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君が好きだ!
月並みな言葉が、スクリーンから放たれる。
物語は終盤。
重い病に倒れた女子高生、岬。一時、彼女から離れた恋人の男子高校生、猛。
猛は悩み、苦しみながらも、病気の彼女に寄り添うことを決めた。猛の事を、ずっと好きだった幼馴染みのエリカ。スクリーンでは、去りゆく岬の背中に、猛がその一言を放ち、猛の背後でエリカが崩れ落ちる。
結局、エリカはよく言う所の、『フラれる幼馴染み』で終わる。
理解に苦しむ。どうして、猛は先の無い岬を選んだのだろうか。彼女は不治の病。もって数年と宣告されているのだ。これは猛の自己犠牲、自己満足に過ぎないのでは無いか。悲劇のヒーローとしての自分に酔っている。美緒は、猛の行動を素直に受け止められなかった。
(私だったら、絶対にエリカを選ぶ)
先が無い恋愛。恋。それに、一体なんの意味があるというのだろうか。
終わりが見えている恋愛ほど、意味がなく、虚しいものもないのではないか。
(だけど……)
不思議と、猛の行動に共感してしまう自分がいた。頭と心が乖離している。頭では、馬鹿な恋愛だと思っているのに、心が震えている。
例えこの先、君がいなくなったとしても、俺は、君を! 岬を愛し続ける!
猛が叫んでいる。
猛の叫び声を聞いて、岬の目から涙が溢れ出した。もう走る事の出来ない岬は、覚束ない足取りで猛に歩み寄る。そんな岬を、猛は走って受け止めた。
目頭が熱くなってきた。
彼女達は、きっとこれで満足なのだ。先のことなど、どうでも良い。今、この瞬間、二人でいられる事が、何よりも大切なのだ。
タイムリミットが設定されているからこそ、二人は濃密で掛け替えのない時間を過ごせるのだろう。
目から涙が零れた。
なんて、幸せな二人なのだろう。可愛そう、悲しいと思うよりも、美緒には二人がとても幸せに思えた。
「美緒さん……」
慧が呟いた。見ると、彼がハンカチを差し出していた。
「ありがとう」
鼻を鳴らしながら、美緒はハンカチで溢れた涙を拭った。
先の無い恋。それは、自分たちにも当てはまる。だからこそ、この映画と自分を重ねてしまったのかも知れない。
状況は全く違う。あちらは美しいが、こちらは、どす黒い邪悪な意思が渦巻く恋愛だ。後に残るのは、すがすがしさでは無く、怨念と後悔だけだろう。
映画が終わった。スタッフロールが流れ、照明が点灯した。
「面白かったね」
ニコリと微笑む慧。彼の目も赤くなっている。もしかして、感動したのだろうか。
「慧君、泣いた?」
「泣かないよ、少し、うるっとしただけ」
「そっか。私、泣いちゃった……」
「悲しい話だったからね」
「悲しい……。私には、幸せな話に見えた」
「幸せか……。不思議だね、同じ映画を見えていたのに、こんなにも感じ方が違うんだもの」
「私、ヘンナのかな?」
悲しい映画。一般的には、そうなのだろう。だけど、今の美緒には、最後まで幸せでいられる二人に、悲しいという言葉は似合わないように思える。
「変じゃないと思うよ。美緒さんは、美緒さんの考え方があるんだし。僕は、ずっと一緒にいられないから、悲しいなって思ったけど」
「私は、最後の瞬間まで一緒に愛し合っていられるなら、幸せなんじゃないかって……」
「そういう考えも出来るね」
立ち上がった慧は、こちらに手を差し伸べてきた。美緒は慧の手を取ると、映画館を後にした。
街はオレンジ色に染まっていた。
日は沈み初め、その勢力を弱めていたが、昼間の間に熱せられたコンクリートやアスファルトは、蓄えた熱を放出し、道行く人達に熱風を浴びせていた。
「帰ろうか、美緒さん」
慧は、手を取って歩き始める。だが、美緒は足が動かなかった。慧の手を引っ張るようにして、映画館の前で立ち竦んだ。
「美緒さん? どうかした?」
この時間が終わってしまう。慧との終わりが、また一日、近づいてしまう。そう思うと、足が動かなかった。
この時間が永遠に続けば良い。この恋は、映画のように綺麗な終わり方はしない。それだけは、分かる。
夏休みの終わりにある夏祭。そこで、美緒は慧を振る。全てが偽りだったと、彼の前で告白をするのだ。
「大丈夫? 美緒さん、調子が悪いの?」
こんなに優しく、素直な慧。そんな彼を、美緒は傷つけるのだ。慧は、どんな表情を浮かべるだろうか。美緒の事を怒るだろうか。怒って欲しい、激しく罵倒して、殴ってくれても構わない。それで、少しでも慧の苦しさが消えるのなら。
「大丈夫。慧君、帰ろうか」
夢のような時間だった。だが、それも終わりを告げる。形ある物が、永遠にその形を留めておくことが出来ないように。この気持ちも、きっと時と共に移ろい消えていくだろう。
慧を好きになってはいけない。これは、『演技』なのだ、『罰ゲーム』なのだ。
美緒は慧の横顔を見た。すぐに、慧はこちらを見て、心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫だから」
「なら良いけど。無理しないでね」
慧の優しさが、心に染みる。今日は、彼の心に触れただけで、満足な一日だった。これ以上を望んだら、きっと、後には戻れなくなる。
美緒は心を押し殺した。右手に伝わる慧の温もりを忘れないように、心に刻みながら、駅へと向かった。
この時間が一生続けば良いのに。
夏が終わらなければ、永遠にこの関係を続けていられる。
だが、時間は確実に、同じ時を刻み続ける。
刻一刻と、終わりの時は近づいていた。