イデアベルクからネーヴェル村へ向かうには、間欠泉の村から歩いてしか行けない。出発前にルティからそう聞かされてしまった。
「え、歩きでしか行けないのか?」
「そうなんですよ~」
ルティの話によると、空からでは霧が深すぎて村にたどり着くことが出来ないのだとか。それどころか、下手に動くと霧に呑まれてしまって抜け出せなくなるという。
ネーヴェル村へはおれとルティ、シーニャ、そしてサンフィアとミルシェの五人で行くことになった。
精霊竜であるアヴィオルはイデアベルクで留守番だ。ネーヴェル村の用が済んだらまたイデアベルクへ戻り、そこから連れて行くことにした。
そうなると後の問題はフィーサだけになる。
「さてと、部屋に戻ってフィーサを……」
「ええっ!? フィーサは駄目です!」
「ん? フィーサがどうかしたのか?」
「え、えーとですね、えーとえーと……」
フィーサはおれの部屋でずっと眠ったままだ。部屋に戻っていないので彼女がどうなったのか分からない。しかしルティが何か慌てた様子を見せている。
「フィーサはまだ眠ったままだが、連れて行くのは問題無いんだよな?」
「そ、そのぅ、ネーヴェル村は武器は駄目でして……」
以前は村に入ることすら許されなかった。しかし今回は向こうから招待されたわけだから、武器が駄目だとすると魔法だけで対応することになる。
「それも村の厳しい掟みたいな奴か?」
「そ、そうですそうです!」
ルティの慌てぶりはそれだけでは無いように思えるが、まぁいい。フィーサを置いて行くのは仕方ないとして理解。しかし武器を持てないことにサンフィアは納得していないようだ。
「――何? 槍も駄目なのか?」
「フィーサが駄目ということは、あなたが持つ槍も駄目ということになりますわね。危険は無いようですし、大人しく置いて行くべきでは?」
「気に入らぬな! ドワーフの村に行くだけなのに護身用すらも拒まれるとは……」
ミルシェもついて来てくれるから助かるが、サンフィアの自尊心の高さはこの先不安になりそうだ。
「アック、まだ着かないのだ?」
「おれも道が分からないからなぁ。ルティに頼るしかない。シーニャも不安か?」
「……ウニャ。ドワーフに頼るのが不安なのだ」
「ま、まぁ……」
そんなルティだが、蒸気が噴き出す間欠泉をものともせず豪快に進みまくっている。時間にして数時間経った辺りで、目的地に着いたことを知らせる声が聞こえてきた。
「アック様、アック様!! ネーヴェル村です! ここです、ここ!! こっちへ来てくださ~い」
ルティの声ははっきりと聞こえてくるが、辺りはすっかり濃い霧に覆われている。かろうじておれにくっついているシーニャの姿は見えるが、ミルシェとサンフィアはまるきり見えない。
「ミルシェ!! サンフィア! 村はすぐ先だ。おれの傍に来てくれ!」
「かしこまりましたわ!」
ミルシェの声は聞こえるが、サンフィアから返事がこない。しかし迂闊に動くわけにはいかないので、ひとまずルティの所に向かう。
「何も見えないのだ。ウニャ」
「ああ、そうだな。おれにしっかり掴まっているんだぞ」
「ウニャ」
シーニャはおれの腰にがっちり掴まりながら歩いている。
何せこの霧だからな。後ろの二人にもそうするべきだったかもしれない。心配する間もなく、手を振りまくるルティの姿が見えた。
「アック様!! お待ちしていましたよーー!」
「あぁ、結構かかったな」
「あれれ? シーニャやミルシェさんたちは?」
「よく見てみろ。シーニャならおれの腰に――」
シーニャの虎耳や尻尾が嬉しそうな動きを見せているがルティから見えない腰の位置にいるうえ、中々おれから離れようとしない。村に入るのに急いでもいないので、しばらくそのままにしておくことにした。
「アックさま!! 大変ですわ!」
ルティに気付かせようと思っていたら、追い付いて来たミルシェが声を張り上げている。
何かあったか?
「あっ! ミルシェさん!! あれ? サンフィアさんは?」
「だから、これからそれをアックさまに言うのですわ! あなたは少し落ち着くべきですわ」
「そ、そうでした」
全く何をやってるんだか。ルティは嬉しさを露わにしているが、かなり落ち着きがない。ミルシェは焦りを見せていて、ルティの相手をするどころじゃなさそうだ。
「どうした? サンフィアは一緒じゃなかったのか?」
「ええ。途中までは確かにいましたわ。ですけれど、霧でお互いが見えなくなったと思ったらいなくなっていました。声も聞こえ無くて、一体どこへ行ったのか……」
「いなくなった? どこに行ったんだ……」