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【現実世界・都内/合同会議室】
薄い蛍光灯の光が、長机の列を無機質に照らしていた。
壁一面のモニターには、ニュース映像、衛星写真、防犯カメラの静止画がタイル状に並んでいる。
「――赤錆埠頭の件だ」
スーツ姿の男がリモコンを押すと、画面の一つが拡大された。
夜の埠頭。黒い影。崩れ落ちるように歪むシャッター。 そして、火災報知器の赤い点滅。
「出火原因は未解明。
監視カメラには“光のノイズ”と、不自然な影の動き。
現場の警備員は『見たことのない揺れ方だった』と証言しています」
部屋の奥で、ひときわ静かな男が腕を組んだ。
ネクタイもワイシャツも普通。
だが目だけが、ガラス越しにターゲットを射抜く狙撃手みたいに鋭い。
城ヶ峰(しろがみね)。
内閣直轄の情報調査室――その中でも、
「クロスゲート関連事件」を長く追ってきた担当官だ。
別の画面に切り替わる。
旧クロスゲート本社ビルの地下フロア図。
赤くマーキングされた一点。
「こっちは旧本社地下B2。
昨夜、通常は動かないはずの制御系が一度だけ起動。
【GATE SYNC】という、意味不明なログが残っています」
ざわ、と小さなざわめき。
「“ゲート”……またか」
「事故じゃなく、誰かが操作した可能性は?」
質問に、資料担当の若い職員が答える。
「搬入口側のシャッター近くに、侵入反応。
監視カメラの映像、こちらです」
画面には、ノイズまじりの映像が映る。
フェンスの隙間から滑り込む三つの影。
中学生くらいの女の子と、高校生くらいの少年。
その後ろに、スーツ姿の男。
少年の輪郭は、ノイズと逆光に隠れている。
だが――にぎりしめた何かが、微かに光った。
城ヶ峰は、椅子に浅く腰掛けたまま目を細めた。
「……この子だな」
「え?」
「映像のノイズが一番強く出てるのは、この少年の周辺だ。
シャッターが歪んで見えるのも、ここだけだろ」
操作担当が慌てて別アングルを出す。
暗視カメラの映像で、少年の胸元が一瞬だけ光る。
ペンダントのようなものが揺れ、その瞬間だけ、画面全体がブレる。
「……“鍵”だ」
誰かが小さく呟いたが、城ヶ峰は反応しない。
城ヶ峰は、別のファイルをぱらりとめくる。
そこには、数年前のクロスゲート関連資料に、
《フリージャーナリスト・木崎》の名前が小さく書き込まれている。
(……また、木崎の名前か)
城ヶ峰は、心の中だけでそう呟いた。
――クロスゲート・テクノロジーズ社員失踪事件。
――同時期、木崎とは別の“個人的に調査していた男”が一人、消息不明。
男の名前の欄には、丁寧に黒線が引かれている。
だが、家族構成の欄にはかすかに読み取れる文字が残っていた。
《長男 一名》
(雲賀……だったか)
ぼんやりとした記憶。
クロスゲートを追っていた“民間の調査者”の苗字。
その男の写真は、資料から削られている。
城ヶ峰は、モニターの中の少年を見つめる。
「……似ている気がするな。目の雰囲気が」
囁くような声は、誰にも拾われない。
「城ヶ峰さん?」
呼びかけに、彼は正面に向き直った。
「この三人の顔、可能な範囲で解析してくれ。
防犯カメラ、街のライブカメラ、周辺タクシーのドライブレコーダー。
“赤錆埠頭”周辺でつながる行動パターンがあるはずだ」
「身元特定まで持っていきますか?」
「まだいい。
今は“輪郭”だけでいい。
名前を貼るのは、もう少し後だ」
「了解です」
モニターに映る三人のシルエット。
少年、少女、スーツの男。
その背後の夜の闇に、薄く何かが“二重写し”になっている――
そんな錯覚が、城ヶ峰の目から離れなかった。
(クロスゲート。
“ゲートシンク”……
そして、行方不明者五名のリスト)
彼の机の端には、別のファイルがある。
機密扱いの、医療機関の名が並んだ一覧。
昏睡状態で保管されている“特定患者”。
その中に、クロスゲート元社員の名前も混じっていた。
「……繋がりそうだな」
ごく小さな声で、城ヶ峰は呟いた。
画面の片隅に、ニューステロップが流れる。
《海沿い倉庫街で小規模な火災 原因は調査中》
《一部の監視映像に“異常なノイズ”――機器故障か》
城ヶ峰は、そっとペンを置いた。
「――“見張り”を始めよう」
その一言で、会議室の空気が変わる。
まだ逮捕も捜索も命じない。
ただ、静かに――彼らの日常を追い始めるだけだ。
◆ ◆ ◆
【現実世界・木崎の倉庫 その頃】
倉庫のシャッターは半分だけ閉じられ、
朝の光が細い線になって差し込んでいた。
「……監視、つくだろうな」
木崎が窓の隙間から外を見つめながら言った。
遠くの通りを走るパトカー。
空を回るヘリの音が、かすかに聞こえる。
「昨日のあれだけ騒がせて、
“何もありませんでした”で済むわけがない」
ハレルはケースの前に座ったまま、頷いた。
「じゃあ……ここも、見つかりますか」
「すぐには来ないさ。
あっちも“何が起きたか”わからない。
だからまず、嗅ぎまわる」
サキが、こくりと喉を鳴らした。
「じゃあ……私たちも、見張られてる?」
「たぶんな」
木崎はあっさり認める。
「だから、学校もバイトも、いつも通り行け。
変に消えると、逆に目立つ」
「いつも通り……」
ハレルは、自分の手のひらを見る。
その内側に、さっきまでユナの声が残っている気がした。
(“いつも通り”って何だろう。
コアを抱えて、境界が穴だらけになりかけてる世界で)
それでも、行くしかない。
普通の生活を保ちながら、その裏で“次の場所”を探す。
それが、今できる最大限のバランスだ。
木崎が振り返る。
「ケースの管理は、基本ここで俺がやる。
ハレル、お前は学校。サキは……」
「サキも学校行くよ」
サキが強く言った。
「サボったら、お母さんに絶対バレるし」
「そうだな。
――ただ、何かあったらすぐ連絡しろ。
妙な人に話しかけられたとか、後をつけられた気がしたとか」
ハレルは頷き、もう一度ケースを見下ろした。
(こっちは“見張られる側”になってる。
でも同時に――“見張る側”にも回らないと)
コアを狙ってくる相手。
クロスゲートの残骸を漁る連中。
そして、カシウス。
全部を見据えるには、まだ情報が足りなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/会議室】
石造りの会議室に、紙と魔術スクリーンが混在する奇妙な光景が広がっていた。
長机の上には地図。壁には境界薄点の投影。
窓の外には、王都の塔と屋根。
アデルは、前方の席に立っていた。
左腕の黒銀の腕輪が、袖の下で静かに光を吸い込んでいる。
「――以上が、封印領域《ミラージュ・ホロウ》での報告です」
簡潔にまとめた口調。
黒霧、黒ローブ三人、心臓室、そして記録核(コア)。
それらを救出し、現実側の観測者と連携して退避したこと。
卓の向こう側には、王国警備局の上層部数名。
加えて、魔術庁の高官が一人。
皆、難しい顔で報告書と投影を睨んでいる。
「……黒霧は、“境界そのもの”に干渉する性質だな?」
魔術庁の男が問う。
「はい。
物理的な障壁より、“座標の固定”を優先して狙ってきます。
捕縛術式だけでは抜けられる。
杭と鍵……“観測側の装置”を併用しないと、封じ切れません」
アデルの隣で、ノノがこくこく頷く。
「えっと……数値で言うと、
単純な防御だけだと“抜け確率”が七割を超えます。
でも、今回みたいに座標固定と合わせれば、
侵入と脱出のコントロールは……ギリギリ、人間側が握れる」
上層部の一人が目を細めた。
「“ギリギリ”というのは心許ないな」
ノノは、肩をすくめつつも真顔だ。
「でも、何もしなければ“全部向こうの好きにされる”だけです。
それくらい、境界のほころびが広がってきてます」
会議室の空気が重くなった。
沈黙を破ったのは、警備局長だった。
「――そこで提案がある」
視線が一斉に向く。
「境界に関わる案件を一括で扱う小規模部隊を作る。
名目上は“観測保安班”。
だが実質――境界対策班だ」
アデルの背筋がわずかに伸びた。
「現場指揮はアデル。
解析・技術面はノノ・シュタイン。
必要に応じて、リオ……それに、あの異世界転移者と連携を取る」
ノノが目を丸くする。
「え、ちょ、ちょっと待ってください。
“班”って、あの……ちゃんとした班?」
「もちろんだ」
局長は淡々と言った。
「ただし――動員できる人数は限られる。
王都の治安維持、外郭防衛、他の案件もある。
境界ばかりに人を割くわけにはいかん」
机上の地図には、他にも赤い印が散っていた。
普通の魔獣被害、盗賊事件、隣国との国境問題。
世界は、境界の問題だけで動いているわけではない。
「少数精鋭でやれ、ということですね」
アデルの声は静かだった。
「そうだ。
だが、権限は渡す。
境界に関わる情報は、最優先でお前たちに集める。
……その代わり、失敗は許されん」
ノノが小さく息を呑む。
「プレッシャー、重い……」
「重いだけの事態だ」
局長は立ち上がった。
「カシウスは、“次の場”を準備している。
だが、我々も傍観はしない。
お前たちの班を、前線に置く」
アデルは一礼した。
「――拝命します」
言葉は短いが、その背筋には迷いがない。
リオは会議室の隅でそれを聞きながら、
自分の右腕輪にそっと触れた。
(ユナの体は、この国の医療棟。
意識は、あっちの世界の“ケースの中”。
その両方を、カシウスはきっと見ている)
見張る側と、嗅ぎつける側。
そのどちらにも、今、自分たちは追われている。
だが――同時に、自分たちもまた“探している側”だ。
「ノノ」
会議が一段落したところで、リオが声をかけた。
「さっき言ってた“共振してる座標”、
もう少し絞り込めそうか?」
ノノはスクリーンを振り返る。
「時間をもらえれば。
ただ……向こうも“こちらを見てる”前提で計算し直さなきゃね」
アデルも、地図を見つめた。
「こちらも同じだ。
見張られていることを前提に、動き方を決める」
会議室の窓の外で、王都の鐘が鳴った。
ユナの“帰る場所”。
五つのコアの“器の座標”。
そして、それを狙う目と、それを守ろうとする目――
世界は、少しずつ、
「誰が誰を見ているのか」がわからないほど、複雑に絡まり始めていた。