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𝕣𝕖𝕒𝕣
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あか
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#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
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赤色の国を発ってから、幾つの季節が巡っただろう。白色の国を経由し、いくつもの峠と川を越えて、勇斗はようやく黄色の国の王都に辿り着いた。旅の間に、勇斗は十八の歳を迎えていた。
黄金の丸屋根が幾つも連なる王都は、これまで通り過ぎてきたどの国とも違う趣を纏っていた。市場には様々な民族の言葉が飛び交い、寺院の壁には葡萄の蔓と白い蛇の意匠が彫り込まれている。かつて先々代の女王が広大な版図を築いたというこの国は、その面影を随所に残しながらも、どこか翳りを帯びているようにも見えた。
謁見の間で勇斗を迎えたのは、仁人の兄である王だった。齢は三十代半ばに差し掛かる頃合いだろうか。同じ母を持つ兄弟だと聞いていたが、随分と歳の離れた間柄らしい。若くして即位し、長らくこの国を一人で背負ってきたのだろう、その佇まいには歴戦の将のような重みがあった。
「よく参られた、黒色の国の王子よ。我が国の文化を学びたいとのこと、歓迎する」
「ご厚意、痛み入ります。至らぬところも多いかと思いますが、何とぞよろしくお願いいたします」
型通りの言葉を交わしながらも、互いに探り合うような視線があった。勇斗の背後にある黒色の国の勢いを、王もまた正確に理解しているのだろう。それでも表向きは、あくまで友好の使者として遇する構えを崩さない。
「好きなだけ、この国を見ていくといい。……ただし、羽目を外しすぎぬようにな」
王はそう言って、微かに笑った。どこか含みのある笑い方だった。
謁見のあと、勇斗は与えられた自由な時間を使い、宮殿の中を歩き回った。表向きは異国の文化を学ぶため。実際には、この国の内情を、この目で確かめておきたかった。
回廊を進むうち、どこからか歌声が聞こえてきた。伸びやかで、けれど芯のある声。誘われるように、勇斗はその音の方角へ足を向けた。
辿り着いたのは、庭園の一角にある稽古場だった。楽師たちが弦を鳴らす中、一人の少年が舞っている。
動きの一つひとつに、迷いがない。旋律に合わせて袖を翻すたびに、空気そのものが変わるような気がした。だが、その少年は途中で不意に足を止め、鋭い声で楽師に指摘を飛ばした。
「そこ、もう半拍遅い。何度言えば分かるんですか」
「も、申し訳ございません……」
「いや、謝らなくていいから、直してください」
容赦のない物言いに、周囲の空気が一瞬張り詰める。だが本人は気にする素振りもなく、また一から舞い直し始めた。
勇斗はしばらく、物陰からその様子を見つめていた。王族らしからぬ、職人めいた執念深さ。それでいて、舞そのものは息を呑むほど美しい。
(あれが、噂の……)
道中、耳にした話を思い出す。黄色の国の第二王子は、王位継承教育もそこそこに、芸事にばかり熱を上げているという。侮るような口ぶりで語られていたその噂と、目の前の光景は、まるで違って見えた。
やがて、舞い終えた少年――仁人が、こちらへ視線を向けた。
「……誰ですか」
その声には、隠しきれない警戒が滲んでいた。勇斗は慌てて物陰から歩み出る。
「あ、悪い。勝手に覗くつもりはなかったんだけど……歌が、聞こえてきたから」
仁人は勇斗の格好――見慣れない色合いの装束を、上から下まで一瞥した。
「もしかして、噂の黒い王子様ですか」
どこか刺のある呼び方だった。勇斗は思わず笑ってしまう。
「黒い王子って、それ俺のこと?」
「他に誰がいるんですか」
素っ気ない返事だったが、そこに悪意はなさそうだった。むしろ、どう扱えばいいか分からず持て余しているような、そんな響きがあった。
「今の舞、すごかったな。こういうの初めて見た」
「そうですか」
塩対応。だが、その頬がわずかに赤らんでいることに、勇斗は気づいていた。
「お世辞じゃないって。本当にすごかった」
「……別に、褒められたくてやってるわけじゃないんですよ」
「知ってる。でも、すごいもんはすごいだろ」
仁人は一瞬言葉に詰まり、それから、ふいと視線を逸らした。
「……暇なら見ていけばいいでしょう。邪魔しないなら」
素っ気ない口調とは裏腹に、稽古場を追い出されることはなかった。勇斗はそのまま壁際に腰を下ろし、続きを見守ることにした。
それから幾度となく、仁人は同じ動きを繰り返した。少しでも納得のいかない箇所があれば、容赦なく最初からやり直す。楽師たちが疲労の色を見せても、仁人自身が音を上げることはなかった。
「そこまでこだわらなくても……」
「いや、おかしいでしょう。中途半端なものを人前に出す方がおかしいんですよ」
真っ向から言い返され、勇斗は苦笑するしかなかった。頑固で、不器用で、けれど誰よりも真剣だった。王位を継ぐ気概はないと侮られているというのに、この少年は誰よりも、自分の道に対して妥協がない。
気づけば、日が傾き始めていた。稽古を終えた仁人が、汗を拭いながら短く言う。
「……もう行っていいですよ」
「また来ていいか?」
仁人は一瞬、意外そうな顔をした。
「……別に、止めはしませんけど」
そっけない返事だったが、拒まれてはいない。勇斗はそれだけで、十分だと思った。
稽古場を後にしながら、勇斗は自分の中に生まれた妙な感情を持て余していた。国の内情を探るため、とうそぶいて訪れたはずのこの国で、まさかこんな風に、一人の人間に興味を引かれるとは思っていなかった。
(変わった王子だな……)
そう自分に言い聞かせながらも、耳の奥には、まだあの歌声が残っていた。