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𝕣𝕖𝕒𝕣
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あか
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#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
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黒色の国を発ってから、幾つの峠を越えただろう。勇斗は馬上から、初めて目にする赤色の国の都を見下ろしていた。
草原の民である勇斗にとって、石造りの都市がこれほど密集して連なる光景は、それだけで驚きだった。白い石壁の家々が斜面を埋め尽くし、その合間を縫うように市場の喧騒が響いてくる。都市国家を束ねる王族の宮殿は、丘の最も高い場所に建ち、その屋根には黄金の太陽の紋章が誇らしげに輝いていた。
黄色の国へ向かう道すがら、赤色の国を通過することは、当初からの予定に含まれていた。表向きは、国交のための儀礼的な立ち寄り。実際には――勇斗自身、まだうまく言葉にできない何かを、この目で確かめておきたかったのかもしれない。
宮殿の謁見の間で、勇斗を出迎えたのは赤色の国の王だった。壮年の、落ち着いた声を持つ男だ。
「よくぞ参られた、黒色の国の若き王子よ。道中、危険はなかったか」
「おかげさまで。歓迎、痛み入ります」
型通りの挨拶を交わす。王は鷹揚に頷きながらも、その目の奥には、隣国の情勢を推し量るような鋭さが見え隠れしていた。当然だろう。都市国家の寄せ集めを、知と信仰の力でようやく束ねているこの国にとって、周辺国の動向は常に気にかかることのはずだ。
「息子を紹介しよう。……舜太、どこにいる」
王が声を張り上げるより先に、当の本人が謁見の間へ飛び込んできた。
「あ、おった、おった! お客さん、黒色の国から来たん?」
礼儀作法もそこそこに、まっすぐ勇斗のもとへ駆け寄ってくる少年。王は額に手を当て、小さくため息をついた。
「舜太!客人の前だぞ」
「ええやん、許してや。堅っ苦しいのは苦手やねん」
その背後から、少し息を切らした少年が追いついてきた。
「舜太様! また急に走り出して……申し訳ございません」
勇斗に向かって深く頭を下げたのは、舜太よりいくらか年上らしい少年だった。将軍家の子息だという太智は、舜太の傍らに控えるように立ち、その目には隠しきれない気苦労が滲んでいる。
「ええって、太智。俺、この人と話したいんや」
「まったく……申し訳ございません、この通り、少々やんちゃなお方で」
勇斗は思わず笑った。
「気にしないでください。……にしても」
勇斗は、目の前で無邪気にはしゃぐ少年を見下ろした。
(こいつ、俺にちょっと似てるな)
好奇心の赴くまま、誰にでも臆せず飛び込んでいく。かつての自分も、こんな風だったかもしれない。年の離れた弟でもできたような、そんな気安さを感じた。
王は「好きにするといい」と鷹揚に笑い、それ以上は口を挟まなかった。国交の細かい話は、家臣たちに任せておけばいい――そう言いたげな態度だった。
その日から、舜太は影のように勇斗につきまとった。黒色の国の草原の話、馬の乗り方、剣の稽古――尋ねることは尽きないようだった。
「なあなあ、勇ちゃん。黒色の国の馬ってめっちゃ速いんやろ? 今度乗せてや!」
「気軽に言うな。落馬したら泣くのはお前だぞ」
「泣かへんし! ……いや、ちょっと泣くかも」
素直にそう返す様子に、勇斗はまた笑ってしまう。人懐っこいというより、警戒するということを知らないのだろう。王族としては、いささか危なっかしいとさえ思った。
その危うさが、思わぬ形で表に出たのは、滞在も三日目を数えた頃のことだった。
太智に付き添われ、勇斗と舜太の三人で街の市場に繰り出した日のことだ。異国の織物や珍しい香辛料に、舜太は目を輝かせながらあちこち歩き回っていた。太智が布地を選ぶ商人と値切り交渉を始め、少し離れた場所で勇斗が異国の刃物を眺めていた、ほんのわずかな隙のことだった。
ふと視線を上げると、舜太の姿がどこにもない。
「――太智、舜太は」
「え? ついさっきまでそこに……」
二人の顔から、さっと血の気が引いた。
雑踏の隙間から、言い争うような声がかすかに聞こえた気がした。勇斗は迷わず、その方角へ駆け出した。
路地の奥、人気の少ない一角で、舜太は数人の男たちに囲まれていた。上等な衣に目をつけられたのだろう、崩れた身なりの男たちが、舜太の腕を掴もうと手を伸ばしている。
「な、なんや、離せ!」
声を上げても、周囲に助けを呼べるような状況ではない。舜太の顔から、みるみる血の気が引いていく。
そこへ、風のように駆けつけたのが勇斗だった。
「――その手、離してもらおうか」
低く響く声に、男たちが振り返る。長旅で鍛えられた体躯と、隠しようのない只者ではない気配に、男たちは一瞬怯んだ。だが、多勢に無勢と見たのか、一人が匕首を抜いて突きかかってくる。
勇斗は舜太を背に庇いながら、その手首を難なく捻り上げた。呻き声とともに刃が地面に転がる。残りの男たちも、勇斗の身のこなしを見て、これは分が悪いと悟ったのだろう。捨て台詞を残しながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……大丈夫か」
振り返った勇斗の腕には、浅く切られた傷から血が滲んでいた。それでも表情ひとつ変えず、舜太の無事だけを確かめている。
「勇ちゃん……! 怪我して――」
「これくらい、どうってことない」
勇斗はあっさりと笑って見せた。だが舜太は、その傷を見つめたまま、しばらく声も出せずにいた。
少し遅れて、太智が青ざめた顔で駆けつけた。
「舜太様……! ご無事ですか、私が目を離した隙に――」
「太智のせいちゃう。俺が勝手に離れたから……ごめん」
珍しく殊勝に謝る舜太に、太智は詰めていた息を吐き出すように、その場に片膝をついた。
その夜、手当てを受けた勇斗のもとへ、舜太がこっそり訪ねてきた。
「……さっきは、ありがとうな。俺のせいでほんとうにごめん。」
「気にすんなって、言っただろ」
「でも、勇ちゃん怪我して…」
勇斗は自分の腕に巻かれた包帯に目を落とし、それから小さく笑った。
「困ってる奴、放っとけないんだよ。誰だって、あの場にいたら助けるだろ、普通」
その言葉に他意はなかった。ただの、いつもの調子だった。けれど舜太はなぜか、その一言を、いつまでも忘れられずにいた。
「勇ちゃんって、ほんまにええ奴やな」
「本当に思ってるか?柄でもないこと言うなよ」
照れ隠しのようにそう返しながらも、勇斗の胸には、確かな温かさが残っていた。年の離れた、けれど不思議と気安いこの少年を、これからも守ってやりたい――そんな、兄のような感情が芽生えていた。
数日後、勇斗は黄色の国へ向けて、再び旅路についた。見送りに来た舜太は、いつもの調子で大きく手を振っている。
「また会おうな、勇ちゃん! 絶対やで!」
その声を背に受けながら、勇斗は馬を進めた。
太陽のように眩しいこの少年と交わした言葉の一つひとつが、これから先も自分の中に残り続けるだろうことを、この時の勇斗はまだ知らない。