確かに・・・」
「一刀斎の怪我の具合は!」お紺が気負い込んで訊いた。
「もう、杖なしで立てるくらいには・・・」
「ああ良かった、無事なのね!」
「はい、お元気にしていらっしゃいます」
「すぐに連れてって!」
「は、はい、ですから先ほどから・・・」
「言い訳はいいわ、さ、行きましょう!」
お紺はさっさと先に立って歩き出した。
「い、いえそっちではありません、店は二川宿にありますので・・・」
「先に言いなさいよ!」お紺は苛立たしげに長吉を睨んだ。
「まぁまぁお紺さん落ち着いて、一刀斎が無事なら急ぐ事はないわ、黙って長吉さんに着いて行きましょう」
志麻に諌められてお紺はホッと息を吐いた。
「そ、それもそうね・・・いやだ私取り乱しちゃって・・・」
「お紺さんが取り乱さなかったら私が取り乱していたかもね」
「お二人とも、二川までは一里二十町、ゆっくり行っても一刻も掛かりません」
長吉が慰めるように言うとお紺が素直に謝った。
「長吉さんごめん、一刀斎がお世話になってるのに私ったら勝手な事を・・・」
「いや、いいんですよ・・・ではさっそく参りましょうか」
長吉に促されて二人は二川に向けて東海道を引き返し始めた。
*******
「旦那、何を見ておいでです?」
離れの座敷に現れて、伊兵衛が敷居側で膝を畳んだ。なんとか歩けるくらいにまで回復したが、一刀斎はまだ床上げ出来ずにいる。
「なに、庭の築山を眺めていたんだ、もうすっかり紅葉しているな」
「はい、今年は冷え込みがキツう御座いましたから」
伊兵衛も庭に目を移した。
「志麻とお紺はうまく見つかるだろうか?」伊兵衛を見つめて一刀斎が訊いた。
「心配ありません、そろそろ迎えにやった者たちが帰ってくる頃でございます・・・それよりも」
「なんだ?」
「賭場の利権で争っていたヤクザの親分が死んだそうです、なんでも毒を盛られたとか・・・」
「なに、毒だぁ?」
「死んだのは御油宿の唐草一家の親分で、殺ったのは白須賀宿の堂本一家らしいのです。これで堂本一家は賭場の利権を独り占め出来る」
「戦う相手が一組減ったと言う事かい?」
「はい、ですが唐草一家がいる間は堂本一家も迂闊に二川宿には手を出せませんでしたが、これで堂々と乗り込んで来れると言うことです」
「唐草一家の親分は毒で死んだと言ってたな?」
「さようで・・・」
「小猿が堂本一家に潜り込んだって訳か」
「その可能性は大きい」
「いよいよ本格的な戦いが始まるって事だな」
「はい・・・」
その時、濡れ縁を伝って大番頭の吉兵衛がやって来て、板の間に手をついた。
「お連れ様がお着きです」
「おお、うまく会えたのだな?」
「手代の長吉が吉田宿で行き会うたようです」山形屋で長く大番頭を務める吉兵衛は、貫禄かんめのある声で言った。
「すまねぇな、迷惑かけちまって」一刀斎が頭を下げた。
「いえ、どうと言う事はございません」
そう言うと吉兵衛は濡れ縁を引き返して行った。
入れ違いに手代の長吉に案内されて志麻とお紺が入って来た。
「おう、志麻、お紺、久しぶりだなぁ」
「一刀斎、なんであんたがこんな所に!」お紺が咎めるように言った。
「なんでとはご挨拶だな、俺ぁ大和屋の放った刺客を追って来たんだ。船の上で一人は斬ったがもう一人の奴に逃げられちまった、そいつに毒矢でやられてこの体たらくよ」
「毒矢って・・・」
「まぁまぁお紺さん、訳は後でゆっくり聞くとしてまずは御亭主にご挨拶しましょう」
「あら、そうだった」
二人は伊兵衛の前で膝を折ると畳に手をついた。
「この度は、一刀斎が大変お世話になりました」志麻が頭を下げた。
「おいおい、なんだか保護者みてぇな言い方だなぁ・・・」
「一刀斎、あんた黙ってな!」
「おい!お紺まで俺を子供扱いすんのか!」
「当たり前だろ!志麻ちゃんとわっちがどれだけ心配したと思ってるんだい!」
「け、けどよぅ、ありゃお前ぇたちを助けようとして・・・」
「一刀斎の旦那、あんた幸せ者だねぇ、美女二人にこんなに心配して貰えるなんて」
伊兵衛が笑いを噛み殺している。
「お二人さん、お礼はもうそのくらいにして。こっちだって一刀斎の旦那には厄介事を頼んでるんだ、それでおあいこって事でいいじゃありませんか?」
「厄介事?」
「まぁ、それはおいおい・・・御三方で積もる話もおありでしょうから、私はこれで失礼しますよ」伊兵衛が立ち上がった。「後で晩飯を用意しますから召し上がってください」
「そりゃ助かります、毒を盛られそうになって昼から何も食べていないんですよぅ」
「毒・・・?」伊兵衛の目が鋭く光った。
「はい、姫街道の茶屋で・・・」
「おっと、その話は晩飯の時に伺いやしょう、お姉さん方には暫くうちにご逗留願うことになるかもしれませんから・・・では後ほど」
伊兵衛が座敷を出て行くと、志麻が一刀斎に詰め寄った。
「一刀斎、事の経緯を話てくんない?」
「おお、分かった、どっから話そうか?」
「私の手紙を受け取ったところから」
「よし・・・まずお前ぇの手紙を受け取った後、俺たちは銀次に大和屋の探索を頼んだ・・・」
それから半刻ほどの間、一刀斎は事細かに大和屋との戦いを話した。