テラーノベル
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鳥のさえずりと身体の痛さで目が覚めた。
目を開けるとまだ深い眠りにはいっているオスカーがみえた、彼の腕をたどると俺の腹らへんにあった。
なぜ体が痛いのかすぐにわかった、寝相が悪いと聞いていたがこんなピンポイントに殴られるものだろうか。
時間を確認してまだ寝ていられるなと静かにオスカーの腕を動かして二度寝をしようとした。
寝返りをうち、セトの寝ているはずであるベットを見るとそこには誰もいなかった。
もう起きたのだろうか、だとしたら相当な早起きの者だ。
だが、俺も故郷ではこれくらいの早さで起きていたであろう。
俺の父は有名ではなかったが一人の医者であった、その父からお前も医者になるんだと言われて共に現場に向かったり病室を観察させてもらったものだ。
そのせいか朝はとても早かった、無理やり起こされ仕事を始める姿を観察さてもらう……こんなこと考えてる暇はないんだった、とりあえずセトを探そう。
少し重い身体を半ば強引に起こしセトがいそうな場所を探した、トイレだったらすぐに戻ってくるであろうから違うだろう、朝風呂に入る体質だったりするのかと風呂場も覗いたがいなかった。
あといるとすれば図書館とか裏庭であろうか。
小説を読んでいたし図書館かなと思い歩いていった。
寝起きだからか足取りはまだ重い、しかし彼が何をしているかのほうが気になるからか嫌でも身体は動いた。
「うおっ、広いな……」
入って最初の言葉がこれであった。
故郷にあった図書館は図書館とはいえず古本屋と同程度な大きさであったが、ここは全く違う。
見渡す限りに本棚がありその中にぎっしりと書物が包まれている、中身を探ると昔のものから最新のものまで、世のすべての書物がここにはあるのではないかと思わせるくらい完璧であった。
「セトはいるかな」
椅子と机のある場所へと足を踏み入れた。
するとそこには静かに本を読んでいたセトがいた。
彼は本当に本を読むのが好きなのだろう、一人でこんな早朝から黙々と読んでいる姿を見ると心からそう思った。
「セト、こんなところにいたんだ」
「あっ、アラド、起きたんだ、おはよう」
邪魔かなと思ったが普通に話してくれた。
「おう、おはよう」
「オスカーは?」
「ぐっすりしてるよ」
だろうね、セトは微笑した。
「セトは本を読むの本当に好きなんだな」
「昨日もいった気がするんだけど」
「でもこんな朝早くから読んでるのを見たら誰でも言いたくなると思うぜ」
どうやらセトにとってはこれが日課らしい、朝から本を読むのはなぜだか落ち着くとか。
俺も故郷では父のせいて朝が早かったことを伝えた、そうするとセトは俺の父が医者であることに一番驚いていた。
それに俺は少し笑みを浮かべた、こうやって他愛もない会話をしていた。
邪魔になるかなと思ったが彼は楽しそうに話していたのでいいのかなと思い二人で話し続けた。
いつの間にか起床時間になり授業が始まる時間の10分ほど前になっていた。
「そろそろ戻ろう」
セトがそう提案した、もちろん俺はそれに賛成した。
「なぁーこれからは俺も誘ってくれよ」
「えっなんで?」
「ダメか?」
「いや、全然いいけどさ」
「一人は少し寂しいかなぁとな、俺も本を読むのはそこそこ好きだしよ、それに、共通の趣味を持ってるやつがいたら嬉しいだろ?」
その発言にセトはわかった、といった。
顔をみると彼は微笑んでいた、自分の趣味を理解してくれるのが嬉しかったのであろうか。
あと、一人は寂しい、も多分図星だろう。
俺も故郷では本を読む趣味を持つものが自分くらいしかいなく、一人寂しく読書をしていたのを覚えている。
「ていうか、さっきから気になってたんだけど」
廊下を歩いている途中、セトから話しかけてきた。
「ん?なんだ?」
「少し傷ついてるけど大丈夫?」
「あー、これは……」
寝相の悪いオスカーに寝ている間、何度も殴られたことを伝えた、するとセトは。
「本当にあいつの隣じゃなくてよかった」
とお前こっちの心配をしてくれてるのではなかったのかよという発言をしてきやがった。
とはいえ、セトは少し細身な身体をしている、俺だったから対して痛みはなかったもののセトだと俺以上の傷がついていたことだろう、そう考えたらまだよかったのであろうか。
自室に戻るとオスカーは既に起きて準備をしていた。
かという自分は顔も洗わずセトを探しに行っていたため何一つ準備をしていない。
あと五分ほどだというのに洗面所で顔を洗い前半の時間である座学の準備をする、後半の授業は外で剣術または魔術の訓練だ。
朝食をとる時間もなく俺は講堂へ向かう、二人は遅れるなよと先に行ってしまった、友達なら待ってくれたってよくないか?
今日から本格的にここでの生活が始まる、俺は大丈夫であろうか。
今更、後悔という感情が出てきた、何の才能もない自分が、ましてや剣術と魔術どちらも苦手であり筆記試験だってそこまでいい点数ではないのに。
それなのに何故、自分がここにいるのであろうか?
周りはみんな何かしらの才能を持っているのだろう、その中に何も取り柄のない自分、場違いでしかないのだ。
母さんの言っていることはやはり正しかったのかもしれない…………。
「アラド君、さっきからボーっとしてますがちゃんと聞いてますか?」
その声にはっとした、慌てて。
「すんません!」
という。人がみてわかるほど俺はボーっとしておたのだろうか。
「座学ですから暇になるのはわかりますけど、聞いてくれないと私が悲しいのできいてくださいね」
明らかに目線は爆睡しているオスカーに向かっているな、あれ。
「どうしたの?考え事?」
隣に座っているセトが耳打ちしてくる。
「ああ、少しな」
授業時間は九時から昼の十二時ほどまで、そこからは昼休憩を挟み午後の訓練を開始する。
入学生は毎年少ないからかクラスの振り分けなどなく身分関係なく全員が一部屋に集まる、だからニルなどの貴族もいる。
授業中にはどんなときでも質問はしてよいとなっている、ていうか気持ち教官が嬉しんでるように見える。
座学の教官はミンク教官という眼鏡をかけたおとなしめにみえる。
話としては最初は騎士とは何なのかという定義から始まった。
この世界における騎士というのは世界的秩序を守る存在である、身分としては平民以上、貴族未満である、それは国によって違うが基本的にはこれである。
騎士とはいえその中にもたくさんの振り分けがある。
王城を守る兵士、国の秩序を守る取り締まりなどを行う兵士。
それぞれの位はほとんど同じであるが王城を守る騎士たちは国から信頼されている者が集まるのだから、ひと味違う存在であろう。
「今日の授業はここまでです、今日は午後の訓練はまだ行わないのでこのあとは自由にするといいです。」
ええ、と思ったが誰よりも文句を早く言ったのは先ほどまで寝ていたオスカーであった。
「ええ!?午後の授業が一番楽しみだったのによー…………」
その言葉に覇気がなかった、相当楽しみにしていたのであろう。
季節は秋であり外に出ると涼しい風が肌に触れる。
俺は裏庭に一人すわっていた。
涼しい、とはいえこれは人間基準であり獣人にとってはまだ少し暑いと感じる涼しさだ。
獣人には体毛がある、だから熱もこもりやすい、夏になると暑さに耐えられず部屋の中で全裸になっている変態獣人はそう多くないのだ。
この学院は秋に入学が行われる、九月から十二月までが半分、そこからはホリデー期間となる。
一月の中旬から再度始まり七月まで長期休暇はない、長期休暇に入る前には必ずテストがあるため気を付けなくてはならない。
けど七月にあるテストさえ終われば1か月の休みがくるため少しは、やる気がでる。
昼食を食べる欲がなく裏庭で一人ゆっくりしていた、校舎内からは賑やかな声が聞こえる。
外ではまだ完全に落ち切ってない木々についている葉たちが触れ合う音、それだけであり静かでとても落ち着く。
時にこうして一人になりたいことがある、誰にも関わらずゆっくりとしている時間が一番といっていいほど落ち着く。
ましてや自分は劣等生なのだから、それがバレないように動くのも大変であるのだ。
「おっ、いた」
そういってこっちに向かってきてたのはオスカーだった。
口元にはソースがついていてどれだけ雑に食事をしていたのか一目でわかってしまった。
「昼飯くわねえのか?」
「うん、腹へってないしな」
作られたとわからないように微笑する。
「なんかノリがねえなあ、なんかあったのか?」
マズイ、顔に出ていたようだ。
「いや、ちょっとな」
「お前、まさか」
「え、なになに?」
すこし心臓の脈動が速くなる。返ってくる言葉はなんとなくわかるのだが。
「お前も午後の訓練がなくて落ち込んでんだろ!その気持ちすっげえわかるぜえ」
はい、百点満点の予想通りの回答ありがとうございます。
「ちげえわ!、あと、どうでもいいけど口が汚いからふけよ!」
「あー?いいだろ別に」
「あー待て待て!」
オスカーは手っ取り早く済ませるために袖でふこうとしている、綺麗な制服を汚させるわけにはいかない……!
「ハンカチ貸してやるから!袖でふくな!」
「おっ、サンキューな」
オスカーは口をふいた、俺が気にすることではないのだが、このまま袖でふいて制服が汚れてギャーギャー騒がれるよりも今ここで矯正させた方がよいだろう。
「ありがとなー」
「汚いわっ!お前にやるから洗って毎日持ち歩いとけ!」
オスカーはハンカチとかを一切持っていなかったらしく嬉しそうにありがたくもらうぜ、とそのまま去っていった。
また一人になってしまった、今からは暇という時間が無限といっていいほどある。
自分にトレーニングをするような趣味はないし、本を読むのだってセトのようにめちゃくちゃ好きというわけでもない。
絶望的にやることがなく俺は廊下をほっつき歩いていた。
しばらく歩いていると前方にウォーロック教官と鉄製の武装をしている騎士たちが何やら話をしていた。
騎士たちをよく見ると体格は細く下半身の装備には尻尾を通す穴がない、なのに見る限りに横柄な態度をとっているようにみえる。
そう、人間である。人間たちはなにやら教官に対し提案をしているように見える。
それに対し教官は怪訝そうな顔をし、拒否を示すかのように手をふっている。
(これ、今話しかけたらまずいよな…………)
そう思いしばらく隠れながら会話は聞こえないがみていた。
体感的には五分たった、すると人間は話を聞いてはくれないとようやく折れたようだ。
人間たちが去ったのを確認し俺は教官に話しかける。
「教官?何話してたんですか」
「ああ、お前か、いや、気にすることではないさ」
その発言に俺はますます知りたいと思ってしまう。
「えー?なんかやらしいことでも話してたんですか?」
悪ふざけ感覚でそう返した。
「ははっ、そんなことだったら部屋に招待してるっての」
少しノリのいい返事に驚きつつここの学院の教官はやはりおもしろいと思った。
特に予定もなく廊下を歩き回っていたことを伝えると「じゃあ俺の部屋にこい」と誘われた。
地味に日課になりかけている、ウォーロック教官との部屋での会話とこのコーヒー。
ブランドとしてはそこそこよいものであり貴族が飲むものの一歩手前であるらしい、少し苦みが強いがまろやかさが口に広がる。
はたしてコーヒーというものにまろやかさを足したらそれはコーヒーなのかと疑ってしまうが。
「でよーあいつがよー…………」
今日も今日とて聞くのは問題児生徒に対する愚痴、自分も生徒なのにいっていいものなのかとツッコンでしまいたいが言葉の節々に弱々しい感じがあるのがよくわかる、それを思うと教官は大変なのだなと思ってしまう。
コーヒーを飲みながら相手の話に適当に相槌を打つ、相手も申し訳なくなってきたのか少し沈黙があった後、別の話題になった。
「お前、大丈夫なのかよ」
「えっ、何がですか」
自分でわかってるくせによー、と何かを聞いてきた。その何かは確かにわかっている。
「俺は教官だから試験の点数くらい知ってるからなー?」
正解は、そう、明日から始まる訓練のことだ。
「うっ……やっぱそのことでしたか」
「あたりめえだろ?実技があの点数のやつが入学できてるなんて前代未聞だぜ?」
この学院は筆記より実技の方が有利だ、それが俺の受かった理由として矛盾しているのだ。
「まあ入学を決めたのは俺ではなくてミンクなんだがな」
「へえ、実技と筆記でわけて二人で考えてるかと」
「提案したがな、貴方が選択する人物は問題児率が高かったりと面倒なのでダメです、って言われちまった」
ひどいよなと共感を得ようとしにきたが、この性格をみるにそういわれても仕方がないだろと思っているのは黙っておいた。
「まっ、やばかったら俺に言えよ、特別訓練を実施してやるぜ」
「ほんとですか!いやー、嬉しいなあ!」
魔術も剣技も使えない俺には人一倍以上の努力が必要であろう、けれど教官直々に相手になってくれるのならある程度速く上達できるだろう。
「明日以降からな」
「はい!ありがとうございます!」
部屋を出る前に教官は「お前は特別だ」といっているように聞こえた。
特別、その言葉になぜか引っかかる、ここにいる生徒はみな何かしらの特別を持っている。
けれどそれが俺にはなにひとつとしてない、ただの田舎生まれである自分が何故特別なのか、俺にはわからなかった。
部屋を出たころには空色が少々黄金色になっていた、そろそろ部屋に戻らなければ。
自室に戻るとオスカーとセトはいた。
オスカーは暇になったのか寝ていてセトは相変わらず本をよんでいる。
夕食になるまでにはまだ二時間ほどある、部屋に戻るには少し早かったのかもしれない。
「セト~構ってよ~暇なんだよ~」
暇すぎてセトに対しダル絡みをする。
「無理、小説読みたいから」
その発言は完全に嫌がっているようには見えなく、喋りかけるたびに無視はせず何かしら言葉を返してくれた。
この絡みを暇な限りやっていた、後ろからちょっかいをかけていたと同時に彼の本も読んでいたのでそこそこ暇つぶしになった。
そろそろ夕食の時間、オスカーはまだ寝ていた、このまま起こさないで飯抜きにして泣かせてやろうかなと思ったが、良心が傷んだので起こすことにしたのだが。
「うわ、なにこれ」
起こそうとセトはオスカーのベットを見た、それについ言葉がでてしまったようだ。
「ん?なんだなんだ?」
俺も気になりオスカーのベットを見る。
「うわ、きったな…………。」
オスカーは気持ちよさそうにぐっすりと寝ていた………………大量のよだれをたらしながら。
別にそれなら寝相悪いで終わるのだが、彼の口元にはシーツにかからないようにとハンカチが置いてあった。
けど彼は昼間ハンカチなどのものを持っていなかったといっていた。
そう、俺のハンカチである、オスカー自身のものであるならば気にしないのだが、あげたとはいえ数時間後にこんな使われ方をされていたら誰でも嫌悪感を抱くであろう。
とりあえず起こすとしよう、と体を揺さぶったのだが一向に起きる気配はない、どうしたものかと思っているとセトは閃いた、といって部屋を出て行った。
セトが部屋を出て行ったあと、俺も何とかして起こせないかと考えを巡らせていた。
そこで出た答えは。
「やっぱここを叩くしか……」
自分の視線の方向はオスカーの分身があるところ。
ここまでして起きないのなら激痛を与えて無理やり起こすしかないと結論を勝手に出した。
いざ参る、という覚悟を持ち潰しにかかろうとしたところ。
「アラド?何しようとしてるの?」
ぎりぎりのタイミングでセトが戻ってきてしまった。
「いや、ここを潰してやろうかと」
「だ、大胆だね」
セトは右腕に肉らしき食べ物を持っていた、この匂いで起こそうと考えているみたいだ。
「じゃあ、近づけるよ?」
どこから持ってきたかわからない骨付き肉をオスカーの鼻付近に置く、すると匂いに気づいたのか彼の顔はしわを寄せて真剣に匂いを嗅ぎ始めた。
こいつ、寝てても食い物の匂いは感じるのな…………。
しかし一向に起きる気配はない、数分もたてば匂いを感じながら満足そうに再度寝始めた。
ずっと寝ているオスカーに、いい加減俺たちは起こそう、よりめんどくさいが勝っていた。
「アラド、プランBに変更……」
「了解!玉つぶしだな!」
足に力を全種中しおもいっきりオスカーのオスカーを潰しにかかった。
少しふにっとした感覚に不快感を抱いたがオスカーが動き始めたのでその感覚はすぐに消えた。
「痛ってぇぇ!?」
痛みに悶絶し、ベットでゴロゴロと動き回るオスカーを見ていた。
正直少しストレスが発散された、人の一物を破壊するのってここまで楽しいんだなっ!
「はあ、起きたしもう許してあげるか……」
そうセトがいうと少し手が光だし魔法陣が展開される。
時間がたつと悶絶していたオスカーがおとなしくなる。
「い、痛くねえ……」
回復魔法だ、しかも高度なものである。セトは魔術が上手なのかもしれない。
夕食で賑わうホールで俺たちは仲良く食べていた。
オスカーは少し不機嫌そうにご飯を食べている、痛みがすぐに消されたとはいえ痛み自体は体がしっかりと覚えている、さすがに申し訳なかったかなと思い俺のぶんの夕食を少しわけてやった。
「ったくよお……普通に起こしてくれよ……股間を踏み潰す必要ないだろ」
「いや、体をゆすっても起きなかったから、仕方ないよ」
今日の飯は鯛によくわからんソースをつけたもの、魚にソースをつけておいしくなるのかと思って口に入れたがなかなかおいしく手が進んだ。
「隣、失礼するぞ」
そういわれ振り向くとそこにいたのはどこぞのニル王子だった。
「お、おう」
「なんだその引き気味な返答は」
「いや、貴族だから別の場所で食べてるのかと思ったし、ましてや俺の隣なんて絶対嫌がりそうなのに」
「なんだ、自分の愚かさの自覚があったのか」
こいつ、なぜこうも人の嫌がるしゃべり方をすることができるんだ。才能か?
他の席が空いてなかったらしく仕方なくここを選んだ、といっていた。
変な暴動を起こしては迷惑であろうからそれ以上は踏み込まないようにしていたのだが。
「こっちは許可してやってんのになんだよその態度!」
声を荒げたのはオスカーだった、これ以上は止めたほうがよいものを。
「貴様らこそ、マナーがなってないだろう」
「そうだ!貴族であるニル様とお前らじゃ格が違うんだよ!」
さっきまで空気だった一人の狸の獣人がそう加勢する、あいつだけ明らかに話がそれている気がするが無視していいだろうか。
しばらく言葉による暴動が続いた、どちらも引き下がらない。二人とも言っていることは至極真っ当である。
人に許可されているにも関わらず横柄な態度をとるのはおかしいし。
相手が貴族なのに、食事中なのにガンガン喋ってくるのも。
どちらもマナー、人間性としてなっていないであろう、しかしどちらも自分が正しいという感情があるからかお互いの間違いに理解をしようとせず終わることがないのだ。
「なにやら騒がしいですね」
やってきたのはミンク教官だ、どうやら生徒が呼んだみたいだ。
二人は「こいつが!」と言いかけたがそれを遮るようにミンク教官は言葉を発する。
「入学初日に教えたはずですよ?喧嘩や暴動は起こさないようにって」
笑顔にみえるがこれは違う、めんどくさいんだよ二度とやるなという意思表示の圧だ。
「す、すみません」
二人は教官がきてようやく落ち着いた、ニルは「ふん」と不機嫌なのかいじけたのかわからん返事をしてその場を去っていった。
食事が終わり自室に戻る、オスカーは納得のいかなそうな顔をしている。
「貴族ってのはみんなあんなんなのかよ」
「いやさすがに違うと思うけど」
「あれはオスカーも悪いと思うよ」
オスカーを無理やり誘って二人で風呂場にきていた。本当はセトも誘ったのだが自由時間中に先に入ってしまったらしい、じゃあもう一回入ろうと誘うと「本を読むために早く入ったんだ、集中したいし僕はいいや、ごめんね」と言われてしまった。
じゃあオスカーと、と誘うと今日は対して動いてねえから入らないと言ってきた。
一人で風呂に入るのはなんだかさみしいなあと一人で向かおうとしたら。
「まさか動いてない日は入ってないの?通りで臭うんだね」
とセトが辛辣に言った。
「えっ、そんな臭うか?」
これはチャンス……。
「おう!結構臭うぜ?」
それでも入らないというのでじゃなきゃ可愛い女の子に臭いって言われても知らないぞと半ば脅しをかけたら黙ってついてきた。
風呂場には誰もいなく完全に二人だけの空間だ。
「やっぱみんな俺と考えが同じなんだよ」
とオスカーが言ったが女の子……というワードを言ったらおとなしくなった、そんなにモテたいのかよ?
「つってもここは男しかいねえんだから別に気にしなくてもよくね?」
「今からなおしとかないと後悔するかもなぁ?」
二人だけの空間であるからか彼の体をじっくり見る、よくみてみるといくつか傷があることに気づいた。
「オスカーって体に結構傷があるよな」
「あー?そうか?」
「なんかやってた?」
湯船につかりながら二人だけで話す、裸の関係でしか話せないことはときにあるのだ。
「なんだ、気になるのか?」
「そりゃあねえ」
友達が昔何をしているのかはだれでも気になる。
「これはなぁ火事のときにできたものなんだよ」
「えっ、?」
少し空気が重くなった気がした。
「俺がまだ小さい頃に家が燃えちまってな、母親も父親も俺を優先して逃がしてくれたんだが…………」
そういって過去を話し始めた。両親を助けたくて火事場に突っ込んだ、そのときにできた傷なんだとか。しかも助けることはできなかった。
「っていうことは、親御さんは……」
「ああ、もういねえよ」
「……ごめん、きいちゃ悪かったな」
「気にすんなっ!今は今で楽しめてるしな」
彼はそういってすがすがしいほどの笑いを見せた。
「よし、じゃあ仲直りのハグでも……」
「なんでだよ!?やらねえよ!」
彼は顔を赤裸々にして答える。
「えっ、ハグッってこういうときにやるものなんじゃないのかよ?」
「こんな状態でやったら…………当たるだろ」
えっ、何が当たるんだよと思って首をかしげていると、オスカーは指をさした。
その方向をみると指しているのは股間部分、確かに、と納得してやめておいた。
「ったく、もっと時と場合を考えろよな」
「わるいわるい、こういうのわかんねえんだよ」
彼の顔はまだ赤かった。俺は上がるぜ、といって去っていった。
俺的にはオスカーは普段から何も考えていない人生楽しんでる奴、と勝手に思っていたけれど、家族を失った出来事から強くなろうと決心しているのかな………………。
部屋に戻ると真っ暗になっていて二人は既に寝ていた。起こしては悪いと俺もすぐに寝ることにした。
「おやすみ、二人共」
明日からは訓練もある俺はうまくやっていけるであろうか?
この先のここの学院での生活がうまくいきますように…………。
「今日から訓練開始ですね、疲れるでしょうけど頑張ってください」
早朝からの座学はとてもではないが眠い、なぜ午前と午後の授業を入れ替えようと思わなかったのか。
今日はこの世界についてだ。
この世界には主に4つの国がある。真ん中に位置するガンダーラ帝国、東側に位置するラフール連合国、北側に位置するリストピア小国、西側に位置するボーランド公国。
南側はまだどこの国にもとられていない、自分たちで新しく作るかもしれないしどこかに吸収されるかもしれない。
南側が放置されているのは資源が乏しいためだ、そこに住む人々は燃料などの資源は他国からの輸入に頼っている。
俺は南側の村で暮らしてきた、資源が乏しいとはいえ貧しい生活を送っているわけではない。自給自足の生活は悪くない。
「そういえば、セトってどこ出身なの?」
小声で喋りかける。
「僕?僕はガンダーラだよ」
「はっ!?一番でかい国じゃん」
「声が大きいよ!そんなに驚くこと?」
ガンダーラ帝国に住めるほとんどの者は裕福な人たちである。ガンダーラ帝国は君主制だ、だから貴族が有利である、税や物価がとても高く凡人は暮らせない。しかしよいところもある、それは人間と獣人の共生ができていることだ。
ラフールは獣人のみが暮らす国である、逆にボーランドは人間が生きる国だ。
この世界は獣人と人間が激しく対立している、種族としての違いが差別をうみ、それがやがて戦争に繋がっていく。
小さな喧嘩はここまで大きくなってしまうのだ、今では戦争は終わったがそれでも対立は激しい。
事実ガンダーラは共生ができているとはいえ獣人が国王であるためか人間に対する納税量が獣人よりも何倍か多い。
身体能力は獣人の方が圧倒的だ、だから領土的にも身分的にも獣人が上だ、今は平和が続いているがいつ戦争がおきてもおかしくないといわれている。
リストピア小国は最近できた国である、元々北側諸国は西側のボーランド公国に支配されていた、しかしその公国で生活とはいえない奴隷として生きていた獣人たちが反感を起こして小さいがつくられた国だ。
あの国はどうやら文化の共生を掲げている、他の国々は人間と獣人のどちらかに偏っていたが、リストピアは積極的に人間と獣人の共生と平和を目指しているらしい。
実際、ガンダーラで暮らせなくなってきた人間がやってくることがあるらしい。
「ボーランド公国ってなんだ?」
後ろにいたオスカーが質問する。
「えっ、知らないの?めちゃくちゃ貴族が強い人間の国だよ」
「ボーランド公国は人間の国です、どうやらとても強いと噂されているらしいですね、ガンダーラも滅亡が近いとか」
教官はボーランド公国について話し始めていた。
「ふん、所詮は貧弱な人間の国、ガンダーラ帝国がすぐに潰せるだろう」
あっそういえばニルはガンダーラ帝国第三王子だった……。
ニルの視線は右のほうにいるフードを被った男のことをみていた、恐らく今の言葉は彼に対していったのだろう。
「…………人間は技術力なら獣人を超えている」
「なんだと?」
フードを被った男はそう返した、初めて彼の声を聴いた。これはまた口論が始まる予感。
「貴様、何を言いたい?獣人をバカにしたいのか?」
少しドスの効いた声で喋る、無理もない、自分の故郷をバカにされているように感じたら。
「いや、これはカイル君が言っていることが正しいと思いますよ」
カイル、というのはあの男の名前であろうか。フードで隠しきれていないところを見るとやはり人間である。
肌色の毛並みではなくスベスベとした肌、体も細くオスカーみたいな獣人が少し力をいれたらすぐに折ってしまいそうだ。
「どういうことだ、教官、説明してくれ」
喋り方的にも少し驚いた感情があるように見える。
「逆に質問しましょう、人間が力以外でどうやって国を作ったというんですか」
「ただ逃げ足がはやかっただけだろう?」
「それまで奴隷として働いてきた人間たちがいきなり国を作れると思いますか?」
「…………」
ニルは黙っていた、反論できる余地がないのだろう。確かにそうだ、なんの力も持たない人間がいきなり国をつくれるはずがない。
「ボーランド公国の貴族は元奴隷なのですよ、諸説ありますがあそこの貴族は奴隷とはいえガンダーラの貴族に一番近いところで働いていたらしいですね」
「なっ…………!?」
「しかもガンダーラで共生が行われたのはボーランドができてからだったらしいですねぇ」
「ふん、貴族が元奴隷とは、治安の悪そうな国だな」
うわっ、でたよ強がり。
「あの国は完全な君主制ですからね、ある意味治安は悪いのかもしれません」
「くんしゅせい、ってなんだ?」
「そんなことも知らないの?」
セトが辛辣に言葉を返した。仕方がない、と説明をし始めた。
「政治を行う人たちが国民の意見を反映させつつ国を動かしていくのが民主制、王や貴族が勝手に国を動かして国民は政治に参加できないのが君主制、君主制は少しでも貴族の考えに逆らったら死刑だったりするからね」
「よくわかんねえなあ」
オスカーは何度説明してもいまいち理解できなかったみたいだ。
「今日の授業はここまでにしようと思います、疲れたので。みなさん勉強熱心で私は嬉しいです、午後は外で訓練がありますので指定の時間にでるように」
早く終わったのは嬉しいのだが、疲れたという完全に自分勝手な理由でやめるのは教師という身分でいかがなものかと。
「お前らー!早く行こうぜ!」
「ちょっと、待ってよ」
オスカーは午後の授業が楽しみで仕方ないようだ。今から訓練である、今日は体術だ。
なぜ体術なのか、理由としてはシンプルに剣は危ないのである。剣技などの授業はもう少しあとなのだと。
残念なことに俺は全くといっていいほど体術も使うことができない、なので下手なことがバレないように立ち回らなくてはと思考を巡らせていたのだが。
「今日はとりあえずお前らの実力をみるぞ」
ここは地獄か?と唖然としてしまった。
順番に、実技試験の点数が似た者同士で戦いあう、防具を装着しているためある程度は安全だ。
実力検査はすぐに終わったのだが一人だけ行っていないものがいることにオスカーは気づいた。
「先生、あいつはやんなくていいんすか」
指をさした方向にはニルがいた。
「あー、あいつはやんなくてもいいんだよ……」
「え、そんなに強いのかよ!」
オスカーは目を輝かせてそういった、そして戦いたいといったのだ。
「やめておけ、こいつは本当に……」
「いいだろう、力の差を教えてやる」
おいおい、と教官はあきれながら「どうなっても知らないぞ」といって許可を出した。
「へへっ、じゃあ、行くぜ」
決闘の意思表示するかのようにあたりは静かになる、二人の間にあるのは風に揺れなびく草木の音だけ。風が強く吹いた次の瞬間、オスカーはニルの懐へと即座に移動し殴りにかかる、しかしその動きはニルによまれていた。
「あまいっ!」
ニルはその攻撃を簡単にかわし背中をみせた一瞬のスキを見逃さず背中に渾身の攻撃を与える。
「うがっ!?」
ガシャン!と何かが壊れた音がした、同時にオスカーは地面に倒れ痛みで動けなくなっていた。
「おいニルやりすぎだ!装備を壊す勢いって、お前殺す気でいっただろ!」
さっきの何かが砕けた音は装備が粉砕された音であった、幸い装備が体を守ってくれたためか骨のほうにはダメージがないようだ。
「ふん、問題ない、調整はした、それと自業自得だ俺は悪くない」
だからってっ限度があるだろとツッコミたくなったが黙っておいた。
「とりあえず、保健室に運んでおいてくれ」
「セト、手伝って」
「う、うん」
初日からアクシデントのあった実技訓練だった。
「いって……ヒリヒリするからもっと慎重にやってくれよ」
「我慢しろって、あれ、あと一歩間違えていたら骨にまでダメージ入ってたぞ」
保健室で俺とセトはオスカーの手当を行っていた。幸い防具のおかげか痣ができた程度で体の内部には全く問題はなかった。
父親の医療技術をみていたからかすぐに処置を行うことができた。こういうときだけは父にありがたみを感じる。
父がやっていたようにまずは傷をみる、見ただけではもちろんわからないので触って痛いかを調べる。
怪我人がどれくらいの力で痛いというかによって深刻さは変わってくる。
「痛い?」
少し強い力で背中を押す。
「いっだぁ!」
オスカーは痛みですぐに体をひっこめた。
「これ、骨もやられてるんじゃ?」
「いや、骨にヒビが入ったり折れてたりすると触らなくても痛みがはしるし、ここまで力をいれて痛いというなら重めな打撲だよ」
「その根拠は?」
「俺の父が医者だったからな、よく現場でみたみてたから処置の仕方とか病名とかいろいろ知ってるんだ」
「だから手際がめちゃいいのか、ちなみにどれくらいで治るかわかるのか?」
「うーん、体質によるけどオスカーなら三日くらいで痛みが完全に引くとは思う、完治には一週間くらいはかかるかもな」
これほどの打撲だと下手したら神経が損傷していたり後遺症が残ったりするのだが、オスカーの強靭な肉体がなんとか耐えたみたいだ。
「おとなしくしとけよ?下手に動いて骨折ったり後遺症が残ったりすることがあるからな」
「本当の医者みたいだな」
「そうかもな、とりあえずお大事に。なんかあったら言えよ」
俺は医者になりたくないんだがな…………。
オスカーを自室に戻らせ、ようやく自由時間になった。「暇だー!」と動けなくて何もできないことに嘆いていたがおとなしくさせないとならないため無視した。
さて、今日はどこに行こうか。
午後の訓練が始まるようになってからは大幅に自由時間が減った。正直、自由時間がありすぎても暇になるだけであったから少しありがたい。
「あっ!平民野郎!」
「いきなりなんだよ、失礼な狸だな」
「うっせえ、平民は平民だろ、あと俺にはカヌルスっていう名前があるんだよ!」
このカヌルスという狸、いつもニルにくっついている奴だ。
どうやら俺は相当嫌われているみたいだ、まあ無理もないが。
「じゃあ俺にもアラドっていう名前があるんだけど?」
「黙れ平民~」
うざい、ニルよりむかつく性格かもしれない。
とはいえこれから学院生活を共にする存在だ、友好関係はつくっておきたい。
「カヌルスっていつもニルのそばにいるけど、そんなにニルが好きなのか?」
「あー?んなもん当たり前だろ!ニル様の優しくもカリスマ性のある性格は誰もが尊敬するに決まってんだろ!」
(そうかもしれないけどお前の場合行き過ぎなんだよ……)
「ま、まあ、尊敬できる人がいるってのはいいことなんじゃないか?」
「…………お前みたいな平民に言われても嬉しくないわ!」
「なんだよ!?せっかくフォローしてやったのによ、もういいわ、じゃあな」
二度とくんなという声が聞こえた気がした。
「んっ?」
廊下を再び歩いていた、するとどこからか美しい音色が聞こえた。
誰が弾いているのであろうか気になり音源の方向へと歩き出す。
ここから聞こえるな、そう思いドアを開けた。そこは暗く座り心地のよさそうな椅子がならんでいる、その奥は明るくなっていて、でかでかとしたピアノがスポットライトであてられていた。
誰が弾いているか気になりピアノのあるほうへと歩き確認をしようとした。
「…………なぜ貴様がここにいるのだ」
「いやそれはこっちのセリフなんだけど?」
演奏者はまさかのニルであった、薄々察してはいた、貴族という身分な以上勉学だけではなく芸術も学ぶのだろう。
「でていけ、見せものではないぞ」
「いいじゃん別に~、楽器を弾くのは趣味なのか?」
「いや、どちらかといえば、やらされた、が正しいな」
「あーやっぱり?貴族って大変なんだなあ」
「ふん…………」
彼の弾く姿はただ一言、美しい。ピアノのメロディーと合わせて体が動いていく姿はプロの動きとしか言いようがない、黒ヒョウの体毛がスポットライトに反射するかのようにきらきらと輝いていた。
けどそれは全て強制されたもの、自分の意志ではなく貴族という身分で勝手に体が動くように仕向けられている、少し表現は違うが美しいものにはトゲがあるということだろう。
「今弾いてる曲はなんだ?」
「……母上が昔よく弾いてくださった曲だ」
「へえ……」
昔、じゃあ今は弾いていないのか、もしかしたら彼の母親は、もう…………そう考えるのはやめておこう。
「俺は楽器に縁がなかったな……あっそうだ!」
「拒否だ」
「まだなんもいってないぞ」
「めんどくさい提案を絶対にしてくるであろう」
「へへっ、ばれた?ひとつ弾いてほしい曲があるんだよ」
絶対に嫌だと拒否されてしまった。
「用がないんだったらとっとと帰れ」
「ったく、ほんとつれないやつ、俺はもう行くぜ」
「………………ふん」
貴族というものは意外に厳しい生活を送っているのかもしれない、身分相応の華麗さをもっておかなくてはならないのだろう。
そろそろ疲れてきたので自室に戻ろうか。
「おい、待て、あいつどこ行った」
自室に戻るとそこにいたのはセトだけであった。オスカーがいないのである、いやいや、さすがにトイレとかだろ。
と信じたいがあいつの性格的にそんなわけがない。
「なあセト、オスカーがどこに行ったか知ってるか?」
知ってるのならセトであろう。
「い、いや、知らないかな」
明らかに動揺している、これは確実に嘘をついている。
「セト、今なら許してあげるから、おとなしく言って」
「いや、本当に知らない…………」
「へえ、隠しきろうとするんだ?いいよ別に、無理やり聞くまで」
「えっ?ちょっと!?何する気!」
俺はセトを椅子からおろしベットに抵抗できないように押し倒す、おとなしくはかないのなら、こうするまでだ。
「ちょっと!?やめっ……ハハハっ!くすぐったいからぁ!」
脇腹やあごを弱く逆撫でるように指を素早く動かす。いってしまえばこちょこちょである。
セトに効くか心配だったがとても効く体質のようだ。
「やめてほしいなら薄情してよ」
「教える!教えるからぁ!とりあえずやめてぇ!」
「…………答えないとやめられないなあ……」
内心セトのこの姿をみて興奮していた。これはこいつが可愛いのが悪いよな…………。
「と、トレーニング室ぅ!」
残念なことにすぐに答えられてしまい止めなくてはならなくなった。
セトは半泣き状態だった、その顔をもう少しみていたかったのだが。今はそれよりオスカーのところにいかなくては。
「じゃあ、俺行ってくる」
「う、うん」
実はセト、尻尾が揺れていたんだけど、嬉しかったのかな?
夕方のオレンジ色の光が射すトレーニング室は実に静かであった。いや、静かであってほしかった。
部屋にはいると道具を使って筋トレをしている一人の虎獣人がいた。
「おい、オスカー」
「あー?俺は今筋トレで……って、あ、アラドぉ!?」
自分でいうのもあれだが俺は少し怒りが湧いてた。
「セトには黙ってくれって頼んどいたのに」
「そんなことでバレないと思ってたのかよ」
オスカーはとても動揺していた。いけないとわかっていてやったのだろうな。
「アラド、ちげぇんだよ」
「そこまでして力が欲しいのかよ?」
「はっ?」
「自分の身体を壊してまで、お前は強くなりたいのか?」
二人の間に沈黙が続いた、彼の顔を覗くと気持ち悲しんだ顔をしている。
オスカーは、すこしずつ話し始めた。
「両親をなくした日、俺はなんにもできなかったんだ、そんな自分が嫌だった。だから強くなろうと思ったんだ」
「……………………」
だから鍛錬を怠らなかった、これ以上自分の大切なものを失わないために。
「でもよ、今日ニルと戦ってわかった、俺はまだまだ未熟なんだって」
「で、もっと鍛えなきゃ、って?」
静かに彼は頷いた。
「…………バカじゃねえの……」
「はあ?」
「それでお前、二度と戦えない体になったらどうするんだよ!意味ねえだろ!」
「………………」
「俺の父も似たような性格をしてたんだよ……」
「…………?」
「父さんは、人を助けるのが仕事だっていって自分の命を捨てるような行動をたくさんしてきた、自分の体が限界に近いはずなのに、あの人は戦争が起きたっていって家族を置いて現場にいきやがった」
「生きて帰ってきたのかよ?」
「いや、ぼろぼろになった服と研究日誌だけが返ってきた…………だからよ、大切なものを失いたくないんだったら自分の命をまず優先してほしいんだよ」
「…………わるかった」
「わかればいいんだよ」
しばらく二人で夕焼けを見ていた。オスカーと父が似ていて、どうしても切ない気持ちになる。
「そんなに動きたいなら、少し頼みがあるんだ」
「なんだよ?」
「俺の特訓の相手をしてほしい、それなら激しい動きもしないしな」
「しゃーねぇなぁ」
「よし決まり!今からやろうぜ!」
「はあ?いまからかよ?」
それから俺らは日が暮れるまでトレーニング室で特訓した。
とはいえ体術ではあるがそれだけで充分だった。相手の動きを真似て自分もやってみる、体制や体の重心をどこに置くか、などいろいろとあり意外にも奥の深いのだなと思った。
「あー疲れたぁ…………」
汗だくになった体を地面におろす。俺はもうクタクタになったがオスカーはまだまだいけそうである。
「おいおい、もうバテたのかぁ?」
トレーニング室で二人寝転んでいた、もう時間帯的に戻らなくてはならないのに、体が動いてくれない、明日は筋肉痛確定だなと悟った。
「はやく戻ろうぜ、じゃねえと怒られる」
「待ってよ、体が動かないんだよ……」
「はあ?俺の体が治ったらもっと厳しい筋トレさせるつもりだったんだが?」
「えぇ…………いやだなぁ」
これ以上に厳しくなったら本当に死ぬかもしれん。
確かにはやく戻らないとマズイ、しかし体が動かない。
「ほら頑張れよ、それとも、おぶってやろうか?」
少し悪い顔をして提案される。内心おぶられた方が楽だ。
「うぅ、動けねえ…………」
「ったく、しゃーねぇ奴だな」
そういうとオスカーは軽々と俺を両手で担ぎ上げた。しかし、体制が…………。
「なぁ、結構恥ずかしいんだけど」
「仕方ねえだろ!この状態が一番汗がつかないからな」
俺はおんぶでも抱っこでも片手で担ぎ上げられてもない、俗に言うお姫様抱っこをされていた。
確かに体全体が汗ですさまじいためおぶったりするとベッタリついてしまうだろう。
だからといってお姫様抱っこはそこそこ恥ずかしい、しかも男同士だし。
「なぁオスカー」
「なんだ?って、うおっ!?」
「へへっ、仲直りの証だ」
「やめろよ、汗がべったりだろうが」
「俺は好きだよ?オスカーの臭い」
「お前、意外にスケベだよな、そういうところも好きなんだがな……」
「ん?なんかいった?」
「なんでもねぇ!はやく戻るぞ」
照れを隠すかのように彼は足を速めそう言う。
オスカーのことをもっと知りたくなった気がしながら、俺らは自室へ戻っていった。
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