テラーノベル
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二日目も、日下部は来なかった。
理由は、やはり誰も言わない。
担任すら、それに触れない。
ただ、机がぽつんと空いているだけで、誰も気にしていないようだった。
教室の空気は、昨日よりも軽かった。
それが何を意味するのか──遥には、もう嫌というほどわかっていた。
「……あのさぁ、普通に無理なんだけど」
最初に言ったのは女子の一人だった。
声は大きくないが、明確に“誰かに聞かせる”トーンだった。
「なにが?」
隣の女子が、興味のなさそうなふりで返す。
「いや、ほら、あの目」
「目?」
「こっち見てないのに、見てくる感じ。……なんか、ゾッとしない?」
「わかる。前から思ってたけど、あの目さ──自分だけが悲劇の主人公です、みたいな?」
「てか、まじで気持ち悪い。ああいう奴に同情するのって、ダメなやつだよね」
笑いはなかった。
淡々としていて、冗談っぽさもない。
まるで「問題点の指摘」をしているかのように、冷静に、当たり前の声で、遥を語る。
蓮司は、それを教室の隅で聞いていた。
特に何も言わず、ただ頬杖をついたまま。
しかし、目だけは女子たちを捉えていた。
(……よし)
心の中で、そう呟いたかもしれない。
彼は“扇動”しない。
ただ、“きっかけ”を置くだけだ。
前の日の「忠告」、
何気ない男子への「目撃談」、
そのどれもが、今日の女子のこの口撃を導くための“下地”だった。
「たぶんさ、日下部もそういうとこ無理だったんじゃない? ほら、前にさ……」
「あー、あの昇降口のとき? ヤバかったらしいじゃん。泣いてたとか」
「てかあれ、演技でしょ。どうせ“かわいそうな自分”演じて、気を引こうとしたんじゃないの?」
「うわ……キツ……」
遥の席の周辺で、女子の声が柔らかく広がっていく。
悪意を押しつけるような声ではない。
むしろ、誰かの行動に“正当な疑問”を投げかけているような口調。
だが、その実──
遥の存在は、教室の「倫理的異物」にされていく。
蓮司は、ゆっくりと立ち上がった。
何をするでもなく、ただ窓の方へ歩いていき、何気ないふうに遥の近くで立ち止まる。
「……あんま気にすんなよ」
小さな声で、遥の耳元にだけ届く距離で呟く。
遥は振り向かなかった。
「……気にしてない」
声になっていたかどうかも、わからない。
口の中に残った言葉は、ただ鉄の味と一緒に飲み込まれた。
「そっか」
蓮司はそれだけ言って、何事もなかったように自分の席へ戻っていった。
まるで何の関係もないように。
──そうやって、誰も手を下さずに、
遥の皮膚の内側にだけ、傷が増えていった。
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