テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……こう言うことだ」
熱っぽい瞳で私を見つめながら突然近づいてくる端正な顔に驚いて
反射的にぎゅっと瞼を閉じると
その直後、感じたものは柔らかい感触だった。
唇に触れた柔らかな感触は、まるで羽根のように軽かくて。
けれどその瞬間、心臓が破裂するのではないかと思うほどの激しい鼓動が胸を打ち鳴らした。
(これ……キス……されてる……!)
頭の中が真っ白になる。
アイン様の温もりが直接伝わってくる。
彼の少し冷たい唇が、私の乾いた唇を優しく食むように動く。
それはごく軽い接触に過ぎないのに、全身の神経がそこに集中しているかのように敏感になった。
目を固く瞑った瞼の裏に、火花が散るようにチカチカと光が舞う。
鼻先が触れ合うたびに微かに漂うアイン様の香水の香り───
爽やかな木々のような匂いに混ざる、ほんのわずかな汗の匂い。
それが妙に生々しくて、さらに羞恥心を煽る。
(こんなの……ダメなんじゃ……!?いいの…?!)
理性が叫ぶ。
公爵であるアイン様と、平民上がりの私。
許されるわけがないと分かっているのに、本能はもっと触れてほしいと訴えかけてくる。
指先まで熱を持ち、爪の先がピクリと反応してしまう。
心臓の音が自分のものだと信じられないくらい大きく響いていて
きっとアイン様にも聞こえてしまうんじゃないかと怖くなった。
どれくらいそうしていたんだろう。
永遠のように長く感じたその時間は、実際にはほんの数秒のことだったのかもしれない。
名残惜しげにゆっくりと離れていった熱が恋しいと思った自分に気づいて、私は愕然とした。
目を開けてそっと見上げれば
そこには薄暗がりの中でさえ輝くほど整ったアイン様の顔があった。
さっきまでの激情を秘めた瞳はどこにもなく
代わりに蕩けるような甘さを宿した琥珀色の瞳がじっと私を捉えて離さない。
「あ、アイン様…?これも…演技の一環……でしょうか」
正直、演技だと言ってくれた方が良かった。
だけど
「……いや。今のは、演技じゃない」
掠れた低い声で呟いたアイン様の言葉には後悔の色などまったくない。
むしろ満足げでさえあった。
その自信に満ちた態度がまた一段と私の思考回路をショートさせる。
「あ…あの……わ……わたし…っ」
何か言おうとしても言葉にならない。
舌が縺れる。
頬が熱すぎて今にも火傷しそうだ。
視線を合わせることさえ出来なくて俯けば
「……悪い、やっぱり…今のは忘れてくれ」
と耳元で囁かれ、そのまま優しく肩を抱き寄せられる。
「だが一つだけ覚えておいてくれ。君を手放すつもりはないということだけは……」
アイン様の言葉が耳朶を撫でていく。
その深い声の響きが身体の芯まで染み渡っていくようで
(もう……どうしたらいいの……!?)
爆発寸前のドキドキを抱えたまま
私はアイン様の腕の中で小さく震えることしかできなかった。
夜風が吹く中
私たちを包み込む甘くて苦い空気だけが色濃くなっていくばかりだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!