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「――アック様っ! アック様~!! 起きて下さいっ! もしも~し」
ルティからの必死な声かけが耳元に届く。確かおれはシーニャの膝の上で抱き締められてそのまま落ちたはず。
シーニャの献身を受けたと言っても間違いじゃないが、今度はルティか。そう思っていると、ルティの他にも声が聞こえてくる。
「獣人は力の加減を知らぬのだな! 我が膝を貸す場合は、もっと――」
「オマエは黙れなのだ。オマエに聞いていないのだ!!」
「今からこんなことでは先が思いやられますわね。エルフのあなた、回復が使えませんの?」
「我がそう使える者に見えるか?」
「ウニャ! シーニャがやるのだ。エルフもお前もアックから離れろなのだ!!」
どうやらシーニャはもちろん、ミルシェとサンフィアも近くにいるようだ。全員揃っているということは、既に朝になってしまったか?
シーニャの力で意識を落とされたが痛みは無く、むしろ力が溢れている感じを受けている。もしかするとこれもイスティの名を授けたことによる恩恵なのかもしれない。
「……うぅん~」
「アック、起きたのだ?」
「……フン、獣人のくせにやるではないか」
「シーニャ、アックのシーニャなのだ!」
そろそろ起きないとケンカが勃発しそうだ。
寝かせられた場所はこぶし亭では無く、外のどこかで、しかも葉の上に置かれていた。ルティの声が聞こえてこないが、小走りな足音が聞こえている。足音を探る限り、寝起きざまに何かを口に突っ込んでくるような――そんな勢いだ。
ルティのことはともかく、とりあえず上半身を起こす。するとすぐ間近にシーニャの顔があった。
「……シーニャ、ずっと傍にいたのか?」
「ウニャ! アック、回復したのだ。シーニャ、力をもらったのだ!」
やはり名を与えた効果が早くも表れていたらしい。それにしてもシーニャの顔のヒゲやら何やらが顔に触れていて、何ともこそばゆい状態だ。
「アック様ーーーー!! さささ、グイグイグイグイっと!!」
そんなことを思っていたら、次はルティの顔がすぐ近くにあった。これは覚悟を決めるしかない。
「こ、来いっ!」
「喜んでーー!」
「うぶぶぶぶ……んごっ、んぐっ……」
覚悟はしていたが、ルティが流し込んできた得体の知れない飲み物は想像以上に甘かった。もはやこれが料理なのか錬金術によるものなのか不明だ。
この飲み物によって変わったスキルが得られるかと思っていたが、飲んでいる最中にどこからともなく謎の声が聞こえてきた。
(アック・イスティさん、お強くなられたようですので、村への立ち入りを認めますねっ! ルティちゃんと来てくださいよ? 約束ですよ!)
「――な、何!? どこかで聞いたことのある声だけど、村? 村ってどこの――」
「え? アック様? さっきから何をぶつぶつと独り言を? わたしは目の前にいますよ!」
ルティに似た声が頭の中に響いてきたかと思いきや、目の前でルティが一所懸命に話しかけている。もしかしなくても死ぬ間際の謎の声という奴か?
まさかルティに飲まされたのは猛毒性のある飲み物なのでは。
「ウゥ……ドワーフの作るものは危険すぎるのだ。今すぐアックを回復するのだ」
「本当に危険すぎますわね。あの頃を思い出すと、身の毛がよだって仕方ありませんわ……」
シーニャもミルシェもルティの料理にはトラウマがあるから仕方が無いか。当のルティはおれに飲ませまくった瓶をがちゃがちゃとまとめて片付けている。
それにしても頭の中で聞こえた声は決して幻聴なんかでは無さそうなんだが、何だったんだ?
「おい、貴様! 我が傍にいながらにして、幻を味わっていたな?」
「――ん? 幻? 味わうって……」
「我には分かる。我は幻惑魔法が使えるのだからな! あの娘から何を飲まされたのか、言え!」
「そんなこと言われてもな。サンフィアは、あれが何なのか分かるのか?」
「見くびるな! ならば、我を同行させろ! 我なら貴様の助けが可能だ」
サンフィアは元から連れて行くつもりではあるが、あの声を聞いた限りでは恐らく――。
「あぁ、そうだ。ルティ!」
サンフィアが言った幻のこととあの声のことが気になった。ここであれこれ悩むよりもルティに聞いた方が手っ取り早い。大きめの樽で洗い物をしているのを中断させてしまうが、彼女に聞くことにする。
「はいっ! アック様、わたしをお呼びですか?」
「忙しそうにしているところ悪いが、話があるからこっちへ来てくれ」
「は、話……わ、分かりましたっ!!」
慌てた様子を見せているが、何かやらかしたのか?
「貴様! アック!! 我なら答えが分かっているのだぞ? それを何故あの娘に聞こうとしている?」
「幻のことなら確かにそうだな。でも、あの声はルティの関係者だ。だから落ち着け、サンフィア」
「……フィアと呼べ。たわけめ」
誰よりもやる気を見せているのはいいことだ。しかし彼女の活躍を見るのはまだ先のことになるはず。その為にも落ち着かせなければ。
「えっほ、えっほ……お、お待たせしましたっ!」
「ルティシア・テクス。お前に聞きたいことがある」
「ご、ごめんなさぁぁい!!」
作った物の失敗に怒ったかと思ったのか、ルティが勢いよく滑り込んでいきなり謝り出した。
「へ? な、何を謝るんだ?」
「さっきアック様に飲ませたものに、大量の砂糖が入りすぎてました!! 甘すぎてごめんなさぁぁ……」
そう言われれば確かに甘かったな。
それよりも謎の声が気になって味のことを忘れてた。声のことが無ければ単なる甘い飲み物だったが。
「そうじゃない。とりあえず怒ってないから、顔を上げて」
最近ルティに泣き癖をつけてしまっているような気がする。もっと優しくしないと駄目だな。
「はひぇ? ほ、本当ですかぁ?」
「本当だ。何で怒っているかと思った?」
「アック様がわたしをきちんと呼ぶ時って大体怒る時が多いので、だからそうなのかと……」
「あ~……」
そう言えば無意識に区別して呼んでいたような。
「そ、それで、お話とは何でしょうか?」
「あ、そうだった。幻の村に覚えは無いか?」
幻の村というとそんなに数は無いはずだ。ルティならそれだけで分かるのでは。
「はぇ? それって、シーニャと流された湖村のことです?」
そっちの方を思い出すのか。
よほど二人で流されたっていう記憶の方が強いんだな。それなら分かりやすく誘導してみるか。
「そうじゃなくて、うーん……あ! 思い出した。ルティちゃんだ!」
「ル、ルティちゃん!? そ、そそそ……その呼び方でも、わたしは受け入れられます!! これからは、ぜひぜひルティちゃんと!」
「――じゃなくて! ルティのことをちゃん付けで呼ぶ人に覚えはあるか?」
「あぁ!! それでしたら、ネーヴェル村のリリーナさんですよ! 母さまのお姉さんです! リリーナさんに何か用があるんですか?」
幻霧の村ネーヴェルか。なるほど、そのことを言っていたんだな。あの時はおれの強さが足りないとかで入ることも出来なかったし拒まれていた。
しかし聞こえた声では認められたとかなんとか言っていたから、今は来てもいいというメッセージに聞こえた。そうなるとまずは、ネーヴェル村に行くのが先だろうか。
ルティがいないと行けない場所らしいし、おれも詳しい場所はよく分からない。
「そのネーヴェル村に行きたいんだが、行き方は分かるか?」
「もちろんです! 支度をしてすぐにでも行きますっ!!」
やはりそうだったか。ルティは薬師のスキルも身につくことになりそうだな。ルティだけを連れて行くというわけにもいかないし、みんなで行くか。
「あぁ、ルティ。ドワーフしか入れない村ってのは思い出したが、彼女たちも行っていいんだよな?」
「……駄目ですよ!! ルティじゃなくて、ルティちゃんじゃないですか!」
そっちの駄目……なのかよ。
「そのうち呼ぶから。とにかく、シーニャたちも行っていいってことで合ってるのか?」
「はい!」
イデアベルクからまた出かけることになるが、とりあえず幻霧の村だな。